第141話 偽ブランドは乙女の恨みを買う その4

 彼らとクラスの遠い由香は、自分の置かれた立場を軽く悲観する。


「ああ、クラスが一緒だったらなぁ」


「ま、その内会えるんじゃないか。焦んなくてもいいって」


 その後は仕事の話をしたり雑談をしたりして、またしても時間は平和に過ぎていった。今回の仕事に関しては前回のサクラ組のパターンとあまり変わっていない事もあり、作戦としてはほぼ前回と同じ流れで行こうと言う事であっさりと決まっていく。

 違う部分と言えば、今回の工場は前回とは違う場所になっていたので、そこに行くまでの手順を話し合ったくらいだ。


 次の日、またいつものように放課後に図書室に男子2人が先に集まって時間を潰していたところ、最後に来た彼女が鼻息荒く訴える。


「ねぇ聞いて!」


「え?」


「この偽ブランド、私の好きなブランドに似てる!」


 どうやら今回の仕事に関して独自に調べていた由香がまた新たな事実を発見したらしい。彼女がどこかから見つけた偽ブランドサイトの画像を覗き込むと、そこには各種有名ブランドのそっくりさんがズラッと表示されていた。

 一見すると全く違いが分からないくらい精巧に作られたそれは、本物よりかなり低い価格設定でまさに投げ売り状態だ。スマホを覗き込んだシュウトもそれが有名なものだったため、すぐに何のブランドをパクったのかを理解する。


「あ、ホントだ」


「許せない!絶対潰す!」


 自分の好きなブランドが被害に遭っていると言う事が発覚したのもあって、彼女の怒りは頂点に達していた。シュウトはそんな由香を必死で抑える。


「ちょ、物騒だよ」


「しかも、サイトをよく見たら有名ブランドのパクリしかないんだよ」


 それでも怒りの収まらない彼女は、今回の偽ブランドの悪質さについて力説した。その訴えを聞いていた勇一がまるで他人事のように冷静に話を分析する。


「だって商売としてやってるんだろ?」


「なんかもうあったまに来た!これ以上被害は増やせられないよ!」


 彼の言葉も呼び水になってしまったのか、由香の怒りは沸点を軽く飛び越えてプラズマ状態になってしまう。1人で勝手に暴走を始めた彼女は、男子2人を前に突然とんでもない事を言い出したのだ。


「……よし!今から行こう!」


「ちょ、落ち着いて」


 シュウトはそんな怒りで何も見えなくなった由香を落ち着かせようと言葉をかける。そんな彼とは対象的に、勇一は自分の都合を優先させる事で遠回しに彼女を止めようとしていた。


「休みの日じゃないと俺は参加しないからな!」


「ううう~。もどかしいっ!」


 今すぐにでもサクラ組の暴走を止めようと1人悶々とする彼女は、男子2人が止めようとするも気持ちを抑えきれずにいた。その後もその気持ちを言葉や態度に出してしまい、静かにしていないといけない図書室をまた騒がしくしてしまう。

 そのために、図書委員が3人の前に注意しに来る騒ぎになってしまった。


「あの~騒がないでくれる?」


「は、はいっ。ごめんなさいっ」


 図書委員に目をつけられて出禁になってはたまらないと、シュウトはすぐにペコペコ謝ってその場を何とか収めた。必死に謝罪をしたので何とか注意だけで済ます事に成功して、彼はほっと胸をなでおろす。

 こうして騒動が落ち着いたところで、その騒ぎの原因を作った彼女はこの場所の不便さをぶちまけた。


「やっぱ人数集めて部活にしたいなぁ。そうしたら騒いでもおとがめなしなのに」


「ま、今のままじゃこの3人以上人数が増える事はないんじゃないか」


 勇一が彼女の希望を現実的な一言で葬り去る。その自覚のあった由香はここでそのどうしようもなさに頭を掻きむしるのだった。


「だよねぇ~。うわあ~」


 そのやり取りを見ていたシュウトはかける言葉が見つからず、ただ見ている事しか出来ない。その後は、次の休日になったらどうやってでもサクラ組のメンバー残り4人を絶対に捕まえると、そのためにどうすればいいかと言う話を一方的に聞かされたのだった。

