第81話 イベントはおあずけ その3

 今まで図書室は集まる場所としてでしか利用していなかったので、全く本を話題に会話した事はなかった。それが今日に限ってずっと本の事を話題に盛り上がっている。それが何だかおかしくて3人は何となくお互いに笑い合った。


 ひとしきり笑ったところで、その愉快な雰囲気に釣られたのかカウンターにいたはずの図書委員が3人の前に現れた。今までどれだけ騒いでもカウンターから注意をするだけで、死角であるこの席の近くまでやってくる事なんてなかったのに。

 図書委員の雨乃は興味津々そうな顔をしながら話しかけてきた。


「ねぇ、あなた達。面白そうな話をしてるじゃない」


「雨乃?何勝手に話に混じってきてんの?」


 突然話に割り込まれた由香は眉をひそめ、不機嫌そうな表情になる。雨乃はそんな彼女の追求を右から左に流しながらこの3人に向けてある提案を持ちかけた。


「みんな読書好きならさ、今度読書会があるんだけど参加しない?」


「話聞いてないし」


 無視された由香はより不機嫌になる。話を聞いた勇一は自分の読書の趣味を主張した。


「読書会って言っても俺、ラノベしか読まないよ?」


「いいのよ、好きな本を読めばいいの。持ち込み可だから」


 雨乃はニッコリと笑って勇一の主張を受け入れる。特に読書の習慣のないシュウトは、この突然の申し入れになんて答えていいのか返答に苦慮していた。


「まさか俺も参加?」


「是非是非!」


 押しの強い雨乃の言葉の圧にシュウトは困惑する。仲間の困る姿を見て、更に由香の怒りのボルテージは高まっていった。


「ちょっと雨乃!」


「まぁいいじゃんか。参加しようよ」


 ここで騒ぎを起こしては図書室の出入り禁止にまで発展するかも知れないと、シュウトはすぐに彼女の説得工作に走る。彼の突然の参加表明を耳にした由香は当然のように逆ギレした。


「は?何言ってんの?」


「ここはほら、仲良くなるのが一番じゃん?図書室使わせてもらってんだからさ」


「ううーん……」


 彼の話を聞いた由香は一旦考え込んだ。確かにあんまり険悪な感じになると、ここに集まり辛くなるかも知れない。そこで彼女が見渡すと勇一はこの話にまんざらでもない顔をしている。好きな本が読めるなら拒否する理由もないだろう。読書習慣のないシュウトも何故だか参加するつもりのようだ。

 多数決をとってもここは参加する流れにならざるを得ない。そう言う状況が分かり、仕方がないと由香は大きなため息をひとつ吐き出した。


「はぁ……そうね。一理あるかも」


「じゃあみんな参加ね!後でまた連絡するから」


 この3人の様子を目にして了解を取り付けたと判断した雨乃は、ルンルン気分でまた図書室の定位置であるカウンターに軽い足取りで戻っていった。


「いいの?みんな」


「俺は別に」


 由香の質問に勇一はラノベのページをめくりながら答える。シュウトはシュウトで彼らしい理由を口にした。


「ここで変に怪しまれても面倒だろ?」


「あぁ……そう言う事か。まぁ今は暇だし、いっか」


 こうして何となく成り行きで雨乃の誘いに乗り、いつか開かれる読書会に3人で参加する事となった。


 この読書会、実際には何をどうする催しなのかこの時点では誰ひとり詳しい事は知らなかった。読書好きの生徒が集まってみんなで好きな本を読む集まり、程度の認識でしかない。

 それでもこの3人の内の誰ひとりとして詳細情報を知ろうと具体的に動く人はいなかった。


 結局その日も依頼の連絡はなくて、また次の日の放課後も3人で集まってただただ暇を持て余していた。由香は図書室にあった本を適当に引っ張り出して読み始めるし、勇一はやっぱりラノベを読んでいるし、シュウトはシュウトで新聞を丹念に読み進めていた。

 集まって30分位したところで、また雨乃がニコニコした顔で3人の前までやって来る。


「それじゃあ読書会は来週だから。予定空けといてね」


「了解」


 雨乃の報告を由香が了承する。その様子を見ていた勇一がポツリと言葉を漏らした。


「あ、俺こう言う時のジンクス知ってる」


「俺も」


「それって……」


 男子2人組に意味深な言葉を投げかけられた由香はすぐにピンときて何かを言いかける。最後まで言い終わる前にシュウトのスマホが激しく振動した。


「あ、ジンクス通りだ」


 その電話の相手は、案の定、ちひろからだった。電話で軽く詳細を聞かされたシュウトは、その内容を聞き耳を立てていた2人に伝える。すぐに帰り支度を始めたシュウトと由香を前にして、勇一は何の行動も起こそうとはしなかった。


「え?行かない?」


「例の茶店には2人だけで行ってきてよ。俺は決まった話に従うからさ」


「ま、勇一がそう言うなら」


 どうやら彼は例の喫茶店へは行きたくないらしい。別に全員が同席する必要もないし、嫌がる相手を無理やり引っ張るのも違う気がした2人は彼の意を組んで、いつも通りに2人だけで喫茶店に向かった。

 喫茶店ではおなじみのやり取りの後に、ちひろから今回の依頼についての資料を渡される。


「じゃあ、これ、資料の通りだから。後はよろしくね」


「は、はい……」


 今回もまた特殊案件だった。どうやら異世界生物がまた現れて、今度は色んな人に次々に融合しつつ、かと言って特に悪さをするでもなく、何かを探すように各地を彷徨っているらしい。融合も1人1回限りで、事あるごとに宿主を変えているらしいとの事。何故その異世界生物がそう言う行動をしているのか、今のところ動機は全くの謎と書かれていた。

 2人が資料を吟味している間に質問は出ないと判断したちひろはそそくさと喫茶店を出ていく。ざっと依頼書を読んだ由香は隣りに座ったシュウトに声をかける。


「この依頼、どう思う?」


「どうって言われても……」


「また単独異世界生物案件だよ。ドルドルとかどうしてるんだろ?」


 彼女は最近までずっと相手にしてきた組織犯罪異世界生物が気にかかっているようだった。シュウトもその点については気がかりではあったものの、この質問に応えられる情報を持っている訳ではない。なので全て憶測で返事を返した。


「知らないよ。潜伏してとかしてんじゃないの?」


「あいつら、早く殲滅させたいよね」


「お、おう……」


 由香の口から出た殲滅と言う物騒ワードにシュウトはただただ言葉を濁す事しか出来なかった。


 家に帰ったシュウトは寝る前の自由時間、ベッドに寝転がって資料を読みながら心の中のユーイチに今回の依頼について話しかける。


「ねぇ、ユーイチ。資料を読んでどう思う?」


(異世界生物が宿主をどんどん変えながら彷徨っている……早く見つけないとだな)


 ユーイチもまたこの件について心配しているようだ。強引な融合は宿主にも負担をかけるけれど、頻繁にそれを繰り返すなら異世界生物側にも相当な負担がかかる。命を削りながら体から体へと移り変わるリスクの高いこの行為は、出来るだけ早くに止めないといけない。

 異世界生物側の視点から、彼はこの依頼にすごくやる気を見せていた。

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