第32話 由香の初仕事 その2
ユーイチに注意されてシュウトはそろそろ依頼の話を進める事にした。まずはこの依頼を片付けるための相談の場をどうするかについて……。
彼はさり気なく由香にその事について口にする。
「作戦会議はどうする?また学校の図書室?」
シュウトにとって学校の図書室はいつの間にか依頼の内容を検討する場所と化していた。貸出カウンターの死角に行けば資料を広げてもまずお咎めを食らうと言う事はない。それに普段は殆ど人がいないのも好都合だった。ひとりで仕事をしているなら別に場所はどこでも良かったものの、人数が増えると気軽に自分の部屋で調べたりも出来ない。2人が集まるとするならやはり学校でそうするのが一番だろう。
このシュウトの提案に由香は別の提案をする。
「うーん、まずは被害にあったお店に行ってみない?」
どうやら彼女はまず犯行現場に行くことを御所望らしい。それもアリかなと納得したシュウトはそのリクエストを快く引き受ける。早速依頼書を鞄から引っ張り出して今から行くべき場所の検討を始めた。
「じゃあ、えーっと、ここから一番近いのは……」
依頼書の資料から該当する店舗を決定して、2人はその場所へと向かう。駅ひと駅分離れたその場所にあったのは2人がまだ訪れた事のない老舗の有名な大型書店だった。大型書店だけあって人の出入りが激しい。店舗を目の前にしてシュウトは店の感想を口にした。
「おお、結構大きなお店だ」
「パルマって確か全部で10人いるんだよね。全員が万引きしたのかな?」
店の大きさに感動しているシュウトとは対象的に由香は真剣に事件の事を考えていた。由香の質問を受けて彼は依頼書の該当ペーシを探す。
一分ほど探したところで被害状況を記したページを発見したシュウトは由香にその部分を読み聞かせた。
「えっと、この資料の被害状況によると万引きを発見したものの、全員が人間離れした早さで逃げたって……と、あった。確かに人数は10人って書いてある……」
このシュウトの言葉を聞いて由香は頭を働かせる。
「成る程、総力戦って訳だ。あの能力があれば、どこで犯罪を犯しても逃げ切れる自信があるんだろうね……」
事件の当日、ここでパルマのメンバーが全員何らかの本を万引きして一目散に逃げた……。2人はその様子を頭の中で想像していた。ずっと店の目の前で突っ立っているのも不審がられそうな感じがしたシュウトは彼女に声をかける。
「どうする?中に入る?」
「いや、私は別に。店の中より店の周辺情報を把握したかっただけだから。陣内君が入りたいなら付き合うよ?」
何だか逆に自分が入りたがってるような雰囲気を醸し出してしまい、焦ったシュウトは彼女に言葉を返した。
「いや、俺も用事もないのに店に入るのは好きじゃないんだ」
「じゃ、戻ろうか」
そんな訳で現場の雰囲気を確認しただけで2人はすぐに帰る事にする。帰りの道中では事件について考えていた由香がまず口を開いた。
「万引きのペースは2日に1回だから明日またどこかの店が被害に合うかも……」
「明日か……学校あるよね。放課後に動いたんじゃ遅いかな?」
明日と言えばまだ2人には授業があった。その為、シュウトはその事を口にする。もうすっかり推理は由香に任せっきりな状態になっていた。
質問を投げかけられた由香はしばらく無口になって考え込んだ後、ゆっくりと口を開く。
「それは何とも……まずは相手の動きを読まないと……」
「いくら逃げ切る自信があったって警戒されるのと無警戒なのとじゃきっと無警戒な場所を選ぶと思うから、きっと次の犯行現場はそれまでの場所からは離れている可能性が高いよね」
頭脳労働を全て彼女に任せっきりって言うのアレなのでシュウトは自分なりの考えを口にする。この言葉に対して由香から返って来た答えは彼の予想を超えたものだった。
「うーん、今までの被害状況からパルマの本拠地を割り出すにはサンプルが足りないかも」
「え?そこまで考えてたの?」
何と彼女は過去の事件から次の犯行場所を予測するのではなく、パルマの本拠地の想定をしようとしていたのだ。この考えにシュウトは驚く。
「だって本拠地さえ分かればそこに踏み込んで一網打尽じゃん。どこで起こるか分からない万引き店舗を探すより早いし確実だよ」
「まぁ、それが分かれば……」
由香の考えも考えてみれば最もだった。問題は今までに明らかになっている情報だけでは本拠地を特定するのは難しい事。そんなに簡単に話は進まないのが現実だった。彼女は一刻も早くパルマを捕まえなければならない理由を力説する。
「前は食い逃げをしていたのに今回は万引きした上に換金までしてるんだよ?この世界で生きる知恵が身についてる。もしかしたら今後彼らの犯罪はどんどん高度化してくるかも知れないじゃない。鉄は熱い内に打てだよ!」
この言葉を聞いたユーイチは彼女の心構えに感心していた。
(彼女はしっかりしているな。シュウトとは大違いだ)
「ユーイチ……」
シュウトはユーイチの言葉に言葉を失った。まるで自分がダメ人間のように感じられてがっくりと肩を落とす。そんな彼の心理状態を知ってか知らずか由香はシュウトの方に顔を向けて声をかける。
「ねぇ」
「えっ?」
突然話しかけられたシュウトは何を勘違いしたのかドキッとしていた。彼にとって由香は恋愛対象外ではあったものの、こんなに長時間異性と2人っきりで交流した事のない彼は異性に対する免疫がまったくなかった。
何を言われるのだろうと緊張が高まる中で彼女が口にしたのは意外な言葉だった。
「依頼書、今日私に貸してくれない?明日までに考えてみるから」
そう、折角仲間が増えて2人体制になったのに渡された依頼酒は一冊だけだったのだ。ちひろによると話が急だったので二冊分は作る時間がなかったとの事。
由香の要求を聞いて自分が持っているより彼女に渡した方がいいと判断したシュウトは快く依頼書を手渡した。
「あ、うん、はい。近藤さんにお任せするよ。また食い逃げの時みたいな成果を期待してる」
軽い気持ちでそう口にしたシュウトに対して、由香は依頼書を受け取りながら困った顔をして言葉を返した。
「ちょ、プレッシャーかけないで。こう言うのは変な圧があるとキツイんだから」
「あ、ごめん」
彼女の言葉を聞いて自分の行為の無神経さに気付いたシュウトはすぐに謝った。由香もその謝罪を受け入れて笑顔になる。そうしてここで2人は別れた。
次の日、学校に登校したシュウトが自分の席に座ってぼうっとしていると由香がやって来てそっと耳打ちする。
「大体絞って来たよ」
「本当に?!すごい!」
その由香の言葉に彼は思わず声を上げてしまう。朝の教室のざわめきがうまく誤魔化したけど、これがもう少し静かならクラスの注目を浴びていたかも知れない。声を上げた後ではしゃぎすぎたと感じたシュウトはすぐにキョロキョロと周りを見渡して注目されていない事を確認した後、自分の行為を反省する。
「当たるかどうかは別問題だけどね」
彼の反応に対して由香は少し遠慮がちに答えていた。
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