第54話 脱獄 中編

「なら、どんな相談も無駄なんじゃ?何もかも筒抜けだろ?」


「だが、利用は出来る」


 レイランの諦めにも似た言葉に、ヨーデルは目線をカメラから動かさずに自説を展開した。


「はっ!このメンツの中にそんな賢い奴がいるってのかよ!」


「いなけりゃ、俺達が賢くなればいい」


 このヨーデルの言葉に他の異世界生物が興味を抱いて近付いてくる。


「ほー、簡単に言うっスねぇ……」


 ヨーデルの側に寄って来たのはジモリだった。彼はヨーデルの近くに座るとひとつ大きなあくびをする。


「全てが記録されているなら逆にそれを利用する手は、ある」


「何スかそれ、説明して欲しいっス」


 ジモリに催促されたヨーデルは渋々その作戦の概要を口にする。


「情報の撹乱だ」


「ほう……」


 レイランはそのヨーデルの案にうなずく。

 しかし、どうやらその一言だけではジモリは理解が出来なかったようだ。


「は?分かるように話すっスよ!」


「つまりだ、ある事ない事喋って俺達の本心を悟られないようにするって事だ」


 一言で理解出来なかったジモリにも分かるように今度は丁寧にその作戦の方法を説明する。


「悟られないも何もみんなここから逃げ出す以外の望みなんて持ってないっスよね?無意味じゃないスか?」


「いつまでもずっと同じ会話をしていてよく飽きないなお前ら」


 ここまでの会話をしていてずっと前からここに収監されていた異世界生物が面倒くさそうに口を開く。彼はここの主的な存在で、その生物はここの生活にもすっかり慣れていて、脱出なんかとっくの昔に諦めていた。


「んスか!する事ねーんだから仕方ないっスよ!って言うかあんたなら何をして暇を潰しているって言うんスか」


「観察だよ。世の中に完璧なんてものはない。力の差はあるだろうけどな」


「じゃあ、あんたは何かいいアイディアでもあるのって言うんスか?」


 自分たちの行動が否定されて頭に血の上ったジモリは興奮しながら言葉を続ける。ヒートアップして大声になっていく状況に危惧を覚えたヨーデルがジモリの言動を静止しようとする。


「待て、聞かれてるんだぞ!対策されるだろ」


「対策されるようなちゃちいアイディアなら願い下げっスよ!」


 主は用心深く周りを見回して深くため息を吐く。それからジモリの顔をじっと見つめながら切り出した。


「まだここでは言えねーな。それが答えだ」


「流石インテリさんは慎重っスね」


 勿体ぶった主の言葉にジモリは皮肉交じりにそう答える。言葉の応酬をするつもりのない主はそれ以降はまた沈黙する。そうして部屋に静寂が戻ってきた。


 しばらくまったりとした時間が流れ、今度は別の場所から話題が立ち上がる。口火を切ったのはティバリだった。


「なぁ、最近は新しい仲間が入って来てないよな?」


「そりゃ、仲間達の活動が巧妙になって俺達みたいなヘマをやらかさなくなったんからじゃねぇか?」


「やっぱそうなんだろうな……」


 相棒ヨッテルの言葉にティバリは遠い目をしながらうなずく。その会話に強引にジモリが絡んで来た。


「結局あいつらに捕まるのって俺達みたいな使えない下っ端ばかりって事っスか」


「おい!さっきから聞いてりゃてめぇ!ざっけんな!誰が無能だ!」


 このジモリの言葉が導火線になってにわかに場がざわめき始める。この状況に対し彼は体を震わせながら大声で叫んだ。


「ここにいる全員がだよ!」


 キレたジモリの言葉がきっかけとなってついに喧嘩が始まった。ずっとひとところに閉じ込められて溜まりに溜まったストレスが爆発し、お互いに殴ったり殴られたり――みんな監視されている事も忘れて全力で暴れていた。


「ありゃあ、また奴ら始めやがった」


「好きにやらしておけ、どうせ猫の喧嘩だ」


「ま、そっすね。こうして画面越しで見ると微笑ましいもんだ」


 監視員2人もこの状況にも慣れきっているようで、突然始まったこの喧嘩も平常心で楽しんでいた。それからテーブルのカップが空になっている事に気付いた立っていた方の監視員が、新しいコーヒーを注いで座っている監視員の側にカップを置く。


「ほら、新しいコーヒー。楽な仕事だが、寝るんじゃないぞ」


「分かってますって。そう言う契約なんで」


「じゃあ俺は本部に報告に行ってくる」


 立っていた方の男はそう言うと監視室を出ていった。こうして異世界生物達を監視するのは彼ひとりとなる。今日何杯目かのコーヒーを喉に流し込みながら地味で退屈な作業を彼は続ける。



 一方、大乱闘を続けていた異世界生物達は体を動かす事でストレスを発散出来たのか、勝敗が付く前に喧嘩自体を止めていた。


「はぁはぁ……いつまでこんな事をやらせるつもりだ……」


「きっとあいつらが飽きるまでだろ、どうせ俺達には何も出来ない……」


 お互いに激しく傷つけ合いながら、レイランとヨーデルは言葉を交わす。こう言う乱闘自体、実は結構日常茶飯事で少なくとも一日に一回は行われている。つまりは日課のようなものだった。

 閉じ込められた空間の中で早々に諦める者、希望を捨てきれない者、この2つの勢力の溝は深まるばかり。隙を見て脱出派のヨーデルはその希望をずっと持ち続けていた。


「いや、チャンスは必ず来る。絶対逃げ出すぞ」


「勇敢だねぇ。実に素晴らしい」


 徒党を組まない一匹狼タイプの異世界生物はそんな彼の勇敢さを感情のこもっていない声で褒め称える。


「はぁ……そのやり取り、もう聞き飽きたっス」


 その会話を聞いていたジモリのこの台詞から考えて、乱闘後のこのやり取りは半ばテンプレと化していて誰もまともに聞いていない事が伺われた。

 存分に体を動かしてストレスを発散させた異世界生物達はそのまま深い眠りに落ちていく。



「ふあぁ~あ……ヤバイな。眠気覚ましのドリンク飲まなくちゃ……」


 次々に眠っていく彼らの様子を監視していた彼はその眠気が移ったのかひとり部屋で大あくびをしていた。すぐに彼は別の場所に保管してある眠気覚ましのドリンクを取りに行く。

 その為に席を立って不意に目にした別のモニタに彼の目は釘付けとなった。


「あれ?入り口が開いてる?」


 異世界生物収容施設は秘密の場所となっており、表向きは使われていない倉庫の外見をしている。セキュリティも厳しく、監視室に連絡なしに入口が開くと言うのは普通有り得ない。

 何か異常事態が起こったとすぐに察した彼は真相を確かめに現場へと向かった。



「やはり関係者を乗っ取るのが一番早かったな……」


「所長?どうして?」


 監視員が現場に着くとそこにはこの施設の所長が立っていた。普段滅多にこの場所には来ない所長がこんな時間帯に施設を訪れる事自体が不自然だった為、彼は所長にその行動の真意を尋ねる。

 目の前に現れた監視員を目にした所長はニヤリと顔を歪ませた。


「おお、出迎え御苦労」


「ま、まさか……」


 監視員の顔が恐怖の色に染まっていく。次の瞬間、彼は所長からきつめの一発を腹に喰らい呆気なく倒される。

 しばらくして収容施設内に警報が鳴り響いた。捕らえられていた異世界生物達はその音に驚いてみんな一斉に起き上がる。


「何だ?警報が?」


「こんな事今までなかったぞ!」

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