イベントはおあずけ

第79話 イベントはおあずけ その1

 勇一が仲間となって数日後の放課後、図書室では由香とその日の図書委員がカウンターを挟んで話をしている。身長は165cmくらいで黒髪ロングのストレート、体型はあまり主張をしないスタイルで、おまけにお約束の黒ブチメガネ。そんな見た目からザ・図書委員って感じの彼女は由香と知り合いらしく、かなりフランクに話しかけていた。


「ねぇ、いつまであいつらと絡んでるの?」


「は?雨乃に関係ある?」


「あるって!最近全然執筆してこないじゃない。それで文芸部員って言える?」


 彼女の名前は雨乃と言うらしい。会話からして、彼女も由香と同じ文芸委員のようだ。どうやら雨乃は由香が文芸部の仕事を放り出している事に不満を覚えているらしい。最初は反抗していた由香も図星を突かれ、返答に困窮してしまう。


「うぐ……」


「で、何やってんの?言えないような事?」


「関係ないでしょ!ほっといてよ」


 雨乃に図書室での行動を問い詰められ、うまく誤魔化す言葉の思いつかなかった由香は逆ギレする。そうして彼女は不満を抱いた気持ちのまま、シュウト達のいる死角のテーブルに向かって歩いていった。


「ほっとけないんだけどなぁ……私は友達だと思ってんだよ」


 由香の後ろ姿を見つめながら、雨乃は独り言をつぶやくのだった。


 死角のテーブルにはシュウトと、この間仲間になったばかりの勇一が並んで座っている。シュウトは図書室に置いてある新聞を読んでいて、勇一もまた同じ紙面を眺めていた。そんな2人の向かい側に座った由香は何か閃いたのかぽんと手を叩いて提案する。


「そうだ、折角仲間が3人になったんだしさ」


「また始まった」


「何?」


 この話の始まり方からすぐに話の流れを察したシュウトは呆れ、初めてその話を聞いた勇一は要領を得ずにキョトンとしていた。シュウトは、ぽかんとしている勇一に親切心で由香が今から言い出そうとしている話の説明をする。


「専門の集まる場所が欲しいんだってさ」


「何それ?部活化したいって事?」


「そそそそ」


 シュウトの話から大体の事情を察した勇一の言葉に由香が合いの手を入れた。勇一は頬杖をついて彼女の顔を見ながら疑問を口にする。


「そう言うの、手続きとかどうすんの?」


「そこら辺も合わせてさ、相談しようって言ってんの」


 この言葉から見て、言い出しっぺの由香はやはり具体的な事はまだ何も決めていないようだ。彼女の話を聞いた勇一は、表情ひとつ変えずに客観的事実をつぶやいた。


「でも3人じゃやっぱ少ないよ」


 やっぱりここでもネックになるのはその人数だ。新しい部活を立ち上げるのはそれなりの人数が必要。この学校でもその条件は変わらない。人数の話になったところで由香はその問題点を解消すべく、改めて勇一に尋ねる。


「ランランの脱走者でこっちに来てるのってもういないの?」


「え、知らないけど」


 彼女はもっとランランのメンバーを集めて仲間にしてそれで人数問題を解決させようとしているらしい。由香の質問に勇一も返答に困っていた。彼も仲間を探していて、先日やっとシュウト達と出会ったって言う経緯がある。そんな彼が他のランランメンバーの消息を知るはずがなかった。

 由香のその無茶ぶりに呆れ果てたシュウトがここでツッコミを入れる。


「そもそも学校内にまだ仲間がいるかもって考える方がおかしいよ」


「そっかなぁ……」


 彼の当然のツッコミも由香にはあまり効果がなかったようだ。その返事から状況をしっかり理解していないと感じたシュウトはこの点について補足説明をする。


「大体、この間懸命に探しても見つからなかったじゃん」


「でもそれは勇一君みたいに偽装しているかも知れない訳じゃん」


「名前呼び!」


 自分は名字で呼ばれているのに、勇一にはいきなり名前呼びだったので、ついそこにシュウトは反応してしまう。その言い方がツボに入ったのか、由香はニンマリと笑うとシュウトの顔を覗き込んだ。


「あれ?呼んで欲しい?」


「いや、別に」


「遠慮しなくてもいいのにぃ~」


 そんなイチャイチャをジト目で傍観しながら、勇一は2人に仕事についての質問する。


「そうだ、仕事の依頼っていつ来るんだ?」


「それがさあ、事件が発覚してからだから特に決まってないんだよ」


 彼の質問は隣りに座っていたシュウトが答える。この事実を知った勇一は不満そうな表情になった。


「何だよそれ。予定立てられないじゃん」


「そこなんだよねぇ」


 その不満の声に今度は向かい側に座っている由香が反応する。依頼を受けていない間はいつ来るか分からないその依頼をただ待つだけだと言うこの事実を理解した彼は、そう言う場合での図書室での過ごし方について確認する。


「じゃあ取り敢えず、それまではここでだべっていていいんじゃん?」


「ここ、図書室だからな」


「分かってる、喧しくはしない。でも別に寝ていてもいいんだろ?」


「ま、ここは死角だしな」


 滅多に利用者の訪れない図書室は静かにしていれば基本何をしてもいい雰囲気があった。勇一の言葉にシュウトが相槌を打つように返事を返していく。

 この2人の会話を黙って聞いていた由香はハッと何かに気付いたように突然語し出した。


「ああそっか。依頼が来るまでは暇なんだから、別にその暇な時まで緊張してる事もなかったんだ」


「近藤さん、いつ緊張してたっけ?」


「そこ、余計な事言わない」


 由香の言葉にシュウトは即ツッコミを入れる。その後も仕事の話や全く関係ない話をしながら時間は刻々と過ぎていき、やがて下校時間がやってきた。

 特に何の収穫もないまま、3人は帰り支度をして学校を後にする。赤く染まった空を見上げながら、シュウトと勇一は一緒に下校していた。


「依頼、結局来なかったな」


「そう言う日がほとんどだよ。週に1回話があればいい方」


「ふーん」


 依頼が来る頻度を改めて確認して勇一は気のない返事を返す。そこから会話は途切れ、少しの間無言で歩いていたものの、ふと疑問を思い浮かべたシュウトが勇一に質問する。


「そういや勇一ってシンクロ出来るんだっけ?」


「シンクロ?水泳の?」


「違うって。やっぱ分からないか」


「何だよ、教えてくれよ」


 異世界生物とうまく適応出来ているからてっきりシンクロもバッチリ習得済みかと思ったら、どうやら勇一はシンクロの事を知らないらしい。これが出来ないと今後の仕事も話にならないので、シュウトは取り敢えずシンクロの説明から始めた。


「シンクロってのはつまり、異世界生物と人格を交換する事だよ」


「ああ、入れ替わってるゥー?ってヤツか」


「それが出来ないと戦えないぞ」


 どうやらシンクロの意味は分かってもらえたようだ。さて、問題はここからだ。シュウトはどうやったらシンクロの方法を説明出来るか頭を悩ませる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る