第139話 偽ブランドは乙女の恨みを買う その2

 勇一はシュウトのその発言に理解を示した。友人のその発言に少し心が軽くなったシュウトは、ここでふと素朴な疑問を思い浮かべる。


「勇一はどのくらいのペースで読んでるんだ?」


「一日一冊かな」


「そ、そっか……」


 友人の読書スピードを知った彼は自分と比べて口ごもった。その様子からシュウトの心情を読み取った勇一は、慰めようとその頑張りをフォローする。


「だから別に真似しなくてもいーんだって」


「漫画だったら一冊30分かからないんだけどな」


「ま、漫画に比べたら時間がかかるよな。しゃーない」


 この会話の後は小説の話題を出さずに2人は雑談をしながら帰っていった。男子2人、それなりに会話は弾み、楽しい下校時間を過ごせたようだ。

 帰宅したシュウトは日々のノルマのようにまた借りたラノベに目を通す。好きなジャンルの話なら文字を追うスピードも早いものの、苦手ジャンルになると中々読み進められずに悪戦苦闘してしまい、1冊を読むのも一苦労していた。


 次の日の放課後、ラノベを読みすぎた彼は流石にダウンする。図書室の机に上半身を倒して、疲れ切った顔で口から見えない何かが漏れ出していた。


「うへぇ……もう教科書以外の文字読みたくない」


「何それ、大丈夫?」


「新聞もあんまり読みたくない」


 心配した由香の質問にもどこか上の空で、自分の気持ちを棒読みで返していた。変わり果てた友人の姿を見た勇一はどこか達観した風な態度を見せる。


「ま、その内復活するだろ?」


「ああ、文字が、目が回る」


 完全に思考がショートしたシュウトは、ヤバそうなうわ言を繰り返すばかり。ここまで悪化して、やっと小説の貸主は自分の強引な行為を少しばかり反省する。


「いきなり読ませすぎたかぁ……」


「由香ちゃん……」


 その心境の変化を感じ取った勇一はやっとこれで事態は改善するかもと思い、彼女の顔を見つめる。すると由香は何か思いついたのか、いきなり自分の鞄の中を結構な勢いで弄り始めた。


「あ、そうだ!雑誌は読めるでしょ」


「雑誌?漫画なら……」


 彼女の問いかけに、シュウトは漫画雑誌を所望した。小説は少しアレルギー的な反応に今はなっているけれど、漫画なら別口で読めそうだったからだ。

 しかし、このリクエストは由香の次の一言で完全に否定される。


「いや普通の雑誌」


 そう言って鞄の中から取り出されたのは、この年代の男子がまず読まないジャンルの雑誌だった。雑誌が机の上に置かれ、少し面倒臭そうに体を起こして表紙を目にした彼は、途端に少し嫌そうな表情を浮かべてしまう。


「ファッション雑誌かぁ……」


「興味ない?」


「うん」


 ま~ったく興味のない雑誌を勧められて、シュウトのテンションは下がるばかりだった。折角見せたのに分かりやすく拒否されて、彼女のテンションもどんどん急降下していく。

 この予想の斜め上の展開に、勇一は呆れて口を開いた。


「って言うか何でファッション雑誌?」


「友達が無理やりこう言うのも読めって押し付けてきたんだよ。どう言うつもりなんだろうね」


「もっとおしゃれに興味を持って欲しいとか?」


「む~。いや別に興味ないとかでもないんだけど」


 この2人の会話を聞いていて、また変な本を勧められてはかなわないと実感したシュウトは残った気力を振り絞って席を立つ。それから今のテンションでも読めそうな本を探し図書室の本棚から探し出してそれを抜き取って戻ってくる。

