第66話 当たり屋愚連団 その2

 いつもながら多忙を極めていそうだ。彼女がいなくなってシュウトは資料をテーブルに置きながら大きなため息をつく。


「はぁ~」


「どしたの?」


「当たり屋って車の前に勝手に飛び出してくるんだよ。融合体の元の人間の事を何も考えてない。このアイディアを吹き込んだ相手が許せないよ」


「おお、いつにもなく正義感がスパークしてる」


 彼の燃える正義感を感じ、由香は感心する。


「俺、トラック攻撃受けたからね、受けたのはユーイチだけど」


「ああ、あったあった」


「絶対捕まえよう。こんな事させちゃいけない」


 シュウトは拳を握りしめて宣言する。それから2人はコーヒーを飲み干して喫茶店を後にした。今回は狙われているのが店舗とか家とかの固定してあるものではなく、道路を走る車と言う流動的なものだったので、由香の推理も難しいらしく、帰宅途中もずっと彼女は黙ったまま。

 その真剣さを感じとったシュウトは邪魔しちゃいけないと思い、一度も話しかけずに帰ったのだった。


 帰宅後、彼は自分の部屋に戻ると早速心の中のユーイチと話をする。会話のテーマは勿論トラックと対峙した時のその心境等についてだ。


「あの時はどんな感じだった?」


(正直、流石にあの質量が猛スピードで接近して来た時は焦ったけど、受けきる自信はあったな)


「実際、受けきったしね」


(ああ、無傷とは行かなかったけどな)


 ユーイチの話を聞きながら、シュウトは今回の事件の事を頭の中に思い浮かべていた。もし相手がユーイチレベルの実力の持ち主だったとしたら――。


「て事は、当たり屋をやってるドルドル団もダメージはあんまりない?」


(それは分からない。鍛え方にもよるし……)


「やっぱりすぐに止めさせた方がいいよね!」


(当然だ!)


 2人は同じ結論に達し、この事件の解決に改めて力を入れる事を決意する。それからは当たり屋を発見した時にどう動くかのシミュレーションを、何度もユーイチと検討しながら詰めていった。大体のパターンを模索出来た頃にはもうすっかり寝る時間となっており、その日は大人しくそこで就寝する。


 次の日、先に登校して教室に現れる由香を待っていたところ、目の下に隈を作った彼女が遅刻2分前にヨロヨロと教室に入って来た。見るからにかなりお疲れの様子だ。具体的に話すのはまた昼休みと言う事にして、シュウトはそれから普通に授業を受ける。

 授業中、彼がちらっと由香の席を見ると、彼女は机に突っ伏して微動だにしていなかった。


 昼休みに入って、シュウトは復活した彼女と並んで図書室に入る。いつもの席に座ると早速彼は切り出した。


「で、行けそう?」


「資料に書かれていた今までの出現データから想定して、次にあいつらが出没するエリアはだいたい絞リ込めたよ」


「流石だね」


 相変わらずの由香の仕事の速さにシュウトは感心する。尊敬の眼差しを一身に受けながら彼女は話を続ける。


「今までの流れから見て、次起こる時も同じパターンを使うと思う」


「つまり、組織の全員で犯行を起こすんじゃなくて、その中の誰かが単独で行動を起こすと?」


「そう。これ、ドルドル団の特徴なんだよね。もしかしたら全員バラバラで行動する組織なのかも」


「こっちとしてはやりやすくていいね」


 コンビニ強盗、牛丼屋強盗、今までのパターンを考えてもドルドル団が組織全員で同じ犯行をするとはシュウトも思えなかった。複数で当たり屋をやられたら、きっと注意力が散漫になってその中のひとりを捉えるのも難しくなるだろう。今回はその心配もなさそうだったので、彼も軽く胸をなでおろす。

 ま、由香のその想定が当たっていればの話ではあるんだけど。


「後は犯行が行われる日時、か」


「そこはまだ絞りきれてないの。もうちょっと待ってて」


 いつも完璧に推理をこなす彼女が今回はその結果を絞り込めずにいた。やはりいつもとパターンが違う故に、不確定要素が多過ぎるのがネックになっているのだろう。困り顔の由香を見たシュウトは自分に出来る事を訴える。


「じゃあ、しばらく俺があの辺りをパトロールしてみるよ。もしかしたら偶然居合わすかも知れないし」


「うん、そうしてみて」


 放課後、彼女が見つけ出した次の当たり屋被害が発生しそうな場所にシュウトは赴いた。そこは人通りの少ないまさに裏道と言った場所で、土地勘のない彼はいささか戸惑っていた。


 彼が現場についた時は時間帯のせいか静かなもので、車も滅多に走っていなかった。ただ、この通りは大通りからのショートカットにも使えそうな道でもあり、時間帯によってはかなり交通量が増しそうにも感じられた。


「ここかぁ……」


(普段は殆ど人の気配もないんだな)


「きっとそう言う場所を狙ってるんだと思うよ……こう言う事に詳しいバックの存在が気になるね」


 該当エリアを丹念になぞるように歩きながらシュウトはユーイチと話をする。話はやはり今回の事件に関するもので、道を歩く人を横目に観察しながら、今回の首謀組織のドルドル団について討論は盛り上がっていた。


(それは普通にこちらの非合法組織ではないのか?)


「そうかも知れない。だとしたらそう言う組織とドルドル団がどうやって知り合ったのか……」


(そこら辺の背後関係は別の政府組織が探ってるんだろう?私達が気にする必要はない)


「だよね、うん……」


 彼が自分に任された仕事以上の事に首を突っ込もうとしている事を察して、ユーイチはやんわりと釘を刺す。


(余計な事を考えていると集中力を欠くぞ。融合体を見分けるのは集中力が物を言う)


「うん、分かってる」


 同じエリアを何度も何度もパトロールするように巡回するものの、今回は残念ながら融合者を発見する事が出来なかった。そうこうしている内に西の空が紅く染まり始め、シュウトは思いっきり背伸びをする。


「今日はもう帰るか……」


 家に帰った彼はもう一度今回の事件に資料に目を通す。それは今までの当たり屋が発生した時間を確認する為だった。


「え~と、午後3時、午後10時、午前11時、午後2時、午後7時……時間は全部バラバラだけど……」


(今日私達がパトロールした時間帯は入ってないな)


「やっぱりそう思う?」


 そう、当たり屋は特定の時間ではなく、結構自由に発生していた。乱暴な事を言えば適当とも言える。ここに法則性はあるのか、単なる気まぐれなのか、シュウトの頭の中ではその結論は導き出せない。

 ずっと犯行時刻の時間帯の数字を眺め続け、頭の中でそれぞれの数字が喧嘩を始めた頃、ユーイチが彼を労らった。


(だが、今日のパトロールは無駄ではなかったぞ。事前に周囲の情報を知る事は重要だ)


「だね。近藤さんの分析結果を聞くのが楽しみだよ」


 次の日の昼休み、シュウトが何か喋ろうと口を開きかけると、由香が両手を合わせて頭を下げた。


「ごめん、まだ絞りきれない」


「いや、焦らなくていいよ」


「多分だけど日付までは推測出来てるんだ。ただその発生時間帯となるとね……」


 彼女が言い訳のように現在の進捗情報を伝えると、取り合えず分かっている事だけでも知りたい彼は答えを急かす。

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