秘密結社がやって来た

第17話 秘密結社がやって来た 前編

「今向かってます。はい」


 連絡を受けて急遽シュウトはバス停に向かっている。こんな事は初めてだった。いつもはまず例の喫茶店で依頼の資料を受け取って、そこで検討してからその依頼を受けるかどうかを決めている。基本的に断る事はないんだけど。

 けれど今回はいきなり彼に直接電話がかかって来た。どうやら緊急を要する要件らしい。その日が休日だった事もあり、シュウトは電話の内容を受けすぐに準備して指定のバス停へと急ぐ。――間違えてはいけないので現場に近付いたところで彼はもう一度電話をして確認を取っていた。


「えっと、このバスに乗ればいいんですね」


 バス停と乗るべき時間帯の便を確認してシュウトは一応電話を切った。ここから先は怪しまれないために電話はしない方がいいだろうとの判断だ。しばらくするとちょうどそのバスがバス停に向かってくるのが目に入って来た。このバス停でそのバスを待っているのはシュウトただひとり。

 彼は怪しまれる事がないように極自然に一般のバスの乗客としてそのバスに乗り込んだ。周りからはどう見えていたのか分からないけれど。


 バスに乗り込んだシュウトは一通り車内を見渡して観察した後、空いている席の中で一番後ろの席を選んで座った。バスの様子を見るには出来るだけ後部の座席に座るのが一番だからだ。

 残念ながら一番後ろの席は人気で埋まっていたので、そのひとつ手前の右側の窓側の席に彼は座った。


「この中の誰がそうなんだろう?」


 依頼の電話ではこのバスに融合者が乗っていて、何か事件を起こすかも知れないとの事。事件は起こるか起こらないか不確定要素も大きいので一応終点まで乗っていて欲しいと言うものだった。見た所どこにも異常のないバスの車内は今のところ平穏そのものだった。

 普段バスに乗る習慣のないシュウトは長時間バスに揺られている内に段々睡魔に襲われていく――。


「うう……眠い……」


(緊張感がないな……しっかりするんだ)


 電車でもバスでもそうだけど、一度眠気に襲われるとそれに抗うのは難しい。そう言う時に自分の体の中にユーイチのような別人格がいると言うのはとても有り難い事だった。本体が眠気に襲われても、こうして起こしてくれるからだ。勿論この別人格も同様に眠気に襲われては意味がない事になる訳だけど。

 シュウトはユーイチに起こされつつも襲い来る眠気につい負けそうになってしまう。そこで彼に提案をした。この眠気に負けないようにする為に。


「そうだ、何か話をしようよ……。俺、車に乗るとすぐに眠くなるんだ」


(話とは言ってもな……)


 ただ話をしろと言われても、事前に話題を用意でもしていない限りは簡単に話なんて出来るものでもない。話を持ちかけられたユーイチは何も話を思いつかなかったらしく、そのまま沈黙してしまった。それで困るのは今にも寝てしまいそうなシュウトだ。仕方がないので彼は前から聞きたかった話をユーイチに振ってみた。


「そうだ、ユーイチが作った組織の話をしようよ」


(ランランの事か……余り思い出したくはないな……)


 このシュウトの提案に対してユーイチはあまり乗り気ではない返事をした。どうやらこの話題は彼にとって思い出したくない話題のようだ。

 そんなユーイチの心情などお構いなしにシュウトは話を続ける。眠気と格闘中の今の彼に空気を読むと言う高等技術は使えないようだ。


「何人くらいいたの?」


(あんまり数は多くなかった……。多い時でも30人位だったか)


 乗り気ではなかったものの、話をやめてくれないので仕方なくユーイチは答える。

 シュウトはこの答えを聞いて思った事を素直に口にした。


「もうその人達とは連絡取れないの?」


(ああ、組織が壊滅した時にバラバラで逃げたからな……みんな無事だといいけど)


 そう話すユーイチの声はどこか寂しそうだった。自分の作り上げた組織が悲惨な末路を辿ったのだから当然と言えば当然の話だ。

 シュウトはこの返事に対して彼を心配するでなく全く別の事に興味を抱いていた。


「潰されたって事はそれだけ影響力があったって事でしょ。結構支持されてたんじゃない?」


(確かに……ある調査では支持率30%だった事もある)


「反政府運動でそこまで支持されていたら確かに危険分子扱いされるかも」


 ユーイチの言葉にそう言ってシュウトはひとり納得する。

 けれどその言葉に対してユーイチは組織が壊滅した理由は別の所にあると分析していた。


(だが、あれはもっと別の組織を刺激したが故の結果だったんだ……)


「えっ?」


(この世界だから言うが……向こうの世界には世界を牛耳るような裏の組織があって……私達の組織は彼らを刺激してしまった)


 ユーイチの口から語られた真相はまるで陰謀論の世界の話だった。やはり知的生命体が歴史を重ねるとそう言う組織が生まれてしまうのは歴史の必然として当然の事なのだろうか?

 シュウトは彼のこの話を聞いて、この世界にもあると噂されている裏組織の事を連想していた。


「この世界にも似た組織はあるって噂されているよ……。へぇぇ……向こうの世界にもあるんだね」


(こちらの世界の諺にあるが「出る杭は打たれる」と言う事だろうな……)


 ユーイチはそう言って過去の自分の行いを分析していた。流石にこの言葉聞いてシュウトもすぐには言葉が出なかった。

 しばらくの沈黙の後、それでも何かを話さなきゃと思った彼は一言だけ呟いた。


「後悔してる?」


(反省するべき所は沢山あるけど、行動を起こした事に後悔はないよ)


「おお……すごい」


 自分の行動に悔いはないと言うこの返事を聞いてシュウトは素直に感動していた。

 2人がそんな会話を続けていた時、事件は突然起こった。最初は一番前の座席のお客さんのざわめきだった。


「な、何っ!」


「お前ら大人しくしろっ!」


 急にお客さんのひとりが立ち上がり、隣りに座っていた人を人質に大声で叫んだ。この行動に車内はすぐにパニックになった。

 犯人は銃を片手に脅迫をしている。この事件は今シュウト達が警戒していたものと何か関係があるのだろうか。

 シュウトは念の為に座席から降りて身を隠すようにして身をかがめながら様子を窺う。


「まさか……バスジャック?!」


「うわーっ!」

「キャーッ!」

「た、助けてっ!」


 冷静に様子を窺うシュウトとは対象的に、他の乗客はみんなパニックになっていた。バスに乗る時点でこの事態を予測していたのは多分シュウトひとりだけだったのだろう。

 しかしこうなる恐れがあったとは言え、起こってしまった後どう対処していいか彼にそのノウハウはない。

 シュウトはもう一人の同居者にこの事態に対してのアドバイスを求めた。


「ど、どうしよう……」


(あいつの目を見ろ……融合者だ)


「そうか……目の色を見れば判断出来るんだ」


 座席の影に隠れながらシュウトは犯人の顔を慎重に覗き込む。確かに犯人の目は通常の目とは違っていた。瞳孔の周りに太陽のコロナのような謎の光のゆらめきがある。それが融合者の目印になる事をシュウトは初めてここで認識した。


 車内のパニックは暫く続いたものの、犯人が睨みを効かせつつ大きな動きを取らなかった事でやがて徐々に騒ぎは小さくなっていった。

 その状況を確認した犯人がゆっくりと車内を見渡しながら口を開く。

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