 手にしていたのは、雄大な風景がたくさん収められている写真集だった。


「ああ、自然の写真はいいなぁ」


「現実逃避だね」


「ま、いいんじゃないの?」


 写真集なら文字はないし、あっても少ないので良いリハビリになっていた。1ページ1ページじっくりと感情移入させながら写真集を読み進めるシュウトを見た2人は、それからは何も言わずにそれぞれ自分達の好きな本を読む事に集中する。

 この日も依頼の電話がかかってくる事はなく、時間はゆっくりまったりとそれでも確実に過ぎていくのだった。


 次の日の夕方。またしても3人は集まるとそれぞれ好きな事をして過ごしていた。その光景は、例えるなら猫の集会のよう。それぞれが好きな事をしながら、けれど不思議な秩序は保たれている。

 切りの良い所まで小説を読み進めたところで、ずっと無音の緊張感に耐えきれなかったのか由香は窓の外を眺めながらポツリとつぶやいた。


「雪とか降らないかなぁ」


「最近ずーっと晴れてるからなぁ」


 この独り言に反応したのは写真集を眺めた方じゃなくて、自前のラノベを読んでいた勇一だった。こうして場が雑談モードにスムーズに移行していく中、その流れで彼女はもう1人のメンバーにさり気なく話を振る。


「陣内君、少しは復活した?」


「あ、うん」


「今日は陣内君の好きそうな本、持ってきたんだけど」


 問いかけに素直にうなずいた彼を見て、由香は早速自分の鞄の中から該当する小説を取り出そうとした。この流れを押し止めようと、シュウトは焦って口を開く。


「ちょ、まだ前の本が途中なんだよ」


「ま、折角持ってきたんだからさ、受け取るだけ受け取ってよ。すぐに読まなくていいから」


 彼女はシュウトの訴えを右から左へと華麗にスルーして自分の欲望を最優先。結局強引に小説を渡されてしまう。受け取ってしまったものは仕方ないと、彼はその小説を自分の鞄の中に押し込んだ。

 場が微妙な空気に満たされたところで、次から次に小説を持ってくる彼女にシュウトは素朴な疑問を口にする。


「近藤さんって、どれだけ本持ってるの?」


「ちゃんと数えた訳じゃないけど、多分500冊は超えてるかな。全部自分が買った本って訳じゃないけど」


「す、すごい……」


 由香の答えにシュウトは目を丸くする。驚く彼を横目に彼女は言葉を続けた。


「持ってる人は何千冊の人とかいるんだよ?」


「それもう本屋さん開けるじゃん」


 上には上がいると言う話についていけないと言う態度を取るシュウトは、ここまでの話を聞いてもしかしてと由香に質問を飛ばす。


「まさか近藤さんもそのレベルを目指してるとか?」


「いや目指してはいないけど……気が付いたらいつかそうなっていたりはするかもね」


「へ、へぇ~」


 彼女の文学愛にシュウトはもうは相槌を打つ事くらいしか出来なかった。その500冊の中には勿論ラノベ以外にも普通の小説やら名作と呼ばれる古典なども入っている事だろう。

 最近やっと小説を読むようになった彼にとって、それはまるで全く到達出来ない領域にいる仙人のような存在にすら見えていた。


 好きが講じてすごいレベルに行ってしまった人物とは同じジャンルの話は難しいと、シュウトはもう1人の同席者にも意見を求める。


「勇一は?」


「俺はほら、目覚めたのがつい最近だから……50冊くらい?」


「それが普通くらい?」


「普通ってよく分からんけど」


 どうやら勇一ですらすでに蔵書はそれなりにあるらしい。きっと彼の場合は純粋に全部ラノベなのだろう。一年前に読み始めて毎週一冊買っていたら50冊くらいになる計算だけど、そのペースがすごいのかどうなのかは分からない。2年とか3年で50冊かも知れないし。

 とにかく、そんな小説好きの中にいる以上、自分も何か買った方がいいのかなと変な同調圧力を感じて、シュウトは考え込み始めてしまった。


 その様子を感じ取った勇一は、ここで悩める友達にアドバイスを送る。

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