第63話 テンプレ通りの取引 その4

 単独で現れたユーイチに対してコンゴオが大声で質問を飛ばす。


「お前……ひとりか?馬鹿め、飛んで火に入る夏の虫だ!」


「だとしたら?」


 ユーイチはコンゴオ達にひとりで来ていると誤解させた方が油断を誘えると思い返事を濁す。虚勢を張っているように見えたのだろうか、彼が返事を返したその次の瞬間には既にサクラ組の精鋭が襲い掛かって来ていた。


 お互い融合している異世界生物同士、そのバトルのスピードは常人には全く目で追えない超次元のものとなる。取引先の人間達もそれなりの修羅場を潜り抜けた猛者達ばかりだったものの、この戦闘に度肝を抜かれてしばらく呆然としてしまう。


「くっ!」


「そらそらどうした?避けるのは得意なようだが手は出せないか?」


 ユーイチは何とか攻撃の隙を伺うものの、流石に3対1だ。流れるような敵の連続攻撃が続き、その攻撃を避けるので精一杯だった。何処かでうまく形勢を逆転させないと、このままだとこちら側が先に気力が尽きてしまう。

 戦闘の分がこちら側にあると察したサクラ組幹部ハギワラは自慢の拳を繰り出しながら口を開く。


「3対1で勝ち目があると思うなよ!」


「俺達に喧嘩を売った事を後悔させてやる!」


 ハギワラの言葉を受けて仲間の幹部クラサクもユーイチに向かって声を荒げる。3人の攻撃を紙一重で受け流しながら名案を思いついたユーイチはタイミングを見計らってにやりと笑いながら精一杯余裕ぶる。


「そうか、3人か……本当に資料の通りだな」


「何だと?」


 コンゴオはこの言葉を聞いて一瞬動揺する。そんな彼の心の変化を察し、うまくかかかったと実感したユーイチは更に言葉を続ける。


「お前がコンゴオだろう?そしてそっちがハギワラ、その隣がクラサクと」


「てめっ!どうして俺達の名前を!」


 自分達の名前が知られている事にハギワラは愕然とする。それはつまり自分達の情報が外部に漏れていた事を意味していた。

 仲間の中に裏切り者がいる――それが嘘でも本当でも、相手にそう思わせられればこの連携にもヒビが入る。隙が出来れば自ずと反撃のチャンスが生まれるものだ。

 もう後ひと押しと、ユーイチは3人に向かって強気な態度で宣言する。


「お前らの行動は全て筒抜けなんだよ」


「な、どう言う事だコンゴオオ!」


 クラサクは激高しコンゴオに向かって叫ぶ。突然名指しされた彼は濡れ衣だと言わんばかりに必死に弁明する。


「お、俺は何も知らねぇ!本当だ!」


「馬鹿!今俺達が争ってどうする!奴の思う壺だ!」


 3人の中でひとり、ハギワラだけは冷静だった。全員が混乱してくれれば御の字だったものの、そう簡単にうまくはいかないらしい。

 けれど、これで連携が崩れたのは確かで、ユーイチにも反撃するチャンスが巡って来ていた。


 この異世界生物同士の戦闘を前に、それを初めて見る人間側の組織の連中は全員が釘付けになっていた。目の前でハリウッド映画以上の超高速戦闘が展開されているのだから、これに注目するなのと言うのは最初から無理な話だろう。


「すげぇ……あいつらの動きが全然見えねぇ……」


 しかし、危険を察知するような勘の鋭い人物も中にはいたようで、彼はすぐにこの場を離脱しようと仲間に指示を飛ばしていた。


「何見てるんだ!今の内にずらかるぞ!」


「ふふ、逃さないからね」


 今まで気配を消していたユウキがここで突然現れ、自慢の超高速スピードを活かして人間側の組織の人物を一瞬の内に全員拘束する。戦闘中に突然聞こえて来た悲鳴を聞いたコンゴオは、状況を把握しようとその声の方向へと顔を向ける。


「な、何だ?何が起こった?」


「やはり仲間がいたか!」


 拘束された取引相手達の姿を見てハギワラは叫んだ。彼は攻撃対象をユーイチからユウキに変え、まっすぐに彼女に向かっていく。すぐに自分に向かってくる存在に気付いたユウキは少しわざとらしく大声で叫んだ。


「キャー!こわーい!」


 ユウキは両手を前に出して風の力を開放する。突然その風圧を受けたハギワラは風を受ける体勢が出来ていなかった為、そのまま思いっきり吹っ飛んでいった。


「なっ、うわああ~!」


 まっすぐ吹き飛ばされた奴は倉庫の壁に体を強く打ち付けて、それから前のめりに倒れ込んだ。その様子を横目で目にしたユーイチは彼女の行為に対して不満を口にする。


「馬鹿!風の力は使うなって……」


「隙あり!」


 戦いに集中していたコンゴオはユーイチが作ったその隙を見逃さず、すぐに死角方向から殴りかかって来た。すぐにその攻撃に気付いた彼は紙一重でその攻撃をかわし、距離を取って体勢を整える。


「おおっと!」


「くっ!ここは俺が任されたんだ!絶対失敗は許されねぇ!覚悟!」


 コンゴオの目は本気だった。何度攻撃をかわしても奴の勢いは止まらない。その恐ろしいまでの気迫に、いつもと違う凄みを感じたユーイチはコンゴオをひとりの男として対等に認め、本気で相手をしようと気合を入れる。


「へぇ、今日に限っていい目をしてるじゃないか……」


 ユーイチは向こうの世界でそれなりの武道を心得ている。幾つかの流派の免許皆伝の持ち主でもある。その彼が本気でコンゴオに攻撃を仕掛け始めた。

 勿論相手は彼ひとりじゃない。もうひとりの敵、クラサクの攻撃をいなしながらコンゴオに向けて拳を繰り出し、蹴りを当てにいく。


「こいつ……俺の攻撃を全て受け流す……だと?」


「やっぱ強いな……。だがここは譲れねぇ!」


 クラサクは驚愕し、コンゴオは燃える。ユーイチもまたこのバトルに興奮し、喜びを覚え始めていた。そんなバトルバカの攻防を目にしたユウキは両手を腰に当てて呆れた顔で彼に声をかける。


「ちょっと、真面目にやってる?遊んでないでさっさと……」


「てめぇは俺が遊んでやるぜ!」


「わっ、嘘っ!」


 背後から声がしたと思ったら、何とさっきの風の攻撃で倒したと思ったハギワラが復活してユウキに襲い掛かって来た。これは伸びた奴の姿を見てすっかり倒したと思い込んだユウキの油断が招いたピンチだった。ハギワラはユウキの背後を取って勝ちを確信する。


「俺をそこら辺のチンピラと同じにするんじゃねぇぞ!」


「あらあ、あなたこそ私をか弱い乙女と見ていると痛い目を見ますわよ?」


 強気に出たハギワラにユウキは飽くまでも余裕の態度を見せて対応する。その言動が気に入らなかった奴は自慢の拳を彼女に打ち込もうとする。


「ふん、おめぇなんて……」


「流水崩し!」


 勢い良く襲ってくるハギワラの攻撃をユウキは独自の体術で持って見事にかわし、その勢いを逆手に取って奴に関節技を決める。


「うごあ!」


「あ、兄貴ィ!」


 ハギワラのピンチにコンゴオが声を上げる。

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