ヤのつく人達かな?
第19話 ヤのつく人達かな? 前編
「えっ?すみませんもう一度お願いします」
シュウトは依頼の連絡を受けてその場所へと急いでいる。今回も何故か喫茶店での打ち合わせはなしだった。
いきなり電話を受けてその指示の通りに動いている。これからはそう言うパターンも多くなるのだろうか?
シュウトは今後のこの仕事に少し不安を覚え始めていた。
「だからシュウ君には今から私が言うアパートに行ってもらいます。大丈夫、そんな怪しい案件じゃないから」
「そのアパートで何をするんですか?」
「私達がそこに一室借りているのよ。その部屋にいるだけでいいわ。後は多分事態が勝手に進んでいくから」
あまりにもアバウトなその依頼にシュウトは少し呆れてしまった。仮にも政府の組織の仕事がそんな雑なものでいいのだろうか。
事前情報があまりにもなさ過ぎるのにそれで信頼して仕事をしろと言うのも酷な話だ。話が悪い方向に進んだ時、どう責任をとってくれるって言うんだろう?
「本当に大丈夫なんですよね?」
「大丈夫大丈夫!何か問題が起こってもその時の判断でよろしくね」
「何か起こったらすぐに電話しますからね!」
ちひろの雑な説明にシュウトはキレ気味に返事をした。その後の反応ものらりくらり――結局場所以外の情報は詳しく聞き出す事は出来なかった。
でも彼女が本当に危険な案件をその情報を隠して依頼するはずがないって思っていたので、ここはまずその話を信用する事に。
スマホの地図情報を頼りに依頼のあった場所に辿り着くと、彼を待っていたのは年代物のとても古いアパートだった。
「ここかぁ……今にも崩れそうな典型的なボロアパートだなぁ……」
(だがこれも仕事だ)
「分かってるよ……報酬が出るんだからその金額分は頑張らないと」
ユーイチに正論を吐かれ、取り敢えずシュウトは該当の部屋へと向かう。一階の一番端の部屋が指定された場所だった。
朽ちかけたこのアパートは人の気配が全然ない。他の住人はとっくに引き払っているみたいだった。
あまりに寂しいこの雰囲気には流石のシュウトも少し不気味に感じていた。時間が昼間じゃなかったら引き返したかも知れない。
依頼の電話の情報通りに部屋の鍵は近くに置いてある植木鉢の下に入ってあった。
「えっと確か鍵はこの場所に……あった」
不用心と言えば不用心だけど、こう言うのが成り立つくらいここら辺一帯の治安はいいと言う事なのだろう。
手に入れた鍵を使ってシュウトは早速ドアを開けてその部屋に入った。カチャリと言う音と共にそのドアは簡単に開いた。
この手の古いアパートだと建物に変に癖がついて鍵も簡単に開かない、なんて事もあるらしいから、その点このアパートはそこそこ管理が行き届いていると言う事なのだろう。
部屋に入るとシュウトは室内の様子を見て呆気にとられてしまった。驚くほど何もなかったからだ。
つまりは部屋を借りていただけだったのだろう。住む為に借りた訳じゃないのがひと目で分かった。
この部屋が借りられていると言う事実の為だけに使われている――シュウトはそう直感した。
「うーん、見事に何もないぞ……ここで取り敢えず一日過ごすのか……ゲームとかお菓子とか持ってくれば良かった」
(君は学生なんだから一番必要なのは勉強道具だろう?)
「ユーイチは真面目だなあ」
何もない部屋を見渡しながらシュウトが嘆くとユーイチがツッコミを入れて来た。依頼の内容が必要最低限過ぎて、事前に何も準備出来ていなかったからする事が何もない。暇を潰す方法がひとつもなければ退屈さは軽い憂鬱になるほどだ。
手ぶらでやって来たシュウトに残された唯一の暇潰しの道具は手にしているスマホだけだった。
「スマホでゲームしてもいいけど充電がすぐに減るのは嫌だな……やっぱ何もない部屋で過ごす定番と言えば……昼寝だね!」
(いきなり寝てしまうのか?それよりももっと……)
ユーイチの忠告も軽く無視してシュウトはこの何もない部屋に寝転がって昼寝を決め込んだ。具合の良さそうな四畳半の畳の部屋に寝転がると彼はあっと言う間に夢の世界へ――。
今回久しぶりの昼寝だったせいなのか、またしても彼は不思議な夢の中に足を踏み入れていた。
「この夢……またユーイチとシンクロした?」
「どうやらそうらしいぞ」
夢の中に猫のユーイチが待ち構えている。この手の夢は最近ほとんど見なくなっていただけに、ユーイチはそれが嬉しかったりした。
自分の言葉をことごとく無視されたユーイチは不服そうな顔をしていたけれど。
「何か話そうか?」
「今までも散々話して今更改まって話す事って言っても……」
「いいんだよ、雑談雑談♪」
シュウトはとても楽しそうに笑う。ユーイチは何故彼がそこまで楽しそうにしているのか分からなかった。
しかしその答えは実に簡単な事だった。シュウトはユーイチを抱きかかえてこう言った。
「ふふ、本当にユーイチは可愛いなぁ」
「バッ、降ろしてくれ……私は愛玩動物じゃない」
「うん、ごめんごめん……でもどう見ても猫なんだもん仕方ないよ」
そう、シュウトは猫姿のユーイチとじゃれ合えるのが嬉しかったのだ。猫好きだけど母親の猫アレルギーで猫の飼えない彼にとって猫姿のユーイチはとっておきのかわいいペットなのだ。例え真実がそうでなかったとしても。
愛玩動物扱いされている当のユーイチにとってそれは余り気分の良いものではない。何とかこの状況を回避しようとすぐに今回の依頼についての話をしようとした。
「まず今回の依頼をもう一度確認しないか?ここでただ昼寝するだけ、ではなかったはずだ」
流石にシュウトも今回の依頼については不安要素が大きかったので、このユーイチの話に素直に頷いていた。
ユーイチを抱きかかえたままなのは変わらなかったけど――。
「確かこの部屋に融合者が来るから情報を引き出す……んだったよね。いつの間にかこの世界に馴染む融合者が増えているって……ちょっと怖いあ」
「良心的な者なら問題はないのだろうが、現時点でわざわざゲートを抜けてまで来る奴に碌なのはいない」
ユーイチはそう言ってゲートを抜けてこちらの世界にやって来る異世界生物についての見解をシュウトに語った。
言われてみればユーイチだって政治犯だ。彼が犯罪者で追われる立場でなければ、こちらの世界に来る事もなかっただろう。
シュウトはこの話の中でふと頭に浮かんだ疑問をユーイチにぶつけた。
「そこだよ!ゲートを抜けるのってそんなに危険なものなの?」
「当然だ、何しろ我々はこちらでは1時間ほどしか体が持たない……」
「それはこっちの世界についてからの話でしょ?俺が言いたいのはゲートを抜ける瞬間の話だよ」
異世界生物がゲートを使ってこちらの世界にやって来る――それがどのくらいの事なのかシュウトは知りたくなったのだ。
ホイホイ簡単に出入り出来るのか、それともかなり心身に負担がかかるのか……。彼にとっては未知の事だけに少し鼻息が荒くなっている。
その興奮したシュウトの様子を見て、ユーイチはため息混じりにその困難さを彼に説明した。
「当然全く違う世界を繋いでいるのだから体に掛かる負荷はそれはもう大変なものだぞ……体質次第では死んでしまうほどのプレッシャーが掛かる」
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