脱獄

第53話 脱獄 前編

 某所にある特殊施設はシュウトたちが捕らえた異世界生物達が最終的に収監されている場所だ。そこに収監されているのはシュウト達が捕らえた生物も含めた全12人。


 部屋の広さは約20畳程度の大きさで部屋の上部四隅には監視カメラが取り付けられている。食事は定期的に自動的に提供され、排泄は隅っこの猫トイレで行われる。

 異世界生物が人間と融合している間は人間の栄養を取り込む為に食事も排泄も必要ないものの、単独で長時間存在するには食事も排泄も必要な行為となる。


 収監された異世界生物の日課は朝起きて夜眠るだけ。人間の囚人と違って何か作業に従事する事はない。姿が猫なのだからそれは当然の話だ。生きる為の目的も奪われた異世界生物達は食べるか寝るか、後は収監仲間と愚痴言い合うくらいしかする事がなかった。


 その日もまたみんな特にする事もなくただただ暇を持て余していた。その中で元ドルドル団のレイランが不満をぶちまける。


「くっ、いつまでこんな所に閉じ込められているんだ」


「そもそも僕ら、この世界じゃすぐ死んじゃうはずなのに」


 次に口を開いたのは元パルマのヨッテルだ。彼はそう言うと体を伸ばして背伸びをする。この質問には同じく元ドルドル団のヨーデルが答える。


「この監獄の中だけ特別な空間になっているんだろ……でないと辻褄が合わない」


「だとしたら、その技術はどうやって?」


 この話にレイランが食いついた。ヨーデルはこれは推測だがと前置きをして口を開く。


「こっちの技術者か、向こうの技術者のどちらか、もしくは共同研究か……」


 レイランとヨーデルの元ドルドル団コンビが会話に花を咲かせていると、その会話に苛ついたのか元サクラ組のジモリが大声を上げる。


「そんな事はどうだっていいっス!問題はどうやって逃げるかっス!」


「でも、逃げたところで、外の世界は……」


 この叫び声に耳を抑えながら元パルマのティバリが弱々しい声で弱音を吐いた。この情けない返事を耳に入れたレイランが叫ぶ。


「人間なんてどこにでもいるだろ!誰でもいいんだよ!」


「でも、ここがどこか分からないんだよ。もしうまく脱出出来たとしても、周りに人がいなかったら……」


 ティバリは精一杯の大きな声で反論する。その言葉を聞いたレイランは彼を軽く馬鹿にする。


「ははぁ、さては馬鹿だなおめー」


「なっ、何をっ!」


 気の弱い子供のティバリもここまで馬鹿にされると流石に相手が大人だろうと腹が立ったようだ。思わず爪を出して殴りかかろうとしたその時、この状況を見かねたヨーデルは2人の間に入って場を治める。


「まぁまぁ、落ち着けよ。つまりお前はこう言いたいんだろう?この施設内なら誰かがいると。そいつを襲えばいいって事だろ?でもよく考えてみろよ。その事はここの人間もよく知っているはずだ。だとすれば対策だって練っているはず。例えばもしここが無人の施設だったら?」


「それは……」


「それに、この姿のままでは俺達はあまりに無力……悔しいがな」


 ヨーデルに言いくるめられてレイランは言葉を失う。険悪な雰囲気はこれで消えたようだった。猫の集会はお互いがお互いに干渉しないような絶妙な距離感を維持している事が多い訳だけど、それはこの異世界生物も同じようで、一度話題が途切れると誰かがまた口を開かない限りすっかり静かになってしまう。


 それから30分後、何かを思い出したように天井を見上げていたヨッテルが口を開く。


「あれ、監視カメラだよね?」


「多分な、ずっと観察してやがんだぜ、胸糞ワリィ」


 その言葉に答えたのはまたしてもレイランだ。彼は意外に話好きらしい。レイランは後ろ足で耳の後ろを掻きながら言葉を続ける。


「そもそも俺達をこうしてひとつの場所に集めること事態、何か裏があるんじゃねぇか?」


「この国の政府は俺達を使って何かを試している?」


 その話を聞いたヨーデルも思う事があったのかすぐにこの話題に参加した。彼の説を受けてレイランは自説を展開する。


「もしくは、向こうの何処かの国が……」


「異世界の研究に熱心なのってバルクだったっスよね?」


 異世界の国の話題になって唐突にジモリが口を開いた。この言葉を聞いたレイランが急に怒り出す。


「おい、俺の故郷を疑うのか?」


「ああ、疑うっスよ!昔からバルクは胡散臭かったっスからね!」


「てめっ!」


 故郷を馬鹿にされたレイランがジモリに襲いかかる。

 しかし今度ばかりは誰も止めるものがいなかった。この突然始まった猫の喧嘩を冷静に監視カメラは記録していた。


「ふうん、興味深いね。僕達は彼らを集めているだけでこうして情報が手に入る」


「公式な情報だけでは得られるものは限られてくるからな」


「上も黙認だからね、情報だけは正確に送らないと」


 施設の監視員2人が異世界生物達の映像を見ながら会話している。彼らの目的は生物たちの会話情報を記録、分析して然るべき場所に報告する事のようだった。

 ひとりは椅子に座って頬杖をつきながらがモニターを眺め、もうひとりはその横に立って腰を曲げ、右手で体を支えながら同じモニターを見ている。


 座っている方は右手でメガネの位置を直し、それから置いてあった飲みかけのコーヒーを飲む。


「とは言え、ここに送られてくるのは低レベル犯罪者ばかり……誰か大物をとっ捕まえてくれないかな」


「だな、もう奴らから聞こえてくるのは愚痴ばかり。正直言ってつまらん」


 立っていた男はそう言いながら腰を反対方向に曲げる。どうやら彼はこの監視生活に飽きて来ているようだった。座っていた方の男は持っていたカップをその辺りに置いて生物達の話が聞きやすいようにマイクのレベルを調整する。


「この中に多少でも頭のいい奴がいるなら少しは面白いんだけど」


「その内ひとりくらいはこのシステムに気付くかもな」


「そうなりゃ、退屈もしないんだけど」


 基本的に異世界生物達は猫の集会宜しくそれぞれバラバラで気ままに過ごしている。それぞれの生物同士の接点はなかったのか、中には一度も会話をした事のないそう言う関係の生物もいた。

 衣食住が保証されているために特に協力をする必要もないのだ。


 捕まってこの場所の収監されたとは言え、その待遇に満足している異世界生物もまた多かった。居場所をなくしてこっちの世界で暴れていた異世界生物にとっては限定された条件下であったとしても自分の場所が用意された事によって欲求が満たされ、大人しくなるものも多かったのだ。特にどこにも属さずに一匹狼的な活動をしていた生物にその傾向は強い。


 逆に言えば、この状況下で不満を喚き散らすのはどこかの組織に所属しているようなそう言う生物だけだった。


 そんな不満を持っている生物のひとり、レイランはゴロゴロしながら知り合いのヨーデルに話しかける。


「なぁ、ここで俺達が全ての行動を記録されているとしたら……」


「したらも何も、されてるだろ」


 ヨーデルは天井に取り付けられているカメラをじっとにらみながら口を開く。いくら凄んだところで見た目が猫なのでそれは可愛い威嚇にしかならない。その行為はカメラ越しの監視員を癒やすだけだった。

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