第107話 エセ健康食品工場をねらえ! その4
色々と用意をしているところで、心の中の居候が声をかけてきた。その的確なアドバイスを受けて、シュウトは手の動きを止める。
「そ、そうだよね……あはは」
(工場は隣の県だろう?移動も電車一本で済む。とすれば財布とスマホくらいがあればいいんじゃないか?)
ユーイチはシュウトの身に宿ってから色んな事を学んだ。シュウト自身が地元を離れる事はほとんどなかったものの、移動するのにどのくらいの手間がかかるのかとか、どう言う手続きがいるのかだとか、どのくらいの時間がかかるのかだとかしっかりと把握している。
そんな彼からの指摘を受けたシュウトは、最初こそ少し反論しかけたものの、すぐにその言葉を受け入れたのだった。
「ま、それもそうなんだけど……じゃあ、そうするよ」
(ハンカチくらいはあってもいいかもな)
「わ、分かってるって」
その後、心の中の彼と相談しながらシュウトは遠征の準備を済ませ、満足して眠りについた。次の日、少しだけ早起きした彼は着替えて朝食を済ませると自転車で地元の駅まで急ぐ。
時間に余裕が出来るように計算して家を出たはずだったものの、駅前に着いた時にはもう既に他のメンバー2人は駅前でスタンバっていた。近付いてくるシュウトの姿を確認した勇一が嬉しそうに左右に手を振る。
「おー。こっちこっち」
一番最後になってしまった彼は駐輪場に自転車を停め、先に待っていた2人に声をかけた。
「おはよ。2人共早いね」
「俺は10分前に来たんだけど、由香ちゃんその時にはもう待ってたぞ」
「ニヒヒ、眠れなかったんだ」
得意げに話す勇一といたずらっぽく笑う由香。シュウトが時間を確認すると、事前に予定していた待ち合わせの時間にはまだ5分の余裕があった。そう、今回の場合、シュウトが遅れてきたのではなく、2人が待ち合わせ時間よりも早くに着きすぎていたのだ。
その事実を知ったシュウトの顔が若干引きつる。
「そ、そうなんだ」
「じゃあみんな揃ったし、行こっか」
メンバーが揃ったと言う事で、早速由香が2人に声をかける。3人はそれから目的地までの往復券を買ってホームへと向かう。早く着いた事もあって待ち時間にはかなりの余裕が出来てしまっていた。数分おきに電車が来る都会と違い、地方都市に住む3人は目的の電車が来るまで十数分待つ事になる。
そんな時間を無言で過ごすのも無理な話で、まずはシュウトがこの退屈な時間を埋めようとみんなに話しかけた。
「俺、こっち方面の電車乗るの初めてだよ」
「私も」
「奇遇だな、俺もだよ」
どうやら3人共今回向かう方角の電車に乗るのは初めてのよう。共通の話題を得たと言う事で掴みはオッケーと言える。ここで勢いに乗ったシュウトが次の話題を出そうと考え始めたところ、次は自分の番だとばかりに今度は由香が楽しそうに声をはずませた。
「何かワクワクするね」
「よく興奮出来るな、俺は緊張してるよ」
彼女とは逆に初めての遠征でガチガチに緊張しているらしい勇一が今の気持ちを遠慮なく口にする。この意見の相違がやがてチームワークに影響してしまってはならないと感じたシュウトは、何とか場を和まそうとすぐに別の話題を切り出した。
「まぁまあ、鳩でも見て落ち着けって」
「鳩、いるんだ?」
彼の言葉に由香はホーム内を見渡した。よく見ると、まるでそれが日常のように鳩が何羽も辺りを歩いている。その光景を面白がった彼女は、ここで素朴な疑問を口にした。
「鳩も電車に乗るのかな」
「乗ったりして」
シュウトは由香の冗談に乗っかっていたずらっぽく笑う。それからは和やかな雰囲気になって会話も弾み始めた。そうして雑談を続けていると、ここで勇一が近付いてくる電車に気付く。
「お、来たぞ」
時刻表通りにやってきた目的地行きの電車に3人はいそいそと乗り込んだ。休日の早朝の便が混んでいるはずもなく、席はガラガラで好きな席を選び放題。
と、言う訳でみんなは真ん中あたりの具合のいい席に座った。窓側の席に座った由香がすぐに車窓側に顔を向ける。
やがて時間になった電車は動き始め、車窓からの景色もスムーズに流れ始めた。電車の奏でる駆動音を聞きながら、シュウトは今後の予定について話を始める。
「電車で1時間だっけ?」
「そこからは徒歩で30分ってところかな。山奥だから」
由香はこの質問に資料的なものを何も参考にせずに世間話のように軽く答えた。そのくらいの知識はすっかり頭の中に入力済みらしい。
その対応に感心した彼は、いたずら心で少し質問に変化球を混ぜる。
「変身して走れば5分かからないくらい?」
「とっとと済ませて早く帰ろーぜ」
その質問の下らなさに勇一が茶々を入れる。その意見を受け入れたシュウトはその話の流れで言葉を続けた。
「何が起こるか分からないし、時間は余裕があればあるほどいいよね」
「ふぁ……」
男子2人のやり取りを小耳に挟みながら車窓の景色を見ていた由香は、ここで軽くあくびをする。電車に乗って安心したのか、早起きしすぎたせいなのか、やがて彼女は船を漕ぎ始め、男子2人の会話に全く反応しなくなる。
その異変に最初に気付いたのは、彼女の隣りに座っていた勇一だった。
「由香ちゃん眠っちゃったぞ」
「余裕だなぁ。勇一も寝ていいよ」
「俺は起きてるよ」
「そっか」
ずっと起きている自信のあったシュウトは、向かいの席に座る友人にも睡眠を勧めるものの、彼も意地があったのか、その誘いを断る。そうして心配性の彼は仕事上の先輩に自身の抱える不安を訴えた。
「なぁ……今回は近場だからいいけど、もっと遠い場所の依頼とかあったらどうするんだ?」
「その時はその時だよ。このカードがあれば交通費の問題もないだろ?」
シュウトはポケットから例のカードを取り出してニヤリと笑う。中学生の平均的お小遣いを遥かに超える金額が振り込まていてるそのカードがあれば、大抵の国内旅行の交通費は難なく賄える事だろう。
今回は田舎の駅が目的地なので各駅停車の電車に乗っているものの、その気になればもっと高額の交通機関だって気兼ねなしに利用出来るのだ。話がそう言う流れになって勇一は口を開く。
「じゃあ新幹線とか」
「飛行機だって」
彼の話を受けたシュウトはすぐに一番交通費のかかる乗り物を例に出した。彼の口から飛び出した飛行機と言う言葉に勇一は質問の方向を変更させる。
「飛行機って1人で乗った事ある?」
「いや、ないけど。ただ飛行機移動が必要な時はちひろさんが手配してくれるんじゃないかな」
「だといいな」
飛行機の搭乗手続きは中学生にとってはハードルが高く、未知の領域だ。少なくとも電車ほどの手軽さではないだろう。
ただ、シュウトはもし飛行機移動をする事になったなら、仕事の依頼と共にちひろが手続きをしてくれるだろうと言う謎の自信があった。
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