第140話 偽ブランドは乙女の恨みを買う その3

「まぁアニメになったのくらいは集めてもいいんじゃね?」


「勇一君って結構ミーハーなんだ」


 やり取りを聞いていた由香が、ここで話に割って入った。勇一は彼女の話を否定せずにそのまま受け入れる。


「かもなー。マイナーな話はちょっと手が出ないかも」


「そこがいいんだよー。誰も知らないような中に隠れた名作が眠ってるんだよ」


 小説好き2人の小説論がにわかに盛り上がり始めたその時、シュウトのポケットの中でスマホが着信を告げる振動を始めた。


「おっ?」


「あ、電話?」


 そのリアクションはお約束的なもので、すぐに由香も気が付いて会話を一旦中断する。彼はすぐにスマホを取り出して定型文的なやり取りをし始めた。


「……はい、はい、分かりました」


 こうして久しぶりの仕事の依頼と言う事で、図書館会議はここで終了する。遠慮する勇一とはここで別れ、2人はまた例の喫茶店へと赴いた。

 いつものように待つ事5分、寝癖をそのままにしたちひろは頭を掻きながら2人の前に現れる。久方ぶりの仕事依頼と言う事で、まずはシュウトが口火を切った。


「久しぶりですね」


「ゴメンね、風邪ひいてたんだ」


 ちひろはそう言うと軽く頭を下げた。その言葉を聞いて由香が反射的に心配の声を上げる。


「大丈夫ですか?」


「心配しないで、しばらく休めてなかったらちょうど良かったよ」


「無理しないでくださいね」


「えへへ。ありがと」


 どうやら、彼女が罹患した風邪は重いものではなかったらしい。その事に中学生2人はほっと胸をなでおろす。

 安堵の表情を浮かべる2人に向けて、ちひろは早速作ったばっかりの資料を3人分手渡した。


「それでこれが今回の依頼ね」


「……偽ブランドですか」


「そ、こっそり隠れて闇で売りさばいてる」


 その資料に書かれていた今回の異世界生物犯罪組織の行っている違法行為は偽ブランド品の販売。組織の名前はサクラ組。そう、前回偽健康食品を作っていた――その経緯から考えると、どうやら偽物の商品を作る事に味をしめたようだ。

 パターンが似ていると言う事もあって、資料を読んだ由香はすぐにその攻略法を口にする。


「これも工場を押さえればいいですか?」


「一番確実なのはね。あ、でも方法は任せるから」


 話が進む中、ここでシュウトは常識的なツッコミを入れた。


「こう言うの、警察が捕まえるんじゃ……」


「まぁ普通ならね。でも相手が相手だから危ないでしょ」


「まぁ、確かに……」


 その何を今更的な質問にもちひろは丁寧に答え、シュウトは納得する。話が少し脇道に逸れたものの、彼らの会話の最中も資料を読みながらじっくりと考えを巡らせていた由香は考えをまとめ、すっと顔を上げる。


