エセ健康食品工場をねらえ!

第104話 エセ健康食品工場をねらえ! その1

 カツアゲ犯を懲らしめてから数週間後、シュウトは何故だか浮かない顔をしていた。別にテストの点の事が気にかかっている訳でもなく、問題は別のところにあった。

 季節は秋の色を深めていく。人の心は秋の空なんて喩えもあるけれど、その人の胸の内と言うものはエスパーでもない限りはそう簡単に分かるものでもない訳で。物思いに耽る彼の顔を由香はぐいっと覗き込んできた。


「どうしたの?」


「え?」


「いや、何か悩んでる風だったから」


 こうストレートに聞かれるとシュウトも変にごまかせるものでもなく、場所は教室内ではあったものの、素直に彼女に現在の心境を吐露する。


「いや、ほら、松崎君と丸川さん、大丈夫かなって」


「やっぱり連絡とかないんだ?」


「うん」


 そう、ユーイチ達異世界生物達が作った反政府組織「ランラン」を潰した向こうの闇の巨大組織「ガルバルド」。その闇の巨大組織を探ると言って、元ランラン所属の異世界生物の融合者となった松崎剣と丸川アリスはその日以降姿を消していたのだ。

 2人の安否を心配する彼に由香は簡単なアドバイスをする。


「こっちから連絡したらいいじゃん」


「近藤さんはしてみた?」


「返信は戻ってこないね」


「一緒だよ」


 そのアドバイスはシュウトも既に実行済みのようで、その後、2人はしばらくの間沈黙する。気まずい雰囲気の流れる中で、彼女は改めて口を開いた。


「電源切ってるのかな、探知されないように」


「だからって一応さ、体は貸しているだけでこっちでは学生として生活している訳で」


「クラスが違うのがねー。毎日普通に会えたら心配もしないんだけど」


 剣とアリスはシュウト達とはクラスが違う。同じクラスならここまで心配する事もなかったのかも知れない。しかも教室の位置の関係上、シュウト達が剣達の在籍するクラスに行くには校舎をまたがなければならない。様子を見ようと移動するのにも少し心理的なハードルがあったのだ。

 ただ、このまま教室で心配するだけと言うもの精神衛生上あまりよろしくないと言う事で、由香は思い切って彼に向かって進言する。


「行ってみよっか、2人のクラス」


「ああ、それもそうか。どうして今まで気付かなかったんだろ」


「善は急げだね」


 と言う訳で2人は自分達の教室を後にした。ちなみに剣が在籍するのは1組でアリスはその隣の2組の生徒だ。廊下を歩きながら、どちらを優先するかシュウトは独り言のようにつぶやいた。


「えーっと確か……」


「まずはどっちにする?」


 由香に急かされた彼は顎に手を当てて少しの間考えると、すぐに答えを導き出す。


「やっぱ松崎君でしょ、彼がメインで動いているんだし」


「じゃあ1組だ」


 目的地が決まったところで2人は1組に向かった歩き出した。教室に近付いたところで見知った顔に遭遇する。


「お?珍しいな、こっちで会うなんて」


「勇一、1組に用?」


 そう、それは最近仲間になったシュウトの知り合いの彼だった。勇一は1組に来た理由を照れ笑いしながら告白する。


「いや、数学の教科書忘れちゃって。ここで借りられないかなーって。そっちは?」


「松崎君の様子をちょっとね」


「ああ、アイツ最近ずっと学校休んでるぞ」


 勇一と言う予想外の人物の口からいきなり聞きたかった事の答えが得られてしまい、シュウトは困惑する。


「えっ?」


「なんか体調悪いとか言って。多分仮病なんだろうけど」


「そっちには連絡が?」


 答えが分かったのもあって、彼は何故その情報が得られたのかの理由を尋ねる事にした。この質問に勇一は頬をポリポリと掻きながら、何でもないと言う風な雰囲気で喋り始める。


「いや、俺このクラスに友達いるから、それとなくそいつから聞いた」


「じゃあ丸川さんも一緒なのかな」


「知らないけど、そうなんじゃないの?」


 彼はまるで他人事のようにそうつぶやく。ずっと2人が学校に来ていないと言うその事実に、シュウトは思わず自分の心情を口に出した。


「うーん……心配だなあ」


「大丈夫よ、あの2人だもん」


 いきなりそう言い放ったのは、いつもシュウト達を監視していると言う政府組織所属の風だ。彼女はいつも気配を感じさせずに突然出現する。今回もまた魔法と言うか忍術のように、ドロンと言う効果音が似合う登場の仕方をしてくれていた。当然のような風の出現にシュウトは驚いて声を上げる。


「うわっ」


「いつも神出鬼没ね……」


 勇一との会話では敢えて口を挟まなかった由香も、彼女の忍術めいた出現には思わずツッコミを入れていた。風はそんな2人の反応に全く動じる事なく、何事もなかったみたいにクールに話しかける。


「言ったでしょ、私はあなた達を監視してるって」


「そりゃまあ、そうだけど」


 彼女の行動理由を把握していたシュウトは、風のその言葉に全く反論が出来なかった。逆に由香はまるで脅かすようなその心臓に悪い登場の仕方に不満があったようで、頬を膨らませながら一言物申す。


「けど、別に普通に登場すればいいじゃないのっ!」


「そんなの面白くないし。じゃあね」


 彼女の抗議を軽くスルーすると、伝えたい事は伝えたと風は軽く手を振ってシュウト達の前から立ち去ろうとした。この流れるような会話の流れに一瞬全てを受け入れそうになった彼はブルブルと顔を左右に振って正気を取り戻すと、すぐに彼女を呼び止める。


「ちょ、待って」


「何?」


「轟さんは知ってるの?あの2人の事」


 そう、政府の情報関係の組織に所属する彼女なら、今音信不通になっているあの2人の事も知っているのではないかと情報提供を呼びかけたのだ。いつもなら必要以上の会話をしない風はシュウトの呼びかけにピタリと足を止めると、振り向かずに返事を返す。


「私も体が2つある訳じゃないから」


「でもさっきの言い方だと」


「動きは把握してる。ただ、それは私が直に見た情報じゃないけど」


 この言葉に由香の直感が正しい答えを導き出した。


「……成る程、風の組織の他の仲間の情報で知っているのね」


「さて、どうかしら」


 彼女の推理に対して風は振り返ってニヤリと笑う顔を見せると、すうっと姿を消していく。どうやら対象者の意識に干渉する術のようなものを使ったらしい。

 謎の技を使われ、彼女の姿が薄っすらと消えていったところでシュウトは我に返った。


「あっ」


「相変わらず勝手に喋って勝手に消える身勝手くのいちだわ……」


 同じ情景を見ても、由香は全く違う反応をする。全てを煙に巻くような風の態度に彼女は不満を覚えたようだった。剣達の様子を知ると言う当初の目的を果たした由香は、まだ状況をうまく把握出来ずにぼうっとしている彼に声をかける。


「取り敢えず戻ろっか」


 その声に促されるようにシュウトは踵を返して自分達の教室に戻ろうと歩き始める。

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