第33話 由香の初仕事 その3
気持ち的にはすぐにその事について詳しい話がしたかったものの、朝の教室でそんな話をする訳にも行かず、続きの話はいつもの昼休みの図書館まで持ち越される事になった。
そうして昼休みの図書室。相変わらすこの教室を利用する生徒はいなかったものの、万が一を考えて出入り口から死角になる奥の席に座ると、お約束のように2人はそこで作戦会議を開いた。
「今までの傾向から考えて候補はこの3店舗」
「分かった。有難う」
由香の提示した店舗はそれぞれが結構離れた3店舗だ。地図を見ながらひとつひとつ当たっていると結構時間がかかりそうだなとシュウトは思った。
彼が店を回る順番を検討していると由香がおもむろに口を開く。
「それとね……」
「?」
ここで彼女が口を挟むと想定していなかったシュウトはキョトンとした顔をする。彼は話しかけられたので地図から目を話して彼女の顔を見る。
何を話すのだろうと待ち構えてたシュウトに彼女が告げた言葉は彼を動揺させた。
「今回から私も参加するから。分業体制で行きましょ」
「え?でも危険じゃ……」
そう、彼女から出た言葉は自分も捜査?に参加させろと言うものだった。この言葉を聞いて真っ先にシュウトが思ったのはあんな危険な事を女子にさせる訳にはいかないと言うものだった。
しかしそう言う反応が返ってくるのを予め予想していた由香はシュウトの言いかけた言葉を遮って声を上げる。
「いい?私ももうシンクロ出来るの!か弱い女子じゃないの!律儀に一軒一軒廻ってそのせいで取り逃すなんて事にさせたくないの!」
静かな図書室内に彼女の声が大きく響く。幸い図書室は2人以外誰もいなかったので怒られる事はなかった。その勢いにこの事件にかける意気込みを感じたシュウトは彼女に対して条件付きでその訴えを聞き入れる事にする。
「じゃあ、何かあったらすぐに連絡する事。全部ひとりで対処しないようにしないように」
この言葉が気に障ったのか由香はシュウトに向けて声を荒げた。
「それは私からも言えるんだけど!そっちだって単独では動かないって約束出来る?」
彼女にそう言われてに逆にやり込められたシュウトは渋々その条件を飲む事になった。
「分かったよ。じゃあそう言う事で」
放課後、2人は早速彼女の提示した店舗に向かう。まずは3店舗の真ん中あたりまで移動してそこで別れる事になった。
「では、行きますか」
シュウトは由香に声をかける。すると彼女は今回の作戦の詳細の説明を始める。
「万引き発生時刻は多少のばらつきはあるけど、夕方5時以降は発生してないから放課後に抑えられるとしたら1件のみ。しかも全員で万引きしているから、うまく行けば全員捕まえられるかも。気合い入れなきゃだね」
由香は自分の立案した作品だからなのかやたらと気合が入っていた。その様子に少し不安を感じたシュウトは彼女に念を押すように言う。
「もう一度言っとくけど無理は厳禁だから」
この言葉を何度も聞かされて由香は気を悪くした。すぐに頬を膨らませてシュウトに抗議をする。
「私、そんなキャラに見える?」
「いや……見えないけど。人は見かけによらないし」
シュウトは彼女を怒らせてしまって言い訳に必死になった。この彼の言葉を受けて由香は逆にシュウトを攻撃する。
「私から言わせてもらえば、陣内君の方が心配だよ」
この言葉を聞いたシュウトは彼女を安心させる為にと敵と会った時の対処の説明をした。
「敵を見つけた後はユーイチの仕事だからそこは心配しなくていいよ」
「それを言うなら私だって実力行使はユウキの担当だから」
シュウトの言い訳を聞いた由香はそう言って笑う。なる程、言われてみればそうか、と彼は納得した。その言葉を引き出す為に彼女は自分を責めたのかも知れないと改めて由香の頭の回転に感心するのだった。
話も終わったと言う事で改めてシュウトは彼女に声をかける。
「じゃ、行こう!」
さあ、今日の仕事の始まりだ。由香と別れたシュウトは自分の持ち場の店舗へと向かった。
それでもやっぱり今日が初仕事の彼女の事が心配になる訳で――歩きながらその事をつぶやいていた。
「大丈夫かな?近藤さん……」
(彼女は結構しっかりしているし、ユウキもついている。問題はないはずだ)
ユーイチはユーイチで彼女の中にいるユウキって人を信頼しているみたいだった。彼女の事を全く知らないシュウトはユーイチにその事について質問をする。
「ユウキって人は結構強いの?」
(ああ、彼女の腕は相当なものだ。しかも決して危険な橋は渡らない。無茶とは無縁だよ)
「そっか、ユーイチがそこまで言うなら信用するよ」
ユーイチの元で一緒に働いていたらしい彼女。彼女をよく知っているユーイチがそう言うのならきっと大丈夫なんだとシュウトは納得した。
そうして会話をしている内に彼はそのお店の前までやって来た。そこは全国展開している大手100円ショップだ。事前に連絡を入れたのできっと問い合わせなどの作業も楽に進むだろう。
シュウトは店の前で軽く深呼吸をして息を整えると店に入っていった。
「さて、このお店でビンゴだといいんだけど」
店に入ると店内はお客さんで溢れかえっていた。軽く店内を見たところ、何か騒ぎがあった風な雰囲気は感じられない。一応念のため彼は店員さんに状況を聞いてみる事にする。
「あの、すみません。先程連絡した者なんですが、まだ被害は……」
「はい、えっと……、店長呼んできますね」
店員さんから言われた店長が来るまでの間、シュウトはもう一度店内を見渡していた。やはり店内の様子に異常は感じられない。ここは違うのかなと彼は思った。と、言う事はもしかして――。彼が最悪の結果を思い浮かべているとシュウトの前に店長が現れた。
「これはわざわざご足労頂き有難うございます。万引きの件ですが、今のところそう言った被害の報告はないですね」
「そうですか……分かりました。では失礼します」
当てが外れたとなるともうこの店に用はない。彼は店長と店員に時間を取らせたお礼を言うとすぐに店を後にする。さっき感じた最悪の想像が真実にならないようにとシュウトは足早に残ったあとひとつの店舗へと向かった。
「この時間帯に被害がないとなると、残りのお店かな」
彼が急いで店に向かっているところで急に携帯が鳴る。誰からからだろうと思いシュウトはすぐにスマホを取り出して電話の相手を確認した。
「!!!」
電話の相手は由香だった。ここで連絡して来たって事は――焦る気持ちを抑えながらシュウトはすぐにスマホを通話状態にする。すると彼が口を開ける前に彼女の方から一方的に話しかけて来た。
「見つけた!先に行くから!」
「え、ちょ……」
伝えたい事を伝えきった由香はこっちが何か言う前に直ぐに電話を切った。この態度にシュウトはユーイチにもう一度確認をする。例え由香が無鉄砲な事をしでかそうとしたとしても彼女の心の中のユウキが慎重派ならその行動を止めるだろうと思っていたからだ。
「ユーイチ、確かユウキって慎重なタイプだって……」
(それは間違ってはいない。ただ、これだと確信したら大胆な行動を取る事もよくあった!)
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