第105話 エセ健康食品工場をねらえ! その2

 歩きながらさっき考えていた事を並んで歩く彼女に話しかけた。


「でもさ、きっと何かあったら轟さんも伝えてくれると思うんだよね」


「だろうね」


「じゃあ逆に言えば今は大丈夫って事じゃないかな?」


 この彼の意見に、由香は顔を正面に向けたまま真面目な表情で口を動かした。


「今はそう信じるしかないね」


「ま、果報は寝て待てってやつ?」


「仕方ないかあ」


 結論が出たところで、彼女は両腕を頭上に上げて歩きながら背伸びをする。そんな由香を横目で見ながらシュウトはポツリとつぶやいた。


「最悪の連絡が来ない事を願うばかりだよ」


「コラそこフラグ立てない」


「ごめん」


 こうして、他クラスへの遠征は不確実な噂を耳に入れただけで終わりを告げる。とは言え、かなり精度の高い噂ではあったのだけれども。


 それから時間は流れて昼休み。2人が図書室にやってくると、そのまま先に席についていた勇一の近くに座る。毎日変わらない定位置だ。メンバーが揃ったところで早速勇一が口を開いた。


「でもガルバルドってデカい組織なんだろ?」


「らしいねえ」


 この問いかけにシュウトが答える。勇一は読んでいるラノベから目を離さずにそのまま話を続けた。


「流石にデカい動きとかしたら、こっちの政府も気付くんじゃね?」


「前に事務所に行った時に、ちひろさんも勘付いているっぽい反応はしてた」


「その内、全面戦争とかになったりして」


 この彼の冗談めかした重い言葉にシュウトはうまく答えられず、つい言葉を濁す。


「まさか、そんな派手な事……」


「あるかも知れねーじゃん」


 戦争と言う言葉に由香も身を乗り出して反応する。


「って言うかさ、ガルバルドがこっちの力を持った組織と手を組むってパターンもありそうじゃない?」


「おお、それありそう。て言うかもう水面下で動いてるんじゃねーの?」


「そんな大きな組織と事を構えるとか考えるとさ、きっと一筋縄じゃいかないよね」


 勇一と由香はどうやら気が合ったようで、2人でどんどん話をを進めていく。エスカレートする話のスケールについていけなくなったシュウトは無理やり流れを戻そうと、ひとり違うテーマの話題を口にした。


「……それに比べたら単純な弱小組織相手は楽でいいなぁ」


「で、次の仕事の依頼は?」


 その言葉に勇一が反応する。やはり彼もすぐに手の届きそうな身近な話題にもちゃんと関心は持っていたようだ。その期待に応えたいシュウトだったものの、見栄を張ってここで嘘を言う訳にも行かず、椅子の背もたれに体重を預けながら正直にこの質問に応えた。


「まだだねえ」


「呑気だなあ」


 そんな知り合いの態度を目にした勇一は、半ば呆れ気味に感想を口にする。依頼がないと言う事は今が充電期間だと言う事で、由香が男子2人に知った風なアドバイスをする。


「いつ大仕事の依頼が来るか分からないんだから、今の内に英気を養わなきゃだよ」


「英気と言えば知ってるか?最近新しくラーメン屋さんが出来たみたいなんだけど」


 彼女の言葉にピンとくるものがあったのか、勇一が突然ラーメン屋さんの話を切り出した。新しく出来たと言うその言葉にシュウトは思わず声を上げる。


「あっ」


「何だ、知ってるのか」


 折角新情報を披露して関心を集めようとしたのに出鼻をくじかれた形になって、勇一の表情は曇った。すぐに答え合わせしようとシュウトはこの間入ったラーメン店の記憶を開示する。


「勇一が言ってるのがどこのラーメン屋の事か分からないけど、久留米屋ならこの間入ったよ」


「そこだよ!何だシュウトの方が先に入っちゃったかあ」


 目星をつけていたお店に先に入られた事を知った勇一は、本気で悔しがっていた。その反応にシュウトは間の抜けた返事を返す。


「勇一はまだなんだ?」


「今日一緒に行こうって誘おうと思ってたんだよ!」


 その脳天気な言い方に勇一は逆ギレ気味に声を張り上げる。この食事の誘いをシュウトは素直に受け取った。


「じゃ、行こうよ」


「おお、行こう行こう。由香ちゃんもどう?」


「いいね。前は創作ラーメンだったから、今度は普通の醤油ラーメンでもいいかな」


 勇一の誘いを彼女もふたつ返事で受け入れる。ただ、彼女も既に入店済みと言う事で、彼のテンションは一気に下がってしまった。


「え?由香ちゃんも行った事あったの?」


「うん、陣内君と一緒に」


 この由香の言葉に勇一は妄想は爆発させる。


「こ、コイツと……?おいおい、やっぱりお前ら……」


「や、違うって、この間の報告帰りに寄ったんだよっ」


 この邪推をシュウトは顔を真っ赤に染めながら否定した。由香もすぐに同じく頬を染めながら言葉を続ける。


「そうそう、そう言うんじゃないから」


「何だつまらん」


 2人の慌てふためく様子を白白と眺めながら、その必死さに免じて勇一は呆れ顔で信じる振りをした。この言葉を真に受けたシュウトは念のために改めて彼に口止めを要求する。


「勝手に変な噂とか流すなよ」


「そんな事しねーよ。じゃあ今日久留米屋寄ろう。約束な」


「おう約束……っと。きた!」


 このタイミングでシュウトのスマホが震えた。つまり、仕事の依頼だ。彼はすぐに通話可能状態にしてそれを耳に当てる。するとすぐにちひろの声が聞こえてきた。


「もしもし、今いい?」


「あ、はい。大丈夫です。……はい、……はい。……了解です」


 通話の様子を眺めていた由香はシュウトが通話を切った瞬間、すぐに好奇心に満ちたような弾んだテンションで声をかける。


「仕事来たね!」


「じゃあラーメンはお預けだな。後で詳しく話を聞かせてくれよ」


 依頼が来たなら仕方がないと勇一は今回の放課後の予定を諦めた。こうして後での報告を約束して昼休みの時間は過ぎていく。その後、午後の授業を終えたシュウト達はいつもの喫茶店へと向かった。

 仕事の依頼のやり取りについてはもうテンプレ通りの慣れたやり取りだったので、今回は何分待つのかな、なんてそんな話をしながら喫茶店のドアを開ける。


 けれど、その先には驚くべき光景が広がっていた。その有り得ない情景が目に飛び込んできた時、思わずシュウトは目を丸くする。


「ええっ?」


「お、こっちこっちぃ」


 そう、今までほぼ待ち合わせ時間に遅刻していた仕事の依頼担当の彼女の方が先に喫茶店に着いていたのだ。ちひろに笑顔で手招きされた彼は、すぐにスマホで時間を確認する。もちろん彼らが遅れて喫茶店に到着した訳ではなかった。

 いつもの席の前に来たところで、シュウトはこの特異な状況に口を開く。


「ちひろさんの方が先に来てるって珍しいですよね」


「たまにはこう言う日もあるのよん。さ、座って座って」


 促されるままに2人が椅子に座ったところで、彼女は今回の依頼の資料を手渡した。

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