「分かりました。今度こそ一網打尽にします!」


「おお、その言葉、心強いね」


 彼女の自信に満ち溢れた言葉を聞いたちひろはニッコリと笑った。由香はその自信の根拠を胸を張って宣言する。


「私達はステージ2にランクアップしましたから!」


「そっか。よく分からないけど、お願いね。じゃ」


 こうして話がまとまったと言う事で、仕事の依頼主はまたしても忙しそうに席を立つと本来の仕事場へと戻っていった。

 店内に取り残された2人は、コーヒーを飲みながらさっきまでそこにいた政府の偉い人の心配をする。


「ちひろさん、大丈夫かな?」


「風邪、流行ってるしね」


「俺達もかからないように気をつけなきゃだな」


 シュウトがこの時期の流行りの風邪の心配をしていると、由香が真顔で彼の顔を覗き込んだ。


「私達は大丈夫じゃない?だって体の中に異世界生物がいるし」


「それ、大丈夫の理由になる?」


「多分体も丈夫になってるはずだよ」


「だといいなぁ……」


 彼女の言葉にシュウトは半信半疑のような態度を取る。自分の説を疑うその反応を見た由香は、彼を説得しようと決定的な一言を告げた。


「思い出してみてよ、最近何か病気した?」


「……あ。確かに」


「だから私達は目の前の仕事に集中だよ」


 そう、確かに異世界生物と融合してからシュウトは特に病気らしい病気をしていない。今までそれは偶然と言う事で片付けていたけれど、彼女の言う通りなら身体の中に異世界生物がいる事で病気にならない体質になっているのかも知れなかった。


 ただ、そう言う意味ではちひろだって体の中に異性世界物を住まわせている。その時点で由香理論は崩れ去る訳だけれど、話がややこしくなるのを好まない彼は黙っている事にした。

 そうして、シュウトは今回の依頼の方に話を切り替える。


「で、本当に工場を襲うつもり?」


「や、襲うって言い方……」


「あ、ごめん」


 その言葉がまるで自分達が悪のようでもあったので由香は気を悪くする。流石に自分で文章を書いているだけに言葉には敏感らしい。彼女の反応で色々と察したシュウトは、自分が不快にさせたとすぐに反省する。

 この素早い対応の御蔭で、場の空気が少し悪くなっただけでこの問題は収束した。


「まぁ色々考えてみるよ」


「頼むね」


「よし、任された」


 こうして2人はそれぞれの帰路に着く。静かな夜は全てを包み込んで何事もなく更けていった。



 次の日の放課後、資料を渡されて書かれた内容をさらっと読み込んだ勇一は、今回の仕事の内容から軽くその先の作戦を予測する。


「偽ブランドねぇ~。また工場襲うんだろ?」


「いや、その言い方」


「だって何も間違ってないじゃん」


「かも知んないけど」


 シュウトと違って勇一は軽く不機嫌になる由香を見事に言いくるめた。彼女はどこか釈然としないような雰囲気の表情になる。

 勇一はそれからもう一度資料を熟読し始めながら、自分の主張を訴える。


「こっちから動くなら休みにしてくれよ。頼むから」


「うん、分かってる。ちゃんとそうするってば」


 貴重な戦力でもあるため、由香は彼の機嫌を損ねないようにとそのリクエストを重要視する。こうして作戦決行は次の休日に決行と言う事が自動的に決定された。

 資料をしっかり読み込んだ勇一は、顔を上げてパシンと拳を鳴らす。


「仕事となるとアレだな、しっかり体鍛えないとだな」


「お、勇一やる気じゃん」


「折角忍術マスターしたんだぞ?常に技は磨かないと」


 前回の戦いのためにマスターした忍術、これが今後の仕事の役に立つと彼は鼻息を荒くする。シュウトもその話に大きくうなずいた。修行的に言えば、あの仕事の後、3人は特に追加の術をマスターしようとはしていない。

 それは、あの時参考にした忍術ラノベに書かれていた忍術は全て試してしまったと言う事情もある。


 別の忍術の本を探せば新たな術の習得のヒントになる事もあるのだろうけれど、現時点の3人はその必要性を特に感じてはいなかった。それほどまでに気配を消す術と言うのは便利なものだったのだ。

 そうして話が忍術に話題になった事で何か思う事があったのか、マジ顔になった由香がポツリとこぼす。


「忍術……松崎君とかにも教えたいなぁ。きっと役に立つのに」


「そう言えば、あいつら最近学校に来てたぞ」


 彼女の言葉に反応して、ここで勇一が爆弾発言。クラスの近い彼は登校する2人をしっかり確認していたのだ。

 その新事実を知って、由香の目は輝く。


「マジで?今日も学校に来てるかな?」


「それはどうだろ?また教室の様子を探ってみるわ」


 勇一は彼女の望みを聞き入れ、今後2人の事を報告すると約束した。

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