第28話 打ち明けたシュウトと新たな出会い その2

「先生!俺、急にお腹が……」


「しょうがないな、早く行って来い!」


 トイレに行くと見せかけて教室を飛び出したシュウトはすぐに学校の玄関へと急ぐ。それから靴を履き替えて急いで学校を飛び出した。目指すべき場所はあの例の工事現場。由香が最悪の結果を迎えてしまう前に何としてでも彼女を止めなくては!シュウトはその思いだけで懸命に走っていた。


「ふふ……まさかあの後すぐに学校を抜け出してすぐに現場に向かうなんて誰も思わないでしょうね」


 その頃彼女は例の工事現場を目指して歩いていた。すぐに行動に移したのは誰にも止められないようにする為。この作戦がうまく成功して由香はにこにこ顔の上機嫌だった。


「もうそろそろ陣内君も気付く頃かな?急がなくっちゃ」


 彼女は歩きながら時間を確認して、そろそろ彼が自分の作戦に気付いた頃だとひとり想像を巡らせていた。急ごうと言いながらもその足はさほど急ぐ気配を見せてはいない。何故ならもう目的地が目の前に迫っていたからだ。


「ここが、その工事現場……あれ?工事が中止になってる……」


 工事現場をその目で確認した由香はその雰囲気に少し違和感を覚えていた。確かにそこは工事の途中ではあったのだけど、何故か工事自体は中断されていたのだ。予算的な問題なのか、権利的な問題なのか、それとも――。その状態に微かな不信感を感じながら、彼女はその工事現場を調べ始める。


 工事が中断されていたおかげで無人になったその場所は素人でも存分に歩き放題の場所になっていた。

 シュウトからはこの工事現場のどの場所にゲートがあったのか具体的な場所までは聞いていなかったので、彼女は学校の校庭ほどあるその工事現場を隅から隅まで歩いて見て回っていた。


「別にどこも異常はないみたいだけどなぁ……」


 由香がそう独り言を言いながら歩いていると、その行動を咎める声が突然耳に届く。


「あなた、ここで何をしているの?」


「ひぃっ!ごめんなさいいいィィィィ!」


 この声に彼女は反射的に謝った。悪い事をしている自覚があった為、その声は悲鳴に近いものになっていた。


「いや、謝らなくていいから」


 由香の謝罪の絶叫にその声は冷静にツッコミを入れる。この言葉からその声は工事関係者のものではないようだ。怒られていない事が分かると彼女は少し落ち着いてその声の主を探した。

 キョロキョロ顔を動かすものの、それらしき人影はどこにも見当たらない。そこで彼女は改めてこの場所が最初から無人だった事を思い出した。


 誰も居ないのに声が聞こえるだなんて、何てミステリー。自分の霊感を信じていなかった彼女はふと視線を地面に下ろす。そこには声の主がちょこんと座っていた。お互いがお互いの存在を認識して、思わず2人は同時に声を上げる。


「えっ?」


「えっ?」


 その頃、仮病を使って学校を抜け出したシュウトは一路工事現場へと急いでいた。彼女が歩いて現場まで向かっているとしたら、走れば間に合うかも知れないとの思いでかなり本気で足を動かしている。彼は走りながら自分の鈍感さを悔やんでいた。


「参ったな、由香がここまで行動的だったなんて」


(敵の裏を掻く、彼女は策士だな)


「もう、余計な所で感心しなくていいよ!」


 焦るシュウトに対してユーイチは彼女の行動の素早さに感心している。その態度に彼は少しいらって来てしまっていた。何かあってからでは遅いとシュウトの頭の中はそればかりになっていた。


「とにかく、彼女が乗っ取られない事を願うばかりだよ!」


(同感だ!)


 2人の意見が一致した所で彼は工事現場へと近付いていた。ここまで来るのに彼女の姿は目に出来ていなかった。この事実から推測すると由香は既に工事現場まで来ている可能性が高い。最悪の展開を想像しながらシュウトは工事現場へと入っていく。

 そこで彼はついに無人の工事現場で佇む彼女の姿を確認する。由香の姿を目にしたシュウトは安心しつつ、思わず大声で叫んでいた。


「おーい!由香ーっ!」


(シュウト、見ろ!)


 ユーイチの忠告に彼がしっかり彼女の様子を確認すると、今まさに由香の体に異世界生物が入り込むところだった。この状況に彼も思わず声を上げる。


「あっ!」


 シュウトの声を聞いて彼女も彼の存在に気付いた。振り向いた由香は走ってくるシュウトを目にして思わず声を出していた。


「あっ!」


 彼女の体に異世界生物が完全に入り込むのを確認してユーイチも彼の心の中でつぶやいていた。


(ひと足遅かったか……)


「陣内君、私……」


 由香は取り敢えずこの状況を彼に説明しようとした。

 しかし異世界生物に心を乗っ取られようとしていると思い込んだシュウトに彼女の言葉は届かなかった。彼は由香に入り込んだ異世界生物を排除しようと素早く行動を開始する。


「シンクロ!」


「ちょ、待っ!」


 自分の話が聞こえていない事に焦る彼女に、彼女の中に入り込んだばかりの異世界生物が声をかけた。


(こっちもシンクロよ!)


「ええっ!」


 戸惑う由香に対し、彼女の中の異世界生物は強引にシンクロを始める。次の瞬間、彼女の意識と異世界生物の意識が逆転した。そしてその異世界生物を排除しようと思いっきり殴りかかって来たユーイチの攻撃を華麗なバックステップで回避する。


「外道生物!彼女から離れろ!」


「……やっと見つけた。ユーイチ、探したのよ!」


 由香に入り込んだ異世界生物は唐突にそう言い放った。ユーイチの名前を知っていると言う事はどうやら彼の知り合いらしい。

 しかし突然名指しされた側の彼は全く心当たりがないらしく、ファイティングポーズのまま呆然としている。


「え?君は……」


「自分の秘書を忘れた?私よ、ユウキ・ファルコ」


 彼女の中に入り込んだの異世界生物の名前はユウキ・ファルコと言う名前らしい。名前を聞いたユーイチは流石に記憶にあったらしく、警戒を解いて彼女から詳しい事情を聞こうと自分から話しかけた。


「何故君がここに?それよりも彼女との相性は……」


「由香との相性は抜群よ!会ってすぐにシンクロ出来たくらいだもの」


 ユウキの話によれば彼女と由香との相性は抜群らしい。つまり突然のシンクロも正しい方法で行えたと言う事だ。由香の意識は乗っ取られていない――それが分かっただけで心の中にいるシュウトもほっと胸をなでおろしていた。

 ユーイチはユウキと無事再会する事が出来てその思いを素直に口に出す。


「本当に君なのか……無事で良かった……」


 このユーイチの言葉を聞いてユウキは急に怒り出した。何か気に触る事を言ってしまったのだろう。


「何が無事で良かったよ!あの日は確かにみんなバラバラで逃げたけど……私はずっとあなたを探してたのよ!」


 この彼女の意見を右から左に流しつつ、まだまだ知りたい事があったユーイチはユウキに続けて質問をしていた。


「他のメンバーは?アマノやソルは……」


 他のメンバーの名前を耳にしてユウキの顔色が曇る。この様子から明るい返事は期待出来ないとユーイチは悟った。


「彼らとはあの日以来……。でも私達みたいにいつかゲートを越えるかも。って言うかもしかしたらもうこっちに全員いるのかもね」

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