 男子2人は文句を言わず、その話をただ黙々と淡々と聞くばかり――。



 一方その頃、その憎悪の矛先となってしまったサクラ組では、偽ブランドの服の事業が軌道に乗って調子に乗り始めていた。副組長のクラサクが最近の営業成績を目にして、その感想を笑顔で口にする。


「最近いい感じに軌道に乗ってきたな」


「今度こそ成功させましょう、兄貴!」


 前回のガサ入れでダメージを負ったビシハもすっかり回復していて、信頼している兄貴分の言葉にすっかり乗っかっている。

 工場の事務室の空気がいい感じで暖まってきたところで、組織内の紅一点のサクラが困り顔で現状の問題点を口にした。


「あの、注文の数を捌くにはもうちょっと規模を大きくした方が……」


「今はダメだ。いつ邪魔が入るか分からん。それを排除してからだ」


 その指摘に関しては慎重派の副組長がピシャリと却下する。事業を拡大出来ないジレンマにビシハは不満を訴えた。


「全く、毎度毎度どこで情報が漏れるんだ……」


「スパイがいたりして」


 彼の小言を聞いたサクラはいたずらっぽく笑う。彼女の話に乗っかったクラサクはビシハの顔をじいっと見つめた。


「ほう~。さてはお前がそうだな?」


「い、いや。何言ってんスか兄貴……。俺は組織に忠実ですぜ」


「ほう?じゃあ確かめてみるか?」


 こうして場に不穏な空気が流れ始めたところで、これを良しとしないリーダーである組長のシクラが一喝する。


「待て!今組が揉めるのはまずい。敵を完全に排除するまで揉め事は禁止だ!」


「奴らには全員でかからないとマズいですからね」


 組長の怒りを察した副組長はすぐにその意見に従った。雰囲気が戻ったところで、更にシクラは今後の襲撃に対しての対抗手段を部下に命じる。


「いつ襲われても問題ないようにしっかり策は練っておけよ」


「ふふ、今度襲ってきた時が奴らの命日だぜ……」


 ビシハは組長からの指示を受けて悪党らしい含み笑いをする。こうしてサクラ組もまた、敵への対抗策をしっかり検討していくのだった。



 時間は流れて次の週末、シュウト達は駅前に集まっていた。少しでも早く偽ブランドを潰そうと言う由香の勢いに男子2人が巻き込まれた形だ。その方法は最初に提案した通り、前回偽健康食品を潰した時と同じ方法を取る事となった。

 シュウトはホームの電光掲示板を確認しながらつぶやく。


「結局、他の方法は思い浮かばなかったなぁ」


「結構検討したんだけどね」


 彼の独り言に由香が反応する。彼女も同じ作戦はサクラ組に警戒されるかもと、他の作戦をいくつかプレゼンするだけはしていた。そうして上がった案を3人で話し合った結果、そのどれもが工場を直接狙うと言う一番確実な方法以上の成果を挙げられそうになかったのだ。

 2人の話を聞いていた勇一は小さくあくびをすると、眠気覚ましに背伸びをしながら口を開く。


「まぁいいじゃん、今度はサクッと終わらせようぜ」


「だな」


 友人の力の抜けた一言にシュウトはニッコリと笑顔で返した。そうして時間になってホームに目的地へと向かう電車がやってくる。

 それを目にした由香は、元気よく右手を上げた。


「んじゃ、しゅっぱーつ!」


 今回の行程は、まず地元駅からもっと都会の駅に向かい、そこから新幹線に乗り換えて目的地ギリギリまで飛ばした後に、もう一度乗り換えてサクラ組の工場近くの駅に到着と言う流れだ。

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