第108話 エセ健康食品工場をねらえ! その5
彼の話を黙って聞いていた面倒事が苦手な勇一は、ここで身勝手な願望を口にする。
「専用のプライベートジェットとかがあればいいのに」
「いや、アメリカじゃないんだから」
プライベートジェットなんて言うのは国土が広い大国だけが許される特権だろう。そもそも今までの仕事はみんな地元内で収まっていた。そう言う事例から考えても、プライベートジェットの出番はないだろうとシュウトは断言する。
その夢のない返しに勇一はつまらなさそうな顔をした。
電車はその後も時刻表通りにレールを走り続け、心地よい退屈な時間は過ぎていく。最初こそ活発に会話をしていた男子中学生2人もやがて話のネタがなくなったのか、すっかり無口になっていった。
「おおっと、寝てたわ」
電車に揺られて1時間弱、目的日の駅にもうすぐ着くと言う頃合いを見計らったかのように、タイミングよく由香は目覚める。目覚めた彼女の前に広がる光景はすっかりまぶたを閉じた2人の男子中学生の姿だった。時間を確認した由香はすぐに行動を開始する。
「ほら!2人共起きて!」
「ふあ……あれ?」
「全く、私が起こさなかったらどうなっていた事か」
彼女は手早く眠っている2人を揺り起こした。眠っていた彼らも完全に熟睡していた訳ではなかったようで、由香が何度か体を揺らしてだけですぐに目を覚ます。
彼女からの軽い説教を受けた男子2人はすぐに事態を認識した。
「ごめん」
「さんきゅー」
謝るシュウトに軽くお礼を口走る勇一。対照的なその反応を目にしながら由香は両腕を頭上に伸ばして口から息を吐き出した。
「ふあ~あ」
そうこうしている内に電車が目的の駅に止まる。そのタイミングを見計らって勇一が一番最初に立ち上がった。
「じゃ、行きますかあ」
その声を合図に残りの2人も立ち上がり、そのまま3人は電車を降りる。降りた先は小さな無人駅。男子2人が先に黙々と歩き始めたところで、由香がその背中に向かって話しかける。
「ねぇ、本当にこれから30分も歩く気?」
「え?」
彼女の言葉にシュウトは振り返った。彼の顔をじいっと見つめながら由香は口を開く。
「ここは公共交通機関でしょ」
田舎の公共交通と言えば勿論バスと言う事になる。大人だったらタクシーと言う手段もあるけれど、駅の周りに客待ちのタクシーが並んでいる訳でもない田舎で、しかもほぼ流しのタクシーがない状況ではバスを利用するのが最適解と言えるだろう。
しかし、この彼女のベストな選択に勇一が異議を訴えた。
「バスって、また待つのか?」
「歩くよりはマシでしょ」
一足先に由香の提案を受け入れたシュウトは、駅周辺の景色をキョロキョロと見渡す。駅前ならばきっとあると思っていたそれが見つからず彼は困惑した。
「あれ?バス停は?」
「駅前にバス停がないとは流石は田舎……」
この状況に勇一は呆れながらそう口走る。そう、多少大きな街ならば駅を中心に都市計画がなされていて、駅前にバス停があるのが当たり前の光景であるはずなのに、この駅は街の中心に作られてはいなかったのだ。
このバス停がすぐに見当たらない問題に関して由香がその理由を推測する。
「そもそもまず駅が無人駅な訳だし……」
「じゃあ、まずはバス停探しだ」
シュウトは気を取り直してまたキョロキョロと周りを見渡しながら歩き始めた。その様子を見た由香は彼に声をかける。
「いや、そこは調べてあるよ、こっち」
「おっ、流石だね」
先導する彼女を横目に勇一が感心するようにつぶやいた。その言葉を聞いた彼女は素朴な疑問を口にする。
「て言うかみんな事前に調べてなかったの?」
「ごめん」
今のところ全然役に立っていないシュウトは、由香のツッコミに対して素直に謝罪する。それに対して勇一は相変わらずの軽いノリで彼女に声をかけた。
「いやあ、由香ちゃんがいてくれて助かったよ。そだ、ジュース飲む?」
「まずはバス停に行こ。あんまり時間をロスするとバスに遅れるかもだし」
彼の軽いノリを同じくらいの軽さでスルーして由香は歩き続ける。シュウトはあまりにも余裕のなさそうなその言動に軽く疑問を覚えた。
「そんなに時間に余裕がないんだ?」
「バスって道路の状況で早く着いたり遅れたりでしょ。だったら余裕があった方がいいじゃない」
「おお、さっすがあ」
勇一は相変わらずの軽いノリで彼女を持ち上げる。どうやらさっきスルーされた事はあんまり気にしてはいないらしい。3人の仲で唯一バス停の場所を把握している由香に男子2人がのこのこと後をついていく。
ある程度歩いたところでやっとバス停らしきものが見えてきた。目的地に着いた彼女がバスの時間をすぐに確認する中、シュウトは現在時刻をそれとなく目にして気付いた事を口にする。
「バス停まででも3分くらいは歩いたなあ」
「まだバスは来ていないみたいだし、あそこに見える自販機に行って……」
勇一はバス停の近くに見えている自販機を指さした。彼は隙あらば2人にジュースを飲もうと誘ってくる。どうやら本当に喉が渇いているようだ。
彼が指さした場所は道路を挟んだ反対側で、田舎で車の通りが少ないにしても気軽に渡っていい場所とも言えなかった。
この勇一に呼びかけに対して、由香は全く動こうともせずに冷静に返事を返す。
「いや、ここでバスを待ってようよ。すぐに来るかも知れないし」
「心配性だなぁ」
それじゃあ自分1人が道路を渡って買ってくると言い張る彼を、残りの2人が止める。バスは1時間に一本だし、もしタイミングがズレて一緒に乗れなかったら、それこそ大きな時間のロスに繋がる。勇一も2人に止められては動くに動けない。
と、言う訳で、仕方なく3人で大人しくバスを待つ事になった。
やがて時刻表に書かれていた時間より遅れたものの、バスがのんびりとやってくる。3人が待ってましたとばかりにバスに乗り込むと、車内にお客さんは数えるほどで、ここでも田舎の現状をリアルに目の当たりにする。
3人ははぐれないようにと、一番後ろの席に並んで座った。
「結局5分遅れだったし」
「乗り遅れなかったんだからいいじゃないの」
ジュースを買うのを我慢してまで待っていた勇一が不満を漏らし、それを由香がなだめる。シュウトはそんなやり取りを右から左に流しながら、バスの車窓からの景色をぼんやりと眺めていた。
「不思議だなあ。知らない風景なのに懐かしい感じがする」
「日本の景色なんてどこも似たようなものだしね。そもそも隣県だし」
「まあねー」
彼のつぶやきに由香が返事を返す。徒歩30分の道のりはバスで10分ちょいと言ったところで、電車に比べたらあっと言う間の時間だった。ここでも降りる場所の地名に実感のわかない男子2人は停車場所のピンポンを押せず、テキパキと行動する彼女の後をついていく格好となる。
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