第52話 暗躍するエージェント その4

 見せたカードをしまいながら彼女はにっこりと笑って自分の身の潔白を口にした。その事に対して疑心暗鬼にかられた由香が口を開く。


「まさか私達があなたを探っている事も?一体どうやって?」


「企業秘密です」


「ぐぬう……」


 追求する度に軽くかわされるこの会話に由香は悔しそうな言葉を漏らす。会話を黙って聞いていた彼は根本的な疑問を口にする。


「って言うかさ、じゃあ何で俺達の前に?」


「特に秘密にするべきものではないとの判断で。あなた方が私の存在に気付いたら、その時は正体を明かそうと前から思っていたんですよ」


 シュウトの質問に風は種明かしをした理由をこう説明する。この言葉からみても相手の方が一枚上手だと言う事がよく分かる。由香は彼女の説明を聞いて思わず言葉にならない言葉を漏らすのだった。


「うへぇ~」


「向こうの方が一枚上手だよ」


「悔しい~!負けた~!」


 質問合戦で優位に建てなかった事に彼女は大変悔しい想いを抱いていた。会話がここで一区切りがついたと判断したシュウトは風に別の質問を飛ばす。


「轟……さんはいつからこんな事を?」


「1年くらい前に異世界生物と融合しまして、それで訓練を受けて……そんな感じですかね」


 この言葉を聞いた彼は自分の認識との違いに驚愕する。工事現場のゲートが開いたのはそこまで昔じゃないと思っていたシュウトは思わす声を上げた。


「まさか!その頃からゲートが?」


「工事現場のアレではありません。ある実験の失敗で一瞬だけ時空に穴が空いてしまったんです。その穴自体はもう修復されましたが……」


「そんな事が……」


 ここで彼女の言葉から新事実が発覚した。異世界と繋がる時空の入り口は工事現場の一箇所ではなかったのだ。風が関わっていた実験――実験自体の詳細は分からないものの、これが真実ならば人為的にゲートを作る事も不可能ではなさそうだ。彼女は更に話を続ける。


「それはイレギュラーな事故でしたが、今後同じ状況になる事も懸念されたので、それに対処する組織が政府内に作られたんです」


 風が言うにはその実験の失敗から組織に対異世界生物対策室が出来たと言う事だった。次々に明かされる新事実にシュウトは興奮する。

 調子に乗った彼は彼女に更に踏み込んだ質問をぶつける。


「政府は工事現場のゲート付いてどう考えていると?」


「それは上層部の判断になるので私には分かりません」


 優秀な彼女は機密事項を決して口にしない。聞きたい事を聞き出せず、シュウトは落胆する。彼の話が終わったら次は私と言わんばかりに復活した由香が食い気味に彼女に質問を始めた。


「あ、そうだ、あなたの中の異世界生物ってどんな感じなの?」


「ふふ、今はまだ秘密です」


「何よ~ケチィ~!」


 この質問もまた守秘義務の範疇なのか、風は決して口を割らなかった。その余裕しゃくしゃくの態度に由香は露骨に反発する。ご機嫌斜めの彼女を横目に風は逆に2人に対して口を開いた。


「他に何か質問は?」


「えっと……今までずっと監視していた?」


 由香が拗ねていたので代わりにシュウトが質問する。この質問にも彼女は眉ひとつ動かさない。


「ええ、仕事ですから」


「それは、これからも?」


「別の仕事が来ない限りは」


 質疑応答の結果、風は今まで2人を監視していたし、これからも別の仕事が入らない限りは監視を続けるようだ。目の前の少女はどう見ても一般人にしか見えなくて、隠密行動なんて出来そうにない。こう言うのが本物の諜報員なんだなと彼はひとり納得する。

 そこにさっきのダメージから回復した由香がこの会話に口を挟んで来た。


「年齢とか偽ってる?」


「さあ、どうでしょう?」


 風の言動が余りに同世代離れしていたので、それを不審に思った由香の質問を彼女はあっさりと誤魔化した。ただ、同世代なら誤魔化す必要もない訳で、この対応がますます風をミステリアスにさせていた。

 そんな不思議な彼女を戦力に加えたいと感じた由香はその旨を直接伝える。


「あのさ、折角融合者同士、これから仲間にならない?」


「お断りします。私には私の仕事がありますので」


「何よー!ケチィー!」


 仲間への勧誘を一言でバッサリ断られ、またしても彼女は憤慨する。その後、特に質問が飛ばなかったた為、見切りをつけた風はおもむろに口を開いた。


「もういいですか?それじゃあ私はこれで」


「あっ」


 シュウトが気付いて止めようとした時にはもう彼女は図書室にいなかった。何か特殊な訓練でも受けていたのか、去り際がものすごく見事で目の前にいた2人共、風が帰っていくのを止める事が出来なかった。


「有無を言わせずに去っていったよ。あの子、只者じゃないわ」


 由香も彼女の気配を消して自然に姿を消すテクニックに舌を巻いていた。

 結局分かった事は自分達を監視している存在がある事と、彼女の名前、そして監視は今後もずっと続くと言う事だけだった。


 彼女の口から漏れた人工的にゲートが作られた一件、それはその事故の一件だけで終わったのか、それとも状況を分析して今では人為的にゲートを作る事が可能になっているのか、ここに興味を抱いたシュウトは密かに興奮していた。

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