第99話 待ち伏せは近所の公園で その2

 改めて自分の将来の事を想像した彼は、この先に待ち構えているであろう困難を想像して気が遠くなった。


「はぁ~」


(すまない。私達のせいで君達の未来が……)


「いいよ、気にしなくても。ユーイチと会っても会わなくてもどうせあんまり変わらなかっただろうしさ」


 心の中のユーイチが気を使っているのが分かって、シュウトは自虐的な返事を返した。彼もまた人生の先輩としてシュウトにアドバイスをする。


(若い内の時間は貴重だ。この時期に学べる事はしっかり学んでおいた方がいい)


「そだね、その通りだよ」


(時間はあるようでないものだ。安易には考えない方がいいぞ)


 このユーイチの言葉を聞いた彼は、今の自分の気持ちを正直に口にする。


「それは分かってるよ。ただ……正直全然実感が沸かないんだ」


(焦る事はない。そうだな、周りより遅くなければ……)


「将来の事を真剣に考えている友達なんてまだそんなにいないだろうし……学力に合った学校に行ければそれでいいや」


(その学力、落とさないようにな)


 最後のツッコミがピンポイントでダメージを与えてしまい、シュウトは肩を落としてがっくりと項垂れた。


「そこなんだよー。今回のテスト全然自信なかったんだよなー」


(答案用紙が返ってきたら反省会だな)


「う~。どうか赤点じゃありませんように……」


 テストの話で精神力を奪われたシュウトは会話をする気力も全てなくしてしまい、ここで神様に良い点数が戻ってくるように祈りながらまぶたを閉じた。

 幸いな事にこの夜は特に悪夢を見るという事もなく、彼はぐっすりと朝まで熟睡する。寝ている間に何か夢を見たようだけど、目が覚めた時にはすっかり忘れていた。


 数日後、悩みの種だったテストが次々に返却されていく。戻ってくる答案用紙を見たシュウトは、その点数に納得した以上の感情を乗せていた。


「おお……」


 そうして時間は過ぎて昼休み。いつもの図書室で3人が集まったところで早速テストの話を由香が切り出した。


「テストどうだった~?」


「思ったよりか、悪くなかった」


 シュウトは苦笑いを浮かべながら今回の戦績を発表する。その結果を聞いた彼女は、感心したように感想を口にした。


「へぇ、やったじゃん」


「とは言え、褒められた点数じゃないけどねー」


「私も現状維持だよ。元気出しなって」


 この返事から由香のテスト結果もそれなりのようだ。ここでその様子を見ていた勇一がもポツリと言葉をこぼす。


「由香ちゃん頭いいんでしょ?」


「いやいや、そんな事ないよ?」


 変に誤解されていると感じた彼女は、それを訂正しようと手を左右に振りながら真顔で返事を返す。勇一は由香の方に体を向けると、さっき自分が発言したその理由をぶっきらぼうに言い放った。


「だってこの間はあんなに自信たっぷりだったじゃん」


「あの時はそんなテンションだったんだよ」


「あ、そう……なんだ」


 この彼女の言葉に、流石の勇一も返す言葉を失う。会話が途切れたところで反撃代わりに今度は由香の方から質問が飛んできた。


「勇一君は?」


「俺も現状維持かな、ただ今後もこの仕事が続くなら成績を落とさないように対策しないとだ」


 意外に真面目マンの彼の模範的な返答を聞いた由香はにやあっと作り笑いを浮かべると、実に彼女らしい楽観的なセリフを口にする。


「な~に、きっと何とかなるって!」


「そ、そうだよなあ……」


 その言葉に男子生徒2人もぎこちなく同意した。そんなやり取りがおかしくて、3人はここでほぼ同時に笑い出した。


「あははははははは……」


 ひとしきり笑った後で場の雰囲気はリセットされる。そうしてフラットな感じに戻ったところで、シュウトがこの話題の終了を宣言した。


「テストの話はもういっか」


「話題を変えよっ!いつまでも引きずるものでもないし!」


 由香も彼の話に同調する。ただ、いきなり話題を変えようと言う事になってもすぐに変わりの盛り上がりそうな話のネタを誰かが持っていると言う訳でもなく、またしても無言の時間が続いてしまう。

 それからは3人それぞれが好きな事をして時間を潰し、今日はこのまま昼休みの終わるまで静かに過ごす感じになるのかなと言う空気が場を支配し始めた。

 そんな時、急に何かを思いついたのか新聞を読んでいたシュウトが突然口を開く。


「みんなはさ、将来について考えてる?」


「え?」


「いや、昨日色々考えててさ……」


 そう、彼は昨日の帰り道での話題をここで振ってきたのだ。この話題に初めて参加した彼女は、少しつまらなそうな顔をしながら今考えている事をそのまま口にする。


「そんなの3年になってから考えたって間に合うって。進学するの大学じゃないんだから」


「それはそうだけど……」


 そう、大学選びに比べたら高校選びはそこまで選択肢が多い訳じゃない。大抵は学力に合わせて、地元のそれぞれのランクの学校の受験を目指す感じになる。由香もまた、その大抵の人が無難に選ぶ選択肢を選ぼうとしていた。

 この常識的な判断を聞いたシュウトがもっと将来について何か具体的な夢のある答えが聞きたかった風な反応をしたため、彼女は目の前にある現実を突きつけた。


「結局さ、行ける学力の学校しか行けないんだよね」


「じゃさ、どっか行きたい学校とかある?」


 シュウトはこの話の流れでメンバーの志望校を聞く流れに持っていく。質問を聞いてまず最初に回答をしたのは3人の中でも一番しっかり現実を見据えている勇一だった。

 彼は椅子の背もたれに体重をグイーッと預けると、まるで他人事にような現実感のない軽い声で言い放つ。


「俺は家から一番近いところでいいや」


「あそこ結構な難関だぞ?」


「だよなあああ……」


 彼に答えに対してシュウトは思わず素でツッコミを入れてしまった。勇一の家から一番近い高校は地元でも1,2を争う難関校なのだ。この現実を前にその学校を目指すハードルの高さを指摘された勇一は頭を抱えてしまう。

 図らずも仲間に精神的ダメージを与えてしまった事に対して、由香が声を上げた。


「陣内君!」


「や、違うよ?厳しいなって事が言いたかっただけで……」


 彼女に変に誤解されているような気がしたシュウトは、ツッコミに悪意がなかった事をシドロモドロになりながら説明する。このやりとりを目にした勇一は改めてその学校を目指す事に対しての決意表明をした。


「自分の実力は分かってるよ。だから3年になったら本気出す!」


「お、おう……」


 その明日から本気出す系のアレげな言葉を聞いたシュウトは色んな想像が頭の中を駆け巡って上手く返事が返せなかった。そんな中途半端な対応に少し機嫌を悪くした彼は逆にシュウトに質問を投げ返す。


「そう言うシュウトはどうなんだよ!」


「いやあ、俺もさ、行けるところでいいよ」


 同じ展開になってはたまらないとシュウトは学校の近さを優先するのではなく、飽くまでも自分の学力レベルを優先する。この返事を聞いた勇一は上手くはぐらかした彼に対して、真顔で少しきつめのアドバイスをした。


「ランク下げんなよ?一度下げると歯止めが効かなくなるぞ」


「ああ、うん。気をつけるよ」


 そんな2人の真面目トークを聞いていた由香は、自分にまでこの話が飛び火しないようにと話題を巧妙にずらそうと画策する。

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