第142話 偽ブランドは乙女の恨みを買う その5

 前回と違うのは途中に新幹線を挟むと言う事。これで目的地に向かう時間が大幅に短縮される。3人は今回初めて自分達だけで日本最速の電車に乗る事になった。

 予約してゲットした指定席に座りながら、シュウトは感想を口にする。


「今回は新幹線だから快適だね」


「座席の予約とか初めてしたよ」


 隣の席に座った由香はニッコリ笑う。そう、今回の電車のチケットの手配は由香が全て担当したのだ。気持ちが先回りした彼女が何もかも段取りしてしまったと言うのが真相なものの、自分達は何もしなかったと言う負い目がシュウトを謝らせていた。


「近藤さん、全部任せちゃってゴメン」


「いーのいーの。私がやるのが一番でしょ」


 由香はそんな彼の顔を見て笑顔で返事を返す。その内新幹線は動き始め、車窓の景色がものすごい速さで流れ始めた。一番窓側の席に座った勇一がその景色を眺めながら感想をつぶやく。


「もう完全な旅行だよな」


「駅に着くまで景色を楽しも」


 由香も彼の意見に同意する。こうして新幹線の旅は始まった。しばらくは3人共何も話さずに流れる景色を見ていたものの、やがては雑談が開始される。その口火を切ったのは一番窓側に座っている勇一だった。


「でも彼奴等の本拠地って俺らの地元の近くのはずだろ?」


「そりゃ、異次元の穴があったからその方が活動しやすかったからとかじゃない?」


「県をまたいで悪事を働くとか動きが派手になってきたよな」


 そんな感じで由香と勇一で話が盛り上がってきたところ、タイミングを見計らっていたシュウトがここでこの流れに参入する。


「サクラ組のバックがそう言う大きな組織って事なんじゃないかな?多分」


「今日こそ全員捕まえよーぜ」


「今までいい感じで進んでいるからそれ、出来るかも」


 こうして3人で話は盛り上がる。いつの間にか全員景色そっちのけで会話に夢中になっていた。ある程度盛り上がったところで、ある事に気付いたシュウトは隣の彼女の顔を見る。


「でも近藤さん的には生かさず殺さずの方が良かったりして」


「ななな、何言ってるのよ。悪党を野放しには出来ないでしょ。私達にしか対処出来ないんだよ」


 突然話を振られた由香はここで思いっきり動揺する。確かにサクラ組は対処しやすい言わばカモな組織なので、適当に懲らしめる方が報酬も入る美味しい相手とも言えた。

 とは言え、ここで素直に本音を言えない彼女は胸を張って自分達の使命を強調する。この流れに勇一も追随した。


「そーだよ。サクラ組が壊滅したってまた第2、第3の小悪党が出てくるだろ」


「ま、そーかもなあ」


 彼の意見にシュウトも納得して視線を頭上に向ける。話にオチが付いたところで、勇一は更に言葉を続けた。


「ただ、来年は受験じゃん。この仕事が影響しないといいなあ」


「あー、そうだなあ」


 話が現実に直面して、シュウトもまたその先を想像する。まだ具体的な進路を決めていなかった彼はここでマジ顔になって考え込んでしまった。今から悪党退治に向かうのにテンションが下がったままなのはヤバいと感じた由香は、シュウトを励まそうと言葉を尽くす。


「行けるところを選べばいいよ、進路なんて」


「俺は出来るだけ上を目指したいよ」


 彼女の言葉を聞いた勇一がツッコミを入れる。その2人の話を聞いたシュウトは頑張る友人にエールを送った。


「頑張ってな」


「いやお前も頑張れよ」


「……」


 勇一からのお約束のツッコミに明確な進路プランのない彼はうまく返事を返せない。こうして何となく話を続ける雰囲気じゃなくなってしまい、不意に沈黙が襲ってきた。新幹線が順調に目的地に向かう中、重い空気に耐えられなくなった3人は結局それぞれ好きな事をして時間を潰す流れになっていく。

 シュウトはスマホを取り出すと、馴れた手付きで操作をし始めた。


「さて、ゲームでもしようかな」


「じゃあ俺はWEB小説でも読むわ」


 男子2人がスマホの画面に夢中になる中、紅一点はうつらうつらと船を漕ぎ始める。こうして3人がそれぞれ好きな事をしながら時間が過ぎていった。最初こそゲームに夢中になっていたシュウトも、気がつくと意識を失っていた。


「ほら、行くよ!」


「うぁ、あれ?」


 由香に起こされた彼は一瞬自分が何をしていたのかを忘れて混乱する。そんなシュウトを見た勇一はクスクスと笑った。


「ゲームしながら寝るとは器用だな」


「う、うるせー」


 友人にからかわれたのを顔を真赤にしながらごまかしつつ、3人は新幹線から降りる。目的地はここから普通電車に乗り換えて6駅ほど先。そんな訳で3人はその普通電車の来る乗り場へと移動する。しばらく待っていると該当する電車は予定通りにやってきた。

 ここではぐれないようにみんなで固まって乗り込んでいく。こうして無事に乗れたと言う事で、3人はそれぞれ深呼吸したり手を伸ばしたりと緊張をほぐすのだった。

 精神的に落ち着けたところで、勇一がこの電車の感想を口にする。


「乗り換えの電車になると一気にしょぼく感じるな」


「新幹線と比べたらしょーがないよ」


 その感想を聞いたシュウトは苦笑いを浮かべた。この電車が目的の駅まで連れて行ってくれると言う事もあって、3人共寝ないようにお互いに気をつけ合う感じに。

 この行程も後もう少しと言う事で、みんな無意識の内に車窓の方に意識が向いていく。外の景色を眺めていたシュウトは、初めて来たこの地域の景色を眺めながらつぶやいた。


「街の景色だけ見てると地元とそんなに変わらないなー」


「だねー」


「外国じゃないんだから当たり前だろ」


 彼の意見に同意する由香とツッコミを入れる勇一。電車は順調に3人を目的の場所へと運んでいく。特に会話らしい会話をしない内に、やがて車内アナウンスが3人の降りるべき駅名を平易なテンションで告げた。

 駅名を聞いた勇一が、確認のために友人の顔を見る。


「お、次の駅?」


「そうだよ」


「工場って駅から近いんだっけ?」


「確か、そんなに遠くないはず」


 勇一に尋ねられたシュウトは、カメラに収めた依頼書の資料をスマホで確認する。もうすぐ仕事だと言う事で、3人も改めて緊張感を感じ始めた。

 電車がもうすぐ目的の駅に着くというタイミングで、勇一が希望を口にする。


「メンバー、全員工場にいたらいいな」


「残り4人だよ?全員いるって」


 彼のつぶやきに由香が自信満々のドヤ顔で答える。そんな会話をしている内に電車は駅に到着し、3人はその地に降り立った。

 改札を抜けて駅前の広場に出たところで、彼女は男子2人に向って振り返る。


「ついに来たね」


「よっしゃ!気合い入れるぜ!」


 勇一は右手を握りしめ、それを左手に勢いよく当てて気合を入れる。こうして3人は目的の場所まで歩き始めた。初めて歩く街の景色をキョロキョロと眺めながら、シュウトはこの街の景色の感想を口にする。


「車窓からだと地元と変わらない風に見えてたけど、実際に歩くとやっぱ違うね」


「そりゃそうだろ」


 勇一が彼の言葉にツッコミを入れる中、由香はいたずらっぽくニヒヒっと笑う。


「ここだと知り合いには絶対に出会わないね」


「逆に出会ったら奇跡だって」


 彼女のその冗談には、シュウトがツッコミを入れた。

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