由香の初仕事
第31話 由香の初仕事 その1
由香が仲間になって2日後、シュウト達に招集がかかる。場所は勿論お馴染みのあの喫茶店だ。放課後に2人で揃って学校を出てそのままお店へと向かう。
2人で仲良く店内に入ると待ち構えていたちひろがニヤニヤとにやけた顔をしながら待っていた。シュウトが彼女の向かい側の関の窓側に座ると当然のように由香はその隣りに座る。何だこれ。何だこの状況。妙な緊張感に包まれたシュウトは誰とも顔を合わせられないでいた。
「初めまして、私は清水ちひろ。あなたが近藤由香さんね。よろしく」
「あ、こちらこそ初めまして。近藤由香です。よろしくお願いします」
2人はお互いに初対面だった為、ぎこちない挨拶を交わしていた。シュウトは何となく部外者のような気がしてしまい、窓の外をぼうっと眺める。
放課後と言う時間もあって窓の外では学生達が帰る姿もチラホラと目に入ってくる。
「彼から話は聞いているかも知れないけど、仕事の依頼は全て私が伝える事になっています。何か問題が起こった時も私に連絡してくださいね」
「はい、分かりました」
ちひろは営業スマイルで由香に自分の立ち位置の説明をしていた。由香もその説明を素直に聞いている。ここまでは何のトラブルもなく、中々いい感じに話は進んでいた。
「それじゃ、早速仕事の話に移るけど……。はい、これが依頼書よ」
「これって!」
依頼書を渡されたシュウトはその表紙に書かれた敵の組織の名前に見覚えがあったのでつい声を出してしまう。その組織の名前は――パルマだった。
この間食い逃げをやらかしていたのを取り逃がしたあの組織だ。また性懲りもなく犯罪行為をしていたのか……。依頼書をまじまじと見る彼を見ながらちひろが口を開く。
「そう、またあいつらが動き始めたのよ……」
「これ!チャンスだよ!今度こそ捕まえよう!」
依頼書に書かれた組織の名前を知った由香はすぐに反応する。自分が原因でシュウトが失態した事を彼女なりに悔しく思っているのだろうか?
この様子を目にしたちひろは少し驚いた風な表情になって、その後すぐにニンマリと笑いながら口を開いた。
「ふふ、ゆかりんは積極的ね」
「私、ゆかりんなんだ……」
シュウトの時もそうだったけど、ちひろはすぐ人の名前をニックネームで呼ぶ癖があるみたいだ。彼女にゆかりんと呼ばれた由香は少し微妙な顔をしている。その様子を見たちひろはすぐにフォローしようと口を開く。
「あら?お気に召さない?だったら考えるけど」
「いえ、ゆかりんでいいです。何だか可愛いですし」
「そ、良かった」
どうやら由香自身、ニックネームで呼ばれるのはまんざらでもなかったらしい。ただ、突然言われたので戸惑ってしまっただけのようだった。
ニックネームを気に入ってもらえて、ちひろは安心したような顔になる。そんなやり取りを横目で見ながらシュウトは依頼書を読み進んでいく。
「今度は食い逃げじゃないんですね」
「食い逃げはほら、あなた達に邪魔されてから方向転換したようね。誰かの入れ知恵か、今度は万引きした物品を転売して生活費に変えているみたい」
そう、あれからパルマの食い逃げはぱったりと止んでいた。渡された資料にもパルマの食い逃げ犯罪があの日を境に途絶えた事を記している。
この結果を見てやっぱり自分達が動いた事は無駄じゃなかったとシュウトは思った。
けれど、それでまた別の犯罪に手を染めているのだから懲りないと言うか何と言うか――やはり相手は犯罪者集団なんだと彼は認識を新たにする。
依頼書を読み進めながらシュウトはひちろに質問した。
「それで、被害はどの程度広がっているんですか」
「依頼書の資料の部分を読んでもらえれば分かるけど……」
彼がそのページを開くとにゅっと横から由香が覗き込んで来る。彼女の顔が近過ぎて恥ずかしくなったシュウトは依頼書を彼女側に動かした。
そこに書かれているデータを食い入る様に読み進んだ由香はつぶやくように喋り始める。
「現在の被害状況は6店舗……事件発覚して4日でこのペース。また食い逃げみたいに被害がどんどん広がる可能性も高いですね」
「お、ゆかりんはこう言うの得意系?良かったじゃんシュウ君。いい仕事仲間が見つかって」
この由香の言葉にちひろは感心してシュウトに話を振って来た。その言葉を受けて彼は戸惑いながら今の心境を口にする。
「えっと……まだよく分からないです」
シュウトからしてみればまだ由香の実力は未知数で、軽々しく何か言う事は出来ないと言うのが本音だった。この言葉を受けてちひろは彼を励ますようにニッコリ笑いながら口を開く。
「これから一緒に仕事をしていく内にお互いをよく知ればいいのよ。大丈夫、若い子にはたっぷりの時間があるんだから!」
「そう言う事言うとまるでちひろさんはもう若くないみたいですよ」
この時シュウトは軽いツッコミのつもりでそう発言したのだけど、女性にとって失礼な発言だと言う事に気付いていなかった。自分の言葉で場が凍りついたと知るのはその後のこのちひろの反応からだった。
「あ、そう言う事言うんだ……ふーん」
「え、いやそのあの……」
「今のは陣内君が悪い」
この2対1の数の力で自らの過ちを自覚したシュウトはすぐにこの雰囲気を戻そうと速攻でちひろに謝った。
「う……ごめんなさい」
「ま、いいわ。それで許してあげる。じゃあ、後はよろしくね~」
謝罪の言葉を受け取ったちひろはすぐに彼を許し、そうしてそのまま颯爽と喫茶店を出ていった。この反応からしてシュウトは軽くからかわれた事が判明する。それでも雰囲気が戻った事が彼をひと安堵させていた。
店を出るちひろを目で追いながら由香はそれに対して感想を口にする。
「本当に丸投げなんだね」
「それだけ信頼してくれてるんだよ」
「へぇぇ……」
ちひろがいなくなった事で静かになった店内で運ばれたコーヒーを2人並んで飲んだ後、この状況に耐えられなくなったシュウトが彼女に声をかける。
「じゃあ、で、出よっか」
そう、シュウトは女子と2人並んで座ると言う行為に限界が来ていたのだ。学校の席なら平気なものの、こんな喫茶店で同じテーブルに並んだ状況は慣れていないせいもあって、かなりの精神力を消耗していた。そんな彼の様子を何となく感じ取った由香はこのシュウトの言葉に従う事にする。
喫茶店を出て道を歩きながら由香は話の続きを再開した。
「確かあの人も私達と同じなんだよね。陣内君はあの人の中の異世界生物を見た事はあるの?」
「いや、ないけど」
「一体どんな子が入ってるんだろうね。可愛いのは間違いないだろうけど」
異世界生物を気軽にあの子と呼ぶ由香の精神力にシュウトは感心していた。その話の流れで彼は軽口を叩く。
「意外とおっさんが入っていたりしてね」
「見た目可愛くて中身おっさんって言うのもいいかも」
彼の冗談に由香は笑う。場は中々いい雰囲気になっていた。ただ、雑談をどれだけ続けても依頼の話は進まない。この状況に業を煮やしたユーイチがシュウトに話を急かす。
(雑談はいいから少しは依頼の話を……)
「分かってるって」
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