第100話 待ち伏せは近所の公園で その3

「まだ将来を考えるの早いよねー。今はさ、好きな事を好きなだけしていようよー」


「うあ~。そう言う生き方がしたいー」


 この彼女の言葉にシュウトが両手を上げて同意した。そんなやり取りを真顔で見ていた勇一はポツリとツッコミを入れる。


「俺から見たら2人共十分そんな生き方してるように見えるぞ」


「いやいやいやいや」


 彼のツッコミを2人は声を合わせて否定する。こうして将来の話と言う重い話題も軽く流れていき、またしても沈黙の時間が訪れた。次の話題を誰かが口にする前に休み時間は終わり、3人はまたそれぞれの教室へと戻っていく。そこからはまた何事もなく時間は過ぎ、その日の放課後がやってきた。

 申し合わせたように昼休みのメンバーは図書室に集まると、またそれぞれ思い思いの過ごし方で時間を潰していく。今日もまた依頼の電話はなさそうだ。

 図書室で本を借りて読んでいた由香が代わり映えのしない日々に不満を漏らす。


「依頼の電話、こないね」


「平和でいい事だよ。でも普通の人間の犯罪は新聞に載るんだけどなぁ」


 彼女の愚痴を右から左に流しながらシュウトは新聞をめくる。新聞は文字情報の宝庫だから隅から隅まで読むとなると結構な暇つぶしが出来ていた。彼は社会面から政治面、社説に芸能面と、どの記事も分け隔てなく目を通す。

 最初は異世界生物犯罪が載っていないか調べるために始めたこの新聞閲覧もすっかり日々の日課になってしまっている。熱心に新聞を読むその様子を見ていた勇一が興味深そうに声をかけてきた。


「新聞、読んでて面白いか?」


「面白い時もあればそうでない時もあるよ。ただ、連載小説は変わらず面白いね」


 この言葉を聞いた由香は、突然目を輝かせてシュウトの顔をまじまじと見つめる。


「お!やっと陣内君も小説の面白さに目覚めたかね!」


「いや、読む方な!書けないからな!」


 彼女が興奮しているので何か書かされるのではないかと危惧したシュウトが先手を打つと、流石にそれは考えすぎだったのか由香は口をとがらせた。


「何も興味ない人にまで執筆を勧めたりはしないよ」


「俺だって読み専だぞ」


 話の流れで勇一がシュウトに聞きなれない言葉を使う。その言葉の意味がすぐに分からなかった彼は思わすオウム返しをした。


「読み専?」


「読書専門って事」


「ほお……」


 自分の知らない言葉の意味を知ってシュウトは感心する。次の瞬間、彼のポケットに入っている携帯が突然振動を始めた。焦った彼は大声を出してしまう。


「おあっ!」


「依頼か?」


「うん、そうみたい……もしもし?」


 直ぐに電話に出たシュウトは、聞き慣れた声に安心しながら早速電話口からの待ち合わせの要件を了承する。それからすぐに例の喫茶店に向かうため、ここで勇一と別れた。彼は折角だからギリギリまで図書室で持参したラノベを読むらしい。


 2人が喫茶店でちひろを待っていると、今回は待ち合わせ時間ぴったりに彼女はやってきた。慣れた仕草で2人の向かい側の席に座ると、テンプレ通りにホットコーヒーを注文する。それからじいっと待っている中学生2人に話しかけた。


「今日もちゃんと来てくれてありがと」


「いえ、仕事ですから」


 シュウトはどこかの社会人のような硬い返事を彼女に返す。下手に突っ込みどころのある言葉を返していじられたくなかったからだ。

 しかし、この無難すぎる返答でさえ彼女には十分突っ込みどころのある言葉だったようだ。ちひろは苦笑いを浮かべると、手を手首から動かして近所のおばちゃんのようなリアクションをする。


