第68話 当たり屋愚連団 その4
その頃、由香はひとりパトロールを続けていた。ファミレスで空腹を満たしたとは言え、退屈な作業は集中力を欠いてしまう。そもそも彼女はまだシュウトと同じレベルの融合体判別能力を持ち合わせてはいない。
一応普通の人と違う雰囲気を感じ取る事は出来るものの、その感覚はまだまだふわっとしたものでしかないのだ。なので心の中のユウキと話し合いながらそれっぽい人物を見つけ出そうとしていた。
「むー、見つからないな~。私とした事が何か間違えたかな……」
(由香!あそこ!)
ユウキの言葉に由香が目をやると、今まさに走る車に向かって身体を投げ出さんとしている人物の姿が目に飛び込んでくる。
「え、あれって!」
(シンクロして!)
「うん!」
実行しかけている以上、少しの猶予も許されないと由香はシンクロしてその体をユウキに預ける。入れ替わった彼女は今まさに行われようとしている卑劣な犯罪を止めようと自慢の能力をフルに発揮した。その結果がどうなったかと言うと――。
「で?ふっ飛ばしたと」
「ごめんなさい」
そう、ユウキの風の力によって身を投げ出したその人物を大空高く舞い上げたのだ。ただ、焦り過ぎていたのかその勢いは全くコントロールされておらず、どこか遥か遠くに吹き飛ばしてしまっていた。この結果にシンクロを解いた由香が昼食を食べ終えて駆けつけたシュウトに謝罪する。
「ふっ飛ばしたのは近藤さんのせいじゃないんだから謝らないでよ」
「でも、止められなかった……」
「俺だってユーイチが何かやらかしても止められないからいいよ」
ユウキの暴走をコントロール出来なかった事を悔いていると知った彼は慰めるように彼女に声をかけた。
「ユーイチさんも暴走したりするの?」
由香は不安そうな顔を上げてシュウトの顔をじっと見つめる。この状況に彼は顔を真っ赤に染めた。
「えっと……まぁ、たまに……」
「そっか。有難う」
彼女はそう言って笑う。シュウトもつられて苦笑いを浮かべる。容疑者が空の彼方に飛んでいったので、今回のパトロールはここで終了となる。ただ、まだ時間が早いと言う事でお互いに時間を潰してから帰宅する事に。
その帰り道でシュウトがひとり歩いていると、ほとぼりが冷めた頃にユーイチが話しかけて来た。
(で?私がいつ暴走を?)
「ごめん、今はそう言う事にしておいて」
(まぁ、この場合は仕方がないな……)
こうして由香の精神的な安定の為についた小さな嘘は、シュウトとユーイチの胸の内に収まったのだった。
「あれから当たり屋騒ぎはなくなったのよ!今回もお手柄ね!」
数日後、呼び出しのメールを受けて喫茶店で待っていると、ちひろが今回の件について2人を激励する。
「でもそれって俺達が何とか出来たって実感はあんまり……」
「いいのいいの、結果が全てよ。あなた達の行動は常に把握してるから」
「そうなんですね」
しれっと行動を監視している事を話した彼女の言葉をシュウトは当たり前のように自然に受け入れる。自分の発した言葉の意味を後で自覚したちひろは、2人を前に素直に謝罪する。
「あ……っ。ごめんなさい。さっきの事は……」
「いいんです、俺達も把握してますから」
「そうなの?」
2人に監視が付いている事を彼らがすでに把握済みだと知って、ちひろは目を丸くする。実際、この件は気付かれないようにと上から言われていたようだ。
本来口が滑った事は失態なのだけれど、それに意味がないのなら今回彼女のミスは不問に付されるだろう。驚いているひちろの顔を目にして、説明の必要性を感じたシュウトは言葉を続ける。
「この間、監視をしている当人と少しだけ話をしましたから」
「ごめんね。信用してない訳じゃないんだけど」
「いいんです。俺達も割り切ってますから」
と、ここまで2人が話していたところで、由香が目を輝かながら身を乗り出して話に割って入って来た。
「ちひろさんは風ちゃんの事について詳しく知ってますか?」
「ごめん、私の一存じゃ話せないんだ」
「そうですか……。じゃあもしお許しが出たら教えて下さいね」
「うん、その時はね!」
こうして事後報告も終わり、ちひろはまた颯爽と喫茶店を出ていった。それからコーヒを飲み終えた2人も帰路につく。2人で並んで帰っていると、心のもやもやがすっかり晴れた由香が歩きながら目一杯の背伸びをする。
「よーし、次こそはヘマしないぞー!」
「そうだね、しっかり見張ってないと」
「あ、それ私を信用してないって事?」
シュウトの突っ込みが気に障ったのか由香の表情が一気に曇った。慌てた彼はすぐに言い訳をする。
「いや、近藤さんは信用してるよ?」
「ユウキを信用してないって事は体を任せている私を信用していないと言う事と同義なの!」
この言葉になるほどと納得したシュウトはすぐに彼女に謝った。
「そ、それは悪かったよ」
「なーんてね。気にしないで。きっと次からはうまくいくから」
謝るその態度を見て気が晴れたのか由香はクルッと表情を変え、ニコッと笑いかける。この豹変に彼はちょっと戸惑った。
「そ、そう?」
「うん、そんな気がするんだ。勘だけどねっ!」
こうしてドルドル団の当たり屋の件は終了となった。今後、食い扶持を奪われた奴らからの反撃があるかも知れない。それならそうと返り討ちにしてやると、夕暮れに染まる街を見ながらシュウトは思いを新たにするのだった。
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