転売屋はオタクの怒りを買う
第69話 転売屋はオタクの怒りを買う その1
ある日の昼休み、珍しく先に図書室に来ていた由香が新聞を広げて記事を読みながら何やら唸っていた。
「うーん……」
その様子を見て気になったシュウトは隣りに座って新聞を覗き込み、彼女に声をかける。
「何か悩むような記事があった?」
「いや、異世界生物絡みの事件なんだけどね」
由香の言葉はどこか歯切れが悪い。心配になった彼は紙面を舐めるように眺め、該当しそうな記事を探す。
「何か気になる事件?」
「それが全然分からなくなってきてる」
この彼女の言葉にシュウトは少し落胆する。分かり易い該当記事が見られなくなったと言うのは喜ばしい事なんじゃないか。きっと異世界生物絡みの事件は確実に減ってきていて、それが今の結果になっているんだろう。そう感じた彼は少し自慢げに口を開く。
「俺達の功績かな?」
「いや、きっと手口が巧妙になってきてるんだよ。ますます素人じゃ判別出来なくなってきてるんだと思う」
「なんだ、そんな事か」
「は?」
このシュウトの反応にあからさまに由香は機嫌が悪くなる。彼はそんな彼女の表情の変化にも気付かずにそう感じた理由を口にする。
「だって仕事の依頼はちひろさんが手配してくれるんだから、俺達はそれをこなしていけばいいだろ?いくら巧妙に偽装したってその犯罪を暴くのは俺達の仕事じゃないし」
「それはそうなんだけど、そうなんだけど違うでしょ!」
「そう?」
イライラする由香と問題意識を感じていないシュウト。2人はいまいち話が噛み合っていない。その理解の溝を埋めようと、彼女は机をバンと叩いてここぞとばかりにこの傾向についての問題点を力説する。
「普通の事件に巻き込まれたと思ったらそれが異世界生物絡みだった、なんて事がこれから出てくるかもだよ!」
「ああ、そう言う事はあるかもなぁ」
「やっぱこれって近い内に政府も公表するんじゃないかな?私はそう思うよ。だっていつまでもは隠し通せないでしょ」
「まぁ、確かに」
この訴えを聞いてシュウトはやっと由香の抱く危惧を理解する。
しかし彼女が考えていたのはその先の話だった。由香の想像する政府が異世界生物の存在を公表した先にある未来の景色とは――。
「で、その内疑念に駆られた民衆の異世界生物融合者刈りがあちこちで始まっちゃうんだよ!どうしよう私達!」
「ひ、飛躍し過ぎじゃね?」
「何言ってるの!人間ってのは異端を排除する生き物なんだよ!現にそう言うテーマを取り扱った物語が幾つも……」
どうやら彼女は妄想を働かせ過ぎて最悪の想定に行き着いてしまったようだ。ここら辺の妄想の暴走っぷりがいかにも文芸少女らしい。自分に酔ってヒートアップする由香を落ち着かせようと、シュウトは彼女の両肩に手を乗せる。
「分かった分かった!図書室は静かに、な」
「陣内君は事の重大さを分かってないんだよ」
「かも知れないけど……何も異世界生物融合者が全て悪だなんて」
「今のところ悪人しか目立ってないじゃない。悪人じゃない融合者ってどれだけいる?公表されてる?」
彼女が暴走した理由、それは異世界生物融合者が悪者認定され、世間の非難が集中すると言う事を心配しての事のようだった。確かにそう言う事例ばかりが報道されれば、最悪そんな未来もあり得るのかも知れない。
では、そうならないようにするにはどうしたらいいか、彼は腕を組んでしばらく考え、それからひとつの答えを導き出す。
「じゃあ俺達が表に出るしかないな!悪人じゃない融合者もいるぞって証明するんだ」
「それは嫌」
自分のアイディアにそれなりの自信があったシュウトは、由香に自説を即否定されて少し落胆する。
「じゃあ、俺だけでも」
「止めてよ、どう言う反応が返ってくるか分かったものじゃない。古来から日本のヒーローは正体を隠すものでしょ」
「俺達、ヒーロー?」
彼女の口から出た意外な言葉にシュウトは固まる。何故なら今までそう言う意識で悪の融合者を退治してきた訳ではなかったからだ。
色々あって成り行きで今の状態になった、それが彼の認識だ。戸惑っているシュウトを由香は不思議そうな顔でじっと見つめる。
「少なくともヒーロー的な事はしていると思うよ、私達」
「そっか、うーん」
彼女に改めて自分達の行動の印象を告げられて、彼は思わず腕を組んで考え込む。どうにも自分がヒーローと言うのは似合わない気がしているのか、イマイチその話を受け入れられないようだ。
言いたい事を全て吐き出せた由香は挑戦的な笑みを浮かべ、握り拳を作って今後の目標を口にする。
「融合者イコール悪の図式が確定する前に、少しでも悪党を退治していかないとね!」
「結局そこに戻ると」
結局やるべき事は今までと変わらない。色々話していく内に話が振り出しに戻った事にシュウトは苦笑いをする。今後どう言う事態になったとしても、自分達にはそれしか出来ない。そう自覚した昼休みとなった。
その日は依頼の連絡はなく、催促してもいい返事は返らずと言う事で、2人は何か物足りない気持ちを抱きながら下校する。
次の日、今度は逆に後から生気の抜けた顔で図書室にやって来た彼女は、椅子に座ると同時に机に突っ伏した。
「……依頼がないと不安になってくる」
「平和だからいいじゃないか」
「違うよ、敵が賢くなってきてるだけだよ」
「どうして悪の融合生物が増えてるって事ばかり考えるかなあ……」
何を話してもまた昨日のように話が噛み合わなくてシュウトは困惑する。思った返答が返ってこなかった事に気を悪くした由香は、突然ガバッと顔を上げると怒涛のマシンガントークを炸裂させた。
「じゃあ聞くけど、今まで追ってる悪の組織、どれかひとつでも壊滅させた?みんな健在じゃない。奴ら、きっと今も変わらず悪事を続けてるよ!」
「でも俺達に出来る事とか、たかが知れてるし……」
「もっとヒーローとしての自覚を持ってよ!融合者には私達しか対抗出来ないんだよ!」
彼女は話の勢いついでにかなりの無茶を彼に要求する。この無茶振りに焦ったシュウトはしどろもどろになりながら両手を広げて弁明する。
「や、知らないだけで俺達みたいな正義の融合者は一杯るから。ちひろさんとかそう言ってたから」
「数の話をしてるんじゃないの!私達もその一員だって話をしてるの!」
その返事を聞いて今は何を言っても無駄だと感じた彼は一旦落ち着く為にため息を吐き出して、それから改めて彼女に質問する。
「今日もやたら熱いね……どうしたの?」
「今月欲しい物があるのに軍資金が足りないのよっ!どうしてこんな時に限って仕事が途切れるかなあ!」
「あー……」
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