「またまた~。中学生の吐くセリフじゃないぞ、勤労少年少女」


「えっと、今回はどう言った依頼ですか?」


「ちょっとは乗ってよ、ボケてんだから……」


 シュウトがボケをスルーしたために彼女は軽く頬を膨らませる。彼は対応を間違ったとすぐにペコリと軽く頭を下げた。


「すみません、ノリが悪くて」


「あは、ゴメンゴメン。そんなマジにならないでよ。はい、これが資料ね~」


 シュウトの謝罪で機嫌を直したちひろはすぐに持参してきた資料を2人に手渡した。早速資料に目を通した彼は、今回の異世界生物犯罪者の行っている犯罪名を見て首を傾げた。


「うん?」


「およ?何か引っかかった?」


「カツアゲ……ですか?」


 そう、資料に書いてあった犯罪名はカツアゲ。正式名称で言うと恐喝。気弱そうな相手を見つけて所持金を脅し取ると言う、昔からある典型的な犯罪だ。

 そのあまりにもありふれた犯罪名にシュウトは面食らってしまったのだ。


「そ、今頃になって古典的だよね。でもドルドル団らしいでしょ」


「街の不良と同レベルだなぁ……」


 そんな分かりやすい小悪党な犯罪を行っているのは、筋肉バカが揃っている荒くれ集団のドルドル団。ヤツらならやりそうだと彼もうなずいた。既にこの組織の構成員を2人シュウト達は捕まえている。そう言う意味では相性のいい悪党集団とも言えるだろう。

 同じ資料に目を通していた由香は大体の概要を読み終えてニッコリ満足そうに笑みを浮かべると、勢い良く宣言する。


「でも分かりやすくていいですね!コレなら楽に捕まえられそうです」


「でも相手は異世界生物融合体だからね!油断は禁物よ」


「分かってます。今までに何度もやりあってあいつらの事は知ってますから」


 ちひろの忠告にはシュウトが答える。その自信たっぷりな2人の勢いを聞いた彼女は最後にもう一度確認を取る。


「じゃあ、出来そう?」


「勿論です、任せてください!むしろあいつらと一番多く戦った私達にしか出来ませんよ!」


「いい返事ね。じゃあ任せたから。いい結果報告を待ってるわね」


 胸をドンと叩いて自信満々に返事を返した由香の顔を見たちひろは、安心するような笑顔を浮かべると全てを2人に任せて席を立った。

 颯爽と喫茶店を後にする彼女の後ろ姿に、2人は声を揃えて労いの言葉をかける。


「お疲れ様でーす」


 喫茶店に残された2人はその後、資料をもう一度見直したりコーヒーを飲み干したりして時間を過ごす。ふたつのコップが空になった時点で2人も喫茶店を後にした。

 帰り道、久しぶりに楽そうな仕事が回ってきてシュウトは両手を組んで頭上に伸ばしながら口を開く。


「さて、お仕事お仕事ー」


「現行犯で捕まえればいいってやっぱいいねー」


 由香も今回の仕事を余裕を持って楽しんでいる。もう心は仕事を達成した後の報酬の使い道の方に飛んでいっているのかも知れない。早速彼は由香に頭脳労働のお願いをする。


「それじゃあ、出現予定の場所の予測だけど……」


「まっかしといてよ」


 それが自分の担当とばかりに、彼女は自信満々にその言葉を受け入れた。その様子を見たシュウトはニッコリ笑うと彼女の顔を見る。


「頼もしいなあ」


「あははは」


 その言葉を聞いた由香は気分が高揚していたのか、周りに聞こえるくらい豪快に笑った。そうしていい雰囲気のまま2人はそれぞれ自分の家に帰宅する。

 帰宅したシュウトはいつものように家庭内スケジュールをこなし、明日の準備を終えると照明を消して最後にベッドに横になる。


「勇一との初仕事、今回みたいなのなら良かったな」


(ま、彼もコツを掴んできている、ここで楽な仕事と言うのもいいだろう)


「だね~。じゃあおやすみー」

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