第80話 イベントはおあずけ その2

 こればっかりは感覚的なものだから、最終的には本人に感覚を掴んでもらうしかない。この難題に対して彼が腕を組んでウンウンとうなり始めた時、唐突に勇一があっけらかんと明るい声で返事を返す。


「出来るよ」


「ほえ?」


 その言葉にシュウトはマヌケな声を発してしまった。それもそうだろう、さっきまで知らないと言っていたのだから。鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしているシュウトを見て、勇一は参ったなと言う顔になって頭を掻きながら種明かしをする。


「いや、それをシンクロって言うのを知らなかっただけだよ。大体、偽装も出来るのに人格入れ替えが出来ない訳ないだろ?」


「そ、それもそっか」


「とは言ってもまだ数える程しか試した事はないけどな」


「エージェントになったんだから、これからは仕事の度に何度もシンクロするようになるさ」


 シンクロ問題があっさりと解決して、シュウトはほっと胸をなでおろした。シンクロさえ出来れば仕事に対してもう何も問題はないだろう。と、その時、まさに仕事関係の事で今度は勇一の方から質問が飛んできた。


「なぁ、異世界生物犯罪者てやっぱヤバイ感じ?」


「ピンきりだよ。ただ戦闘とかはもうユーイチに任せてあっから」


「俺がなんかしたっけ?」


 勇一とユーイチ。響きが同じな為にややこしい。とは言え、この会話の流れでの発言だから勇一がふざけているのは一目瞭然だ。ただ、この時のシュウトはその事に気付かず、バカ正直に勇一に対して手を大袈裟に動かしてジェスチャーしながら誤解を解こうとする。


「あ、違う番う!異世界生物の方の、クゼ・ユーイチだよ!」


「ややっこしいなあ」


 その慌てっぷりが面白くて勇一はわざとらしく笑った。釣られてシュウトも笑う。夕暮れ時の通学路で2人の笑い声はしばらく響いた。

 その後も他愛のないやり取りは続き、シュウトは勇一に仕事についての話とか、由香の扱い方についてもレクチャーをする。やがてお互いの家の分かれ道にさしかかり、2人はここでお別れとなった。


「じゃあ、俺、こっちだから」


「ああ、またな」


 勇一と別れ、しばらく歩いてシュウトは自宅に帰宅する。それから食事や勉強等のルーチンワークをこなす。夜も更け、お風呂も上がり、ベッドに横になったシュウトは、最後に寝る前の恒例行事になっているユーイチとの雑談タイムを始めた。


(勇一とは中々いい感じじゃないか)


「まぁねー」


 下校時のやり取りの様子を見てもシュウトと勇一は会話も弾んで仲は良さそうな雰囲気だ。

 けれど、最初に由香に彼を紹介した時にシュウトは勇一を"知り合い"と紹介していた。友達ではなく、知り合いだと。その部分がずっと気にかかっていたユーイチは、シュウトにそれとなく質問する。


(彼とはそんなに仲は良くなかったのか?)


「あんまり話した事はなかったよ。向こうは野球部で部活の取り巻きがいたしさ」


(今からはいいコンビになれるといいな)


 シュウトの言葉で知り合いと呼んでいた理由の分かったユーイチは、この先の未来に希望を託す。そのある種楽観的な意見に対して、当のシュウトはもう少し現実的な見方をしていた。


「それは……まぁ、なるようになるかな。今更敢えてベタベタとかは出来ないよ」


(それでいいだろう。今でも十分いい感じだからな)


 その後も雑談は続き、まぶたが限界まで重くなったところでシュウトは眠りについた。その夜は悪夢とかを見る事もなく、朝までずっと安眠出来たのだった。


 次の日の放課後、日課のように図書室に現れたシュウトは、先にきていた勇一の姿を見て軽くショックを受ける。


「あれっ?本とか読むんだ?」


「いや、ここ図書館だぜ?」


 そう、彼は読書をしながら他のメンバーを待っていたのだ。その読書姿が珍しかったシュウトは、隣の席に座りながら思わず言葉を漏らす。


「お前に読書の趣味があるとか知らなかった」


「俺、こう見えて読書家よ?」


 彼の言葉に勇一は少し得意気に返事を返した。図書室で本を読むのは当たり前の行為ではあるものの、今までのシュウト達はここに集まるようになって一度もまともに本を読んだ事はない。新聞を開くか、依頼の資料を開くかのどちらかだ。

 それもあって、本を開く勇一の姿がシュウトにはとてもまぶしく見えていた。


 彼が感心していると、そこに遅れて由香も現れる。そうしてすぐに勇一の本に気付き、少し無理な体勢をとりながらその本の表紙を覗き込んだ。


「あー、本読んで……ラノベだ」


 読んでいる本の正体をあっさりと知られてしまった勇一は、焦りながら言い訳をする。


「と、図書室で本読んでるんだからいいだろ」


「家から持ってきたの?」


「そうだべ」


 何と、彼はラノベを家から持ってきて暇潰しに読んでいたらしい。勇一に小説を読む趣味があると発覚して、由香の目がキラキラと輝き始める。


「じゃあさ、今度私の書いた小説も読んでよ!」


「えー?イラストのない小説はちょっと……」


 彼女の申し出にあからさまに嫌な顔をした勇一を見て、シュウトは素朴な疑問を口にする。


「お前イラスト目当てなのか?」


「バッカお前、ラノベの半分はイラストで出来てるんだぞ」


「ダメだよ、陣内君ラノベも読まないから」


 ラノベどころか普通の小説も読まないシュウトは、それを知っている由香に身も蓋もないツッコミを受ける。何も言い返せなくて少し不機嫌になった彼を見た勇一は、同好の士を増やそうと自分の趣味を軽く勧める。


「なんだよ、ラノベ面白いぞ、今度持ってきてやろうか?」


「そんなに一杯持ってんのか?」


「月に1冊か2冊買うくらいだけどな」


 その購買ペースを聞いても全く基準が分からないシュウトは、思わず自分の感覚のままにボソリとつぶやいた。


「それって結構多くない?」


 この言葉に切れるように反応したのは話しかけた側の勇一ではなく、テーブルの向かい側に座っていた由香だった。


「何言ってるの!全然だよ!陣内くんは月に何冊のラノベが新刊で出てると思ってんの?」


「え?知らない……10冊くらい……とか?」


 何だか触れてはいけない部分に触れてしまったとシュウトが恐る恐る適当な数字を挙げる。そのあまりにも素人っぽい無知な回答に彼女はにやりと笑みを浮かべ、現在のラノベ出版事情を両手をそれっぽく動かしながら多少オーバーなリアクションで口にする。


「大体100冊くらい出てるのよ!毎月!」


「え……何それ……ちょっと出過ぎ……」


 毎月のラノベの新刊発行数を聞いたシュウトは軽く引いた。ラノベが愛読書の勇一は、この話にうんうんとうなずく。


「だろ?だから悩むんだよね」


「まさか勇一とラノベ談義に花が咲くとは思わなかった」


「ずーっと図書室に入り浸ってきたけど、今が一番本の話題で喋ってるかも」


「で、その本は家からの持ち込みと」

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