テンプレ通りの取引

第60話 テンプレ通りの取引 その1

「あいつ、珍しく抜け出して来やがって、見どころあるんじゃねぇかと思っていたらまた捕まりやがった」


「いや、アレは元々そんなタマだったろ」


 脱走して一度は組織に合流したサクラ組の一番の下っ端ジモリ、彼は復帰早々次に与えられた仕事でヘマをやらかしてまた捕まってしまう。組内部ではその事について話し合いが行われていた。

 この話し合いは組員全員が参加していて、話題はやがて組全体のその後の活動についての話へと広がっていく。


「オメェが可愛がってたんじゃなかったのか?」


「可愛がる?あいつが勝手について来ていただけだ」


「パシリくらいには使えたのにな」


 組織No.4のミツオミがジモリの直属の兄貴分であるコンゴオと話し合っている。ミツオミは悪知恵の働く典型的なチンピラだ。彼の指摘にコンゴオはふんと顔を背けタバコに火をつけ、煙を吐き出すと吐き捨てるように言う。


「すぐ捕まるような間抜けはこの組織にはいらねぇだろ」


「おめえも何度もやられてるじゃねーか」


 ミツオミはコンゴオを挑発する。売られた喧嘩はもれなく買うのがチンピラだ。彼はすぐにミツオミの胸ぐらを勢い良く掴んだ。


「んだとコラ!」


「まぁ落ち着けよ。昔のいざこざより今のシノギだ。進めている話はうまくいきそうなのか?」


 一触即発のこの気配に組の頭のトウドウが止めに入る。彼は睨みを効かせた顔で今後の仕事についてコンゴオに話しかけた。


「ああ、今度こそ邪魔は入らねぇ」


「どこまで信用出来るんだろうな」


 この言葉にもミツオミが茶々を入れる。彼は失敗ばかりのコンゴオが未だに組の重要な仕事を任されているのが気に入らないようだ。この言葉に気を悪くしたコンゴオはミツオミに向かって睨み返すと自信たっぷりに口を開く。


「今度また邪魔が入ったら俺が命をかけてそいつらを潰す!」


「言うじゃねーか。二言はねぇぞ?」


「この世界が甘くない事は百も承知だ」


 またしても悪くなった場の雰囲気を察したトウドウは、ここで鼻息の荒いコンゴオに話しかける。


「まぁ落ち着け。俺もお前の活躍はしっかり見て来た。だから今まで目を瞑って来たところもある」


「有難うございます」


「だが今度は動く金額も大きい。うまく行けばそれなりのモノは与える。行かなければ……」


 一度上げてそれから落とす。自分を認めているトウドウの言葉に重いものを感じたコンゴオは、覚悟を決めて自身の決意を口にする。


「責任は取ります。任せて下さい」


「十分気を付けるんだな。後、好きな奴を使っていいぞ」


 失敗は許されない仕事だけに、トウドウもまた万全の体制でコンゴオのサポートをする。サクラ組のヒエラルキーではジモリの次の地位と言う底辺ポジションだったコンゴオが部下を持つと言う事は、実質上の昇格にも値する破格の扱いだ。この頭の言葉に他の組員は一斉に反発する。


「あぁ?コンゴオの下で働けと?」


「今回の仕事を取ってきたのはコンゴオだ。失敗させる訳にはいかないだろ」


 ざわめく組員に対してトウドウは薄い笑顔を浮かべながら手下をなだめる。その態度から彼の意図を理解した組員達は自然に静かになった。

 部下を選ぶ権利を得たコンゴオは改めて目の前の自分と頭以外の4人の顔を見定める。そんな彼の態度にミツオミが憎まれ口を叩いた。


「チッ、俺を選ぶんじゃねーぞ」


「俺だって仕事の相手は選ぶぞ。合わない奴と組んでも碌な結果になりゃしねぇ」


 それからコンゴオは自分と馬の合いそうな幾人かの組員を指名する。大きな仕事とは言え、組全員でかかる規模ではなかったので彼は2人の組員を選び、頭の了承を得た上でその”大きな仕事”に取り掛かる事となった。

 大体の段取りが決まった後に、ミツオミがまた上から目線で口を開く。


「ほう、お手並み拝見だな……」


「ここで成功して一気に幹部になってやるぜ」


 コンゴオは組の最下層から脱出出来るこの最大のチャンスを絶対モノにしてやると野望の炎をメラメラと燃やすのだった。



 場所は変わって昼下がりの中学校の図書室では、由香が机に突っ伏して暇を持て余していた。


「あーヒマ」


「平和でいいじゃないか」


 怠け者のような彼女を横目で見ながら、シュウトは他人事のように言葉を返す。新聞に目を通していた彼に目を合わせず、机に突っ伏した姿勢すら変えないまま、由香はつまらなさそうに現状に対する不満を吐き出した。


「悪党が全員捕まったならそれでもいいけどさ、違うでしょ」


「う……」


 彼女の言葉にシュウトは固まった。この平和は悪を根絶やしにした上での本当の平和ではない。その事自体は彼もまた自覚はしていた。

 シュウトがうまく返事を返せないでいると、由香は更に言葉を続ける。


「平和なのは単にあいつらが地下に潜って悪巧みしているか、悪事を働いているのがバレてないだけなんだよ?」


「そりゃそうかも知れないけど……」


 由香の意見に同意はするものの、だからってそれに対する適切な言葉を持たないシュウトはつい言葉を濁してしまう。ここまで話して何かが吹っ切れたのか、彼女はむくりと上半身を起こしてシュウトの方に顔を向けると元気な声で話し始める。


「どうにかして奴らの尻尾を掴まなくちゃだね!」


「そう言うのはさ、ちひろさん達に任せておけばいいんだよ。前にも言ったじゃないか」


「だから、それじゃ後手に回るでしょ。私は出来る事をしていたいの!協力してよ!」


 飽くまでも消極的なシュウトに対し、由香は彼の腕を掴んで率先的に動きたいと言う自分の願いを叶えるよう懇願する。その熱意を受けたシュウトは自分に出来る最大限の協力として掴んできた彼女の腕を離しながら今している事を力説する。


「してるよ!だからこうやって新聞を読んで……」


「新聞だけでいいのかな?」


 由香はシュウトの目を見つめながら純粋な子供のように質問する。彼女がそう話した意図が今いち掴めなかったシュウトは素に戻って反射的に反応した。


「じゃあテレビのニュースとか?」


「テレビはぼかして放送するから区別つかないんだよね」


「まぁ、異世界生物は公式に認られてないから……」


 そう、異世界生物の存在はまだイレギュラーであり、世間一般的にはいないものとして処理されている。なのでどのメディアもその事については謎の現象として処理されていた。所謂報道規制と言うヤツだ。


 都市伝説を扱う所ではそれなりに話題にはなっていたものの、信じる人はまだ殆どいない。今のところ、正規のメディアから彼ら異世界生物関係の情報を読み取るのはかなりの困難を強いられていた。


「やっぱ、政府の情報筋の情報を知りたいよね。きっと風はそこの所属なんだよ」


「あんまりそう言うのに近付かない方がいいと思うけど……」

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