第61話 テンプレ通りの取引 その2

 現状、公になっていない機密情報に触れなければ異世界生物関係の詳しい情報は分からない。由香としてはその情報を何とかして知りたがっていた。

 機密情報に近付く危険を考えるとシュウトはそんな彼女の行動を止めるしかない。

 由香は非協力的な彼の言動に不満を抱き、机を叩きながらそれをストレートに口に出す。


「何でよ?同じ異世界生物寄生仲間じゃないの!」


「寄生とか……他に言い方が……」


 シュウトは彼女の言葉に苦笑いしながら返事を返した。気持ちの高ぶった由香は彼の言葉を受け入れない。


「寄生は寄生じゃないの。おかしい?」


「そこはせめて共生とかさ。お互い持ちつ持たれつなんだし」


 シュウトと由香では異世界生物に対する認識が違うようだ。異世界生物を同じ仲間だと認識している彼にとって、由香の言葉はどうしても受け入れられないものだった。その後は何となく会話が続かないような雰囲気になって、自然にお互い無口になった。


 しばらくして間が持たなくなった由香は、頬杖をつきながら独り言のようにつぶやく。


「それにしても奴ら、今どんな悪事をしようとしてるんだろ……」


 この言葉にシュウトはぺらりぺらりとゆっくりと新聞の文字を読む。紙面に並ぶ事件達を斜め読みしながら、ある事件が気になった彼はそれを指差して彼女の方に顔を向けて答えた。


「ほら、ここに金の延べ棒の個人輸入で捕まっている事件が載ってる。こう言うの企んでんじゃない?」


「うーん、小さい事件だなぁ」


 そこに書かれていた事件は消費税分の利ざやを稼ぐ事件で、被害金額から考えると小規模な事件だった。大事件の解決を望む彼女にとって、それは取るに足らない興味のない有り触れた事件と言う認識らしい。由香のつまらなさそうなその言動を目にしたシュウトは、呆れたような顔をしてため息をひとつこぼす。


「俺は大事件とか望まないからね?大体、こっちは2人しかいないんだから」


「あー、異世界生物仲間、欲しいねえ。数が増えれば大事件にも対応出来るのに」


「俺はずっとこの規模でいいよ。大事件とか怖いし」


 大事件にも対処出来るように同じ境遇の仲間の増員を希望する由香に対し、彼は消極的な反応をする。それが面白くない彼女は一計を案じてにやりと笑うと、シュウトが同意するような理由を作り出した。


「人数が多くなれば仕事も楽になるかもだよ?」


「ああ、それもそうか。でもそんな都合よく仲間なんて集まらないって。ラノベじゃないんだから」


 しかし彼が何気なく放ったこの言葉は文芸部の由香の逆鱗に触れる。


「陣内君!」


「は、はいっ!」


 突然声を荒げた彼女に驚いたシュウトは身を硬直させた。瞬間、周囲は謎の緊張感に包まれる。


「ラノベを馬鹿にしないで!」


「は、はいっ!」


 彼が機嫌を悪くした彼女にどう対応していいのか分からないでいたそんな時、突然シュウトのポケットの中の携帯が小刻みに振動する。素早く取り出してその振動の理由を確認すると、そこには読み慣れた文字列が表示されていた。


「お、メールだ」


「やった!仕事の依頼だね!」


 仕事の依頼が来たと知った由香はその瞬間にすべてを許していた。険悪状態が解消されて、彼もようやく緊張感から解放される。喜んでいる彼女を見ながら、どうか今度の仕事が厄介でないものでありますようにとシュウトはひとり祈っていた。


 放課後、例の喫茶店でちひろを待っていると、待ち合わせの時間から2分ほど遅れて目に隈を作った彼女が現れた。ちひろは当然のようにシュウトの向かいの席に座ると、戸惑うような表情をしながら2人の顔をじっと眺め、それからようやく口を開く。


「今回は少し難し目の案件よ……本当は巻き込みたくはないんだけど……」


「何言ってるんですか!私達を信用してください!」


 一刻も早く仕事をしたい由香は身を乗り出しながらちひろに訴えた。一方、シュウトは普段と違う彼女の態度が気になってそれを口に出す。


「そんなにヤバいんですか?」


「取り敢えず資料だけは渡しておくね。読んで無理ならやらなくていいから」


 一向に不安そうなその表情を変えないまま、ちひろは2人に資料を渡す。資料に目を通した2人の反応はまさに正反対だった。


「ちょ、これ……」


「私、やりたい!」


 仕事の内容に戸惑うシュウトに対して由香は興奮気味に即答する。この返事に驚いたシュウトは思わず彼女の方に顔を向ける。


「こ、近藤さん?」


「こう言うの待ってたんですよ!絶対やります!やらせてください!」


「分かってるの?とんでもなくヤバいんだよ?」


 余りに乗り気な彼女に対し、焦ったシュウトは何とか説得しようと口を開く。

 しかしちょっとやそっとの説得でその考えが変わるはずもなく、逆に彼女に説得し返される始末。


「私の、いや、私達の力があれば大丈夫だって!」


「本当はサポートのメンバーも入れたいところなんだけど、ごめんね、今人材がいなくて。極力サポートはするけど、絶対無理はしないで!」


 ちひろは2人に対して両手を合わせて懇願する。その様子を見たシュウトはため息をひとつもらすと、真剣な顔になって改めて彼女に質問する。


「この資料の情報、信用出来るんですよね?」


「出来るわよ。そこは保証するし、不確実な情報なら依頼なんてしないから」


「……分かりました。2人で作戦を練ってみます」


 資料を見て今回の計画の難易度の高さに敬遠していたシュウトは、ちひろのこの言葉を信用して渋々依頼を了承する。彼の言葉を聞いたちひろは一気に表情が明るくなって声を弾ませながら2人にお礼を言った。


「それじゃあ、お願いするわ。無理を聞いてくれて有難う」


 それから話せる事をいつものマシンガントークで話し尽くし、彼女は颯爽と喫茶店を後にする。話が終わってすっかり自分好みのいい感じの温度になったコーヒーを口に含みながら、シュウトは由香に今回の件のついて話しかける。


「はぁーっ。近藤さん、絶対の自信があるんだよね?だから受けたんだよね?」


「流石に確実に成功するかどうかなんて分からないよ。私がやってみたくなっただけ」


 彼女のその根拠のない理由を聞いた彼は流石に気を悪くする。今回は失敗の危険性も大きく、そうなった時のダメージは全く想定出来ない。そんな案件を気分で受け入れようと言うのは流石に考えが浅過ぎる。

 シュウトは納得出来ない気持ちのまま、その思いをぶちまけた。


「何だよそれ……それじゃ立てた計画次第じゃキャンセルするからね!」


「最初から失敗前提で動かないでよ!絶対うまくいく計画を立てるんだから!ちゃんと協力してよね!」


「う……うん」


 怒りに任せて発言したら由香に逆ギレして返されてしまい、シュウトは思わず言いくるめられてしまう。

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