第18話 秘密結社がやって来た 後編
「ようし……静かになったな。俺達はお前らに危害を加えるつもりはない……少々融通をしてもらいたいだけだ」
何も知らない内に迂闊な行動は出来ない。シュウトは犯人の話を聞きながら、冷静に状況を分析しようとしていた。
「俺達だって……また組織なのかな……」
(一緒に仲間が乗っている可能性もある……慎重に行こう)
犯人の要求に対して乗客のひとり、スーツ姿の男が彼に話しかける。
「な、何が目的なんだ!」
男に声をかけられた犯人はその方向をじろりと睨みながら、口角を歪め自分の目的を得意気に話した。
「俺達の目的は……金だ!この世界では金が全てだからな!」
「一体いくら必要なんだ!金額次第ではこちらで用意する」
「ほう、お前に払えるか?じゃあ6億ほど頂こうか」
「ろ、6億……だと?」
その余りに無茶な金額にスーツの男もその後は黙ってしまった。この犯人、この世界についてかなり調べてある。
シュウトは犯人のその要求を聞いて思った事を小さく呟いた。
「要求がむちゃくちゃだよ……融合者もかなりこの世界に馴染んで研究して来ているんだ」
(しっかり状況を観察するんだ……。不確定要素がある内は無闇に動かない方がいい)
「でもチャンスがあった時にすぐに動けるようにもう変身しとこうよ」
(分かった)
「シンクロ!」
何か起こった時に素早く行動出来るように変身して待機する。シュウトの考えに同意したユーイチはその場で入れ替わった。
しかしそれが犯人を刺激する結果にもなってしまった。
「ん?なんだ?お仲間がいるのか?」
車内の異変に気付いた犯人が警戒を強める。どうやら向こうは融合者の気配を察知する能力に長けているらしい。
このまま犯人が余計な動きをして他の乗客にまで被害が広がっては、ここまで慎重に行動していた意味がなくなる。
「仕方ない……」
ユーイチは犯人が気配を察知して動揺している今しかないと素早く飛び出した。融合者の強力な脚力は車内がまたパニックになる前に一気に車内を駆け抜け、犯人までの距離を縮めていた。
「てめ……っ!撃つぞ!」
「そうはさせない!」
突然のこの状況に対応が追いつかない犯人を前に、ユーイチは的確に奴の持つ銃を手刀ではたき落とした。
そうしてすぐにその手を握って背中に回し、取り押さえ見事に人質を開放させた。
その流れるような手際はまるで一流の舞踊のような滑らかさだった。
「うぐっ!」
「皆さん安心してください!こいつは……」
ユーイチが犯人確保を高らかに宣言しかけたその時だった。急にバスがドリフトをかましてその後に急ブレーキをかけて急停止した。
予想外のその時の衝撃でユーイチも犯人の腕を離してしまう。そしてそのまま遠心力で壁に打ち付けられ頭を強く打って気を失ってしまった。
「ふん、情けないぞマーヴォ」
そう犯人に声をかけたのは何とバスの運転手だった。中年太りの脂ぎったいかにもおっさんなこの男もまたグルだったのだ。
運転手にマーヴォと呼ばれたバスジャック犯はよろよろと立ち上がり、自分の危機を救った男の元へと歩み寄る。
「う、悪い……」
「出るぞ、計画の練り直しだ!」
「な、何で?」
「そいつがバスに同席していたのは多分偶然じゃない……情報が漏れているんだ。ここは引いた方が得策だ」
「くそっ!覚えてやがれっ!」
ユーイチにそう捨て台詞を吐いて、バスジャック犯2人はバスを降りてそのままどこかに逃走して行った。
バスはパチンコ屋の広い駐車場に入って停止していた。悪党がバスから去ったので取り敢えずこれで事件は解決したようだ。
ドリフト時に頭を打ったユーイチもやがてぼんやりと意識を取り戻した。
「あれ……」
「君のおかげで助かったよ!有難う!」
「あなたの名前は?」
「良かったら写真撮っていい?」
気が付くとこの危機を救ったヒーローとしてユーイチの周りに他の乗客が集まって来ていた。各々がそれぞれ彼に感謝の言葉を述べている。
しかしそんな状況に慣れていないユーイチはその場にいられなくなって、開いていたバスの出口から一目散に外に逃げ出した。
「いやその……さようならー!」
ユーイチは融合者パワーで超走って追いかけようとする乗客達を諦めさせた後、物陰に隠れてすぐに変身を解いた。
恐る恐るバスの止まった方を向いて状況を確認すると騒ぎを聞きつけたパトカーが数台停まっている。どうやら実況見分が始まっているようだ。
「あれ?そう言えばあのバスって運転手もグルだったんだっけ?放置したらまずいな」
落ち着いて冷静になったシュウトはこの事を早速上に報告した。この仕事をするようになって初めての失敗だった。
失敗の報告をする時は心が重い。でもちゃんと報告をしないとこの一件は終わらない、そう彼は思っていた。
「もしもし……あの、バスジャック犯は逃がしちゃったんだけど、バスが放置されちゃって……ええはい、運転手もグルだったんです」
シュウトは恐る恐るちひろに報告する。きっと怒られると思った彼の耳に届いたのは、いつもと変わらないテンションの彼女の声だった。
「ええ分かったわ、すぐに代わりの運転手の手配を……そっかぁパトカーもう来ちゃったかぁ。うん、じゃあ代わりの運転手は彼らに任せたんでいいわね。えっと、それでもう大丈夫?怪我してない?あ、うん、いいのよ失敗は誰にだってあるんだから」
怒られるどころか慰められて心配されたシュウトは、ほっとひとつため息を付いていつもの調子で今思っている事を彼女に尋ねていた。
「結局アレは何だったんですか」
「こっちの情報では彼らは秘密結社ユードルと名乗っているみたい……。けど全然大きな組織じゃないの。全然小物。多分今度何か事件を起こしたらその時はきっと捕まえられるわよ!今回は確かにちょっと油断があったかも知れないけど、どうか気を落とさないでね」
「あ、有難うございます」
流石政府の特殊機関だけあって、やはりバスジャック犯の所属組織までしっかり把握されていた。ちょっと聞くとすぐに答えが返って来たその手際の良さにシュウトは謎の感動を覚えていた。
そこまで話して少し気になる疑問が浮かんで来たので、彼はついその事を彼女に追加で質問する。
「あ、あの……作戦は失敗したからその……報酬は、ない……ですよね……」
「何気にしているのよ!バスジャックの被害を未然に防いだんだからお手柄よ!タダ働きにさせる訳がないじゃない」
「あ、あざーっす!」
どうやら事件自体は防げたので、報酬は発生するようだ。タダ働きにはならずに済んでシュウトはほうっと胸を撫で下ろした。
このバスジャックはテレビでも話題になっていた。犯人を見事な手際で倒した謎の少年がその後すぐに姿を消した事で、やがてそれは地元の七不思議のひとつにまでなっていったるするのだけれど、この話とは関係ないので敢えて深くは追求はしないでおこう。
シュウトは自分が噂の当事者になっている事も知らずに、また普通の生活に戻っていくのだった。
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