第106話 エセ健康食品工場をねらえ! その3

 今回先に来ていたとは言え、それ以外の彼女の様子はいつもとそんなに変わらない。目には隈があるし、髪の毛もボサボサ、おまけにまるで徹夜明けのような妙なハイテンションのままだ。多分今回は色々とタイミングが上手く重なって、たまたま早く時間が取れただけなのだろう。

 シュウトはちひろの雰囲気が普段通りなのを確認すると、ようやく安心して渡された資料に目を通した。


「今回は健康食品ですか……」


「そ、段々手が込んできたわよねー」


 資料によると、今回の仕事の依頼は偽の健康食品の販売に手を出した異世界生物犯罪者組織の退治。実行しているのは弱小異世界生物の暴力団組織であるサクラ組だ。

 この組織もまた過去に何度もやりあってきた因縁ある組織。シュウトは資料を読みながらこの事件の背景について推理する。


「サクラ組が単独でこう言うのは出来ないでしょ」


「人間側の協力者は別の部署が洗ってるから、今回も気にしなくていいわ」


 ちひろは2人に飽くまでも異世界生物関係だけに集中して欲しいと要請した。その意図を汲んだ由香は資料を読みながら、単刀直入に質問する。


「これ、どうやって捕まえる段取りを?」


「まぁ普通に本部を襲撃?」


「本部の場所が分かったんですか?」


 彼女の言葉に由香が色めき立つ。元々効率重視の由香は以前から本拠地を潰す事を望んでいた。鼻息の荒い彼女を目にして、ちひろは本音を口にする。


「まぁ襲撃は例えだけど、本部の場所は難しいところね。彼奴等もしょっちゅう居場所変わるからさ」


「じゃあどうするんです?」


 本部の襲撃が冗談だと分かった由香は、改めて今回の依頼の対処方法について質問を飛ばす。その言葉にちひろはずいっと身を乗り出すと、ニヤリと笑いながら2人の顔を交互に眺めた。


「さて、健康食品はどこで作るでしょう?」


「え、そりゃまぁ……」


 いきなり質問をされてシュウトは思わず口ごもった。頭が真っ白になって言葉が出なくなった彼に変わって、由香がその答えを口にする。


「工場ですね。そこを?」


「そ。流石に相手が異世界生物融合体だから警察官を突入させる訳にもいかないでしょ」


 ちひろはそう言って得意げに笑った。この作戦を耳にしたシュウトは、その言葉の裏にある真相に気付いて思わずそれを口に出す。


「サクラ組が自分達で薬を作ってるんですか?」


「みたいだよ~。取り分を他に渡したくないんだろうねえ」


「安全なんですか、それ?」


 異世界生物組織が健康食品を直で作っているというその事実に、由香が心配の声を上げる。ちひろはその点においてもすぐに用意されていた答えをスラスラと口にした。


「うん、そこは大丈夫。危険なものは何も入っていないから。逆に薬効成分も何も入ってないんだけど」


「えええ……」


 その事実に彼女は絶句する。つまりサクラ組は毒にも薬にもならない製品を健康食品として売っているのだ。流石は悪の組織、やってる事はちゃちいけど、取り敢えずセオリー通りに悪事を働いている。

 2人の会話をじっくり聞いていたシュウトは今回の仕事の要点をまとめ、ちひろの顔を見つめる。


「つまり、今回の依頼はこの資料の最後にある地図の場所に向かえと」


「そゆ事。作戦決行はいつでもいいからね。彼奴等休みなしで働いているらしいし」


 彼がしっかり仕事内容を頭に入れた事を確認したちひろは、最後の情報を2人に伝える。彼女の語るサクラ組の勤務状況を聞いたシュウトは、思わずポツリとつぶやいた。


「思いっきりブラックじゃないですか」


「ま、私らもあんまり変わらないけどねぇー」


「ちひろさんは休んでくださいよ」


 自虐的に笑う仕事の依頼主を目にした彼は、労りの言葉を口にする。その思いを有り難く受け入れながらも、ちひろはその言葉通りには出来ない状況を笑いながら明るく説明した。


「これがそうもいかないんだなぁ。ま、私は空いた時間にちょくちょく寝てるけど」


「政府も人手不足なんですね」


 その言葉に由香もちひろを気遣った。この優しい言葉に寝不足の政府職員は目を輝かせる。


「お、鋭い。でも極秘の仕事だから仕方がないのよね」


「大変ですね」


 ここで由香に続いてシュウトも彼女に同情した。中学生2人に気を使われたちひろは、改めてこの勤労学生達の顔をじっくりと眺める。


「でも作戦を実行してくれるあなた達が一番大変でしょう。気を付けてね。決して無茶はしない事。サポートは出来ても死んだら何も出来ないんだからね」


「こ、怖い事言わないでくださいよ」


 この言い方にシュウトが若干引き気味に返事を返した。そんな彼とは逆に由香は挑戦的な表情を見せてニヤリと笑う。


「任せてください!死にませんから!」


「おっし!よく言った!じゃあ任せたからね!」


 彼女の言葉に満足したのか、ここでちひろは勢い良く席を立って喫茶店を出ていった。そんな彼女の後ろ姿を眺めながら、シュウトは大きくため息をつく。


「ふう」


「今回はこの工場に行けばいいだけなんだから楽だよね」


「探す手間がないのはいいかも」


 テーブルの上のコーヒーを喉に流し込みながら、中学生2人は渡された資料をもう一度確認する。敵の規模、工場の位置などの彼らにとって必要な情報の他に、いつからこの事業を始めたのか、背後にどんな組織が関わっているのか、健康食品の成分は何か、その材料の入手先は等、事細かく記載されている。

 多分関連作業をする人達と共通している資料だからそれだけ細かく書かれているのだろう。


 一通りの文章を読み込んだ2人は、タイミングを見計らってお互いに声をかけあった。


「頑張ろっか」


「だね」



 次の日の昼休み、もう1人分の資料を持ってシュウト達は図書室へと向かう。そこには昨日同様に勇一が先に来ていた。シュウトは昨日ちひろから聞いた話を伝えながら、向かい合って座っている元野球部員に資料を渡した。


「……と、言う訳なんだ」


「やっぱ休みの日に行くのか?」


 今回は敵の出方を伺う必要がないので話が早い。この勇一の質問に隣の席に座っている由香が答えた。


「勇一君はそっちの方がいいんでしょ?」


「当然だろ。で、次の日曜?」


 早速日時指定をしてきた彼に由香は挑戦的な表情を浮かべる。


「準備が出来たならね」


「任せろよ。みんなも日曜遅れんなよ」


「まーかして!」



 こうして話はトントン拍子に進み、サクラ組の偽健康食品工場襲撃の予定は決まる。向かう場所が決まっていると言う事は、どうしてもその場所に向かわなければいけないと言う事でもあり、前日にしっかり準備を整える必要があった。

 そう、その工場は少し離れた場所にあったのだ。


 作戦決行の前日、シュウトは自室でその準備に追われていた。


「えぇと、ハンカチとお弁当……はコンビニで行きに買うか。後は何がいるかな」


(まず、旅行に行く訳じゃないし、そもそも荷物は出来るだけ少ない方がいいぞ)

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