当たり屋愚連団

第65話 当たり屋愚連団 その1

 いつもの図書室での他愛のない雑談。最近は仕事依頼のメールも来なくて、表面上は平和そのものだった。だから交わす会話も世間話ばかり。学校の話題やクラス内の流行、昨日見たテレビやら最近気になっている事とか――つまりは健全な日々を送っていた。

 そんな会話をキャッチボールしていると、由香から突然返事に困るような暴投気味の言葉が飛んで来た。


「エスカレートしてるよね」


「え?」


 急にその言葉が飛んで来たものだから、シュウトは受け止めきれずに思わず聞き返す。その反応を見た彼女はため息をひとつ吐き出した。


「あいつらの犯罪だよ」


 話がいつの間にか異世界生物絡みの話題に切り替わっていた事にやっと気付いた彼は、とりあえず話を合わせる。


「あ、そうだね」


「ヤバくない?」


「ヤバイね」


 確かに由香の言う事は最もで、異世界生物の起こす事件は段々と大掛かりなものに変わっていっていた。彼女はそれに危機感を持っている。それに対してシュウトはと言うと、自分達が対処出来る問題だけ依頼すると言う政府担当ちひろの言葉を信じ、結構安穏に構えていた。


「やっぱ思うんだけど、こっちも対抗策を考えるべきだよ」


「例えば?」


 由香は何かアイディアがあるらしく、変に鼻息が荒かった。彼の追求にも自信満々で、人差し指を上げながら宣言する。


「風を仲間に入れる!」


「まだ言ってる……」


「だって……」


 彼女は風の存在を知ってから、ずっと仲間に引き入れようと画策している。逆にシュウトは風の性格を知って、その考えはすっかりなくしていた。2人の考えが違うので、この話になるといつも話は平行線に終わる。


 シュウトは結論の出ない話を延々と続けるのが苦手なので、どうにかこの話を長引かせないようにしようと策を練った。それからしばらく頭を働かせ、ある結論に達する。


「……でも、今更仲間に引き入れようって考えなくてもいいんじゃないかな?」


「どゆ事?」


 やはり、理由を口にしないと彼女は納得出来ないようだった。そこで、今度は彼の方が人差し指を立てて説明する。


「俺達を監視しているなら逆にさ、ピンチになっても見ているって事じゃん」


「ふむふむ」


「なら俺達がやられそうになったら助けてくれるでしょ、流石に」


 このシュウトの立てた仮説を由香は一応ふんふんと文句を言わずに最後まで聞いてくれたものの、最後まで聞き終わると首を傾げる。


「でも今まで助けてくれた事があったっけ?」


「い、今までは何とかなってたからだよ」


「それは、結果的にはそうだけど……」


 どうやら、由香は彼の苦し紛れの言い訳に納得が出来ないらしい。このままでは言い負かされると焦ったシュウトは、身振り手振りを加えて言葉を続ける。


「だからさ、もし本当に2人共ピンチになったら、その時はきっと……」


「あんまり私をあてにしないで欲しいのですが」


 彼が持論を語っている最中、何の前触れもなく突然話題の主の風が現れた。この予想外の展開に2人は驚く。特にシュウトは自分が話していた流れもあって、そのまま大声を出して勢い良く椅子から転げ落ちていた。


「うわああああっ!」


「驚き過ぎ」


 大袈裟なリアクションを起こしたシュウトを見た風はクールな反応をする。そんな彼女を目にした由香は、目を白黒させながら彼女の方に顔を向ける。


「やっぱり近くにいたんだ」


「能力があるので近くにいる必要もないんですが、話の流れがおかしくなっていたので訂正しておこうかと」


 どうやら、彼女は自分の間違った情報が流れるのが許せない質のようだ。目の前に交渉相手がいる事に気付いた由香は、ここでいきなり勝負に出る。


「ねえ風、仲間になってよ!」


「お断りします。役割が違いますので。では」


 言いたい事を言い切った彼女は、由香の言葉を無視して図書室を去ろうとする。その後姿を見ながら、復活したシュウトが声をかけた。


「じゃあ最後に!俺達を監視しているって事は……」


 この言葉も無視して、風は2人の前からすーっと姿を消した。それはまるで霧の中に自然に紛れるように。この相変わらずの神出鬼没ぶりに、しばらく2人は何も言葉が出なかった。

 ようやく落ち着いたのは彼女が消えて10分程経った後。無視されたのが相当気に障ったのか、由香が感情を露わにする。


「話を最後まで聞かないなんて失礼だよね」


「仕方ないよ。彼女なりの事情があるんだろうし」


 怒る彼女に対して、シュウトはどこか風に同情的だった。ちっとも話を聞いてくれない以上、怒っても仕方がないと感じていたのだ。ひとしきり心に溜まったものを吐き出し尽くした由香は、スッキリした顔になって困り顔の彼の方に顔を向ける。


「でもこれで分かったよ。私も陣内君の考え方に賛成」


「え?」


 突然考え方と言われても、それがどの考え方かピンと来なかったシュウトの目は点になる。由香は察しの悪い彼に頬を膨らませた。


「風は仲間に誘わなくてももう仲間だって考え方だよ!」


「うん。そう考えると心強いよね」


 自分の考えに同意してくれたと分かって、シュウトはやっとにっこり笑顔になった。こうして場が落ち着いた頃、突然彼のスマホが振動する。


「お、メールだ」


「何てタイミングの良さ」


 久しぶりに仕事の依頼が来て、2人は放課後早速いつもの喫茶店に直行する。彼らがコーヒーを注文して約3分後、目の下の隈も見慣れたちひろがいつものように資料を持ってやってくる。

 彼女は開いている席に座ると早速その作りたての資料を2人に手渡した。


「と、言う訳で依頼は資料の通りよん」


「今度はドルドルですか」


 資料に目を通しながらシュウトはつぶやく。ドルドル団と言えば、今までにコンビニ強盗やら牛丼屋強盗をやらかした荒くれ者の組織だ。奴らの起こす犯罪はいつも直接的なので捕まえる方としては楽な部類だった。

 今回もまた同じ部類の犯行で、それについて由香から質問が飛ぶ。


「あの……この当たり屋って」


「資料の通りよ、車にわざとぶつかって慰謝料を求めるの。普通の人間もたまにやるけど、融合体は頑丈に出来ているから……彼らも考えたものよね」


 当たり屋と言うのは、昭和の時代にはそれなりに名の知れた犯罪だったらしい。今の時代では滅多に聞かれなくはなったのだけれど、だからこそ由香も聞き慣れなくて質問したって訳だ。

 シュウトはそんな今の時代に聞き慣れないような犯罪を、最近この世界に進出した融合体犯罪組織が行っているその事自体に疑問を抱く。


「誰がこんな事を思いついたんだろう?」


「こちらの犯罪に詳しい誰かが彼らのバックについているのかも知れない。そっちの線は別の班が探っているから気にしないで」


 ちひろの説明を聞きながら、シュウトは渡された資料をじっくりと読み込む。隣の由香もまたそれは同じだった。


「どう?出来そうかな?」


「今までのに比べたら楽そうですし、やってみます」


 一通り資料を読み込んだシュウトがそう答えると、由香もまた資料を読んだ感想を口にする。


「きっとこれ、楽勝ですよ」


「そ?いつも有難うね。じゃあ私はこれで。吉報、待ってるね」


 2人の了承をえて、ちひろはまた慌ただしく喫茶店を出ていった。

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