第64話 テンプレ通りの取引 その5

 その動揺から発生した隙をユーイチが見逃すはずもなく、間髪入れずに奴のボディにとっておきの一撃を入れる。


「余所見をするのは感心しませんね」


「うぐっ!」


 良い一撃を貰ったコンゴオはよろめいた。この一撃がかなり効いたようだ。弱った奴は後回しと言う事で、ユーイチはまだピンピンしているクラサクに攻撃のターゲットを変える。その変化を敏感に感じ取った奴はすぐにユーイチから離れて距離を取った。


「こいつら、やっぱり強過ぎる!作戦Bだ!」


「B?何だそれは?」


 コンゴオはその聞きなれない作戦名に戸惑う。この仕事は自分に任されていて、だから知らされていない事は何もないはずだった。そのはずなのに、自分の知らない言葉が同僚から飛び出した事にコンゴオは一抹の不安を覚えてしまう。

 ユウキに関節技を決められていたはずのハギワラも、彼女から無理くり力技で離脱してクラサクのもとに集まる。そうして2人が揃った所で、クラサクが懐から何かを取り出しながら大声で叫んだ。


「それはこう言う事だ!」


 奴が取り出したものは片手で握れる大きさのボールのような何かだった。普通に爆弾だったのかも知れない。クラサクがそれを強く地面に打ち付けるとその丸い物体は衝撃で爆発し、強い光と煙、そして何よりとんでもない爆音が倉庫内で鳴り響いた。


「うおっ!」


「キャアッ!」


 視覚と聴覚を狂わされ、2人は一歩も動く事が出来なかった。こうなるとは全く想定していなかった為、全く対処が出来なかったのだ。そうして視界を遮る煙が晴れると、お約束のようにサクラ組の2人は綺麗に姿を消していた。おまけに取引に使われた薬物もまたどさくさに紛れて持ち去られていた。

 最初にユウキが捕まえた人間側の悪党はそのまま放置されたままだったけれど……。


 そうして、この結果に呆然としていたのはユウキとユーイチの2人だけではなかった。置いてきぼりを喰らった形で、コンゴオもまた放置されていたのだ。


「こんな話、聞いてなかった……まさか、最初から」


「さあな……。取り敢えずコンゴオ、お前はここまでだ」


「くそっ……今度こそうまくいくと思ったのに……」


 その後、コンゴオはユーイチの熱い一撃で分離され、この事件は終演を迎えた。拘束された人間側の非合法組織の一団は警察に確保され、シンクロを解いた2人はその場を何事もなかったかのように離脱する。そうしてシュウトは肩に伸びたコンゴオを乗せて事務所にそれを届けた。


「すっごーい!お手柄じゃないの!これでサクラ組壊滅に一歩前進したわね!」


「下っ端をひとり確保しただけですって」


「そう言う小さな積み重ねが大事なのよ、お疲れ様!後はゆっくり休んでね!」


 謙遜する彼をちひろは大袈裟に褒め称える。賞賛の言葉を浴びながら、シュウトは実際に仕事をしたユーイチにこの言葉が届くようにと願っていた。

 コンゴオを預けた帰り道、由香はシュウトの顔を覗き込みながら嬉しそうな顔をして話しかける。


「ちひろさん、大喜びだったね」


「小さくても一応の成果はあったから……」


 シュウトは少しうつむきながら小さな声で答える。3人の内、2人には逃げられてしまった。それが彼を素直に喜ばせなかった。実際に行動したのはユーイチであり、彼は精一杯頑張っていたのだから、自分がそこで何か言う資格もないのは分かっていたものの――。


 彼の気持ちを知ってか知らずか、由香はあっけらかんとした態度でニコニコーとにやけながらその顔をシュウトに向けた。


「これからも頑張りましょ!」


「う……うん」


 彼女の元気で後を引きずらない性格がシュウトを前向きな気持ちにさせる。彼を元気付けた由香は、またお約束のように繁華街へと消えていった。宵越しの銭は持たない主義なのか、今はそんな彼女の脳天気な態度ですら救いになっていた。


 いつまでも失敗を引きずってはいけない。シュウトは顔を上げてあまり遅くならない内にと自宅へと帰っていくのだった。

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