第11話 司法取引 前編

「君の中のいるのは向こうの世界の政治犯だろう?」


「え……」


 この言葉にシュウトは愕然とした。家族以外の誰にも話した事のない秘密がすっかり外部にバレている。流石は政府の秘密組織?の人間は違うと彼は思った。


「こちらとしてもちゃんと調べは付いている」


「あの……」


 シュウトはユーイチの事がバレている事を知って焦ってしまった。確か政治犯を匿うって事は結構な罪だったはず。

 もしかしたら自分もそんな罪に問われるのではないかと――その雰囲気を察して慶一郎はシュウトを安心させようとフォローを入れる。


「何もそれでどうこうしようと言う話ではないよ……。取り締まる法律もないから犯罪じゃない」


「あ、はい」


「ただ……だとしてもこちらとしても見過ごせない情勢になって来たんだ」


「?」


 ひとまず安心させながらその後に不安を煽っていくスタイル。そりゃ何も問題ないならわざわざ家まで押しかけるくる事もないよね。

 シュウトは慶一郎の言葉をただ黙って聞くしかなかった。


「アチラ側の使者が私達に接触して来てね……」


 ごくり……。


 真剣な顔でシュウトを見つめる慶一郎。その気迫にシュウトは思わず唾を飲み込んだ。


「政治犯の引き渡しを要求して来た」


「そんな……」


 慶一郎のその言葉にシュウトはショックを受けていた。折角ユーイチと仲良くなって来たのに、ここで別れるだなんて……。

 そりゃあ向こうで犯罪を犯していたとは言え、彼の話を信じれば誰かを傷つけた訳じゃない――。それを止められるならそうしたいとシュウトは思った。


「それで、まず私達は彼が危険な人物かどうか調査していたんだ」


「あの……」


「最後まで話をさせてくれ……私達の調査で彼は危険ではないとこちらでは判断したんだ」


 ホッ……。


 慶一郎の言葉にシュウトは胸を撫で下ろした。この話の流れだと、どうやら引き渡しの話は何とかなりそうだった。そしてその様子を見ながら慶一郎は話の本題に入っていく。


「今後、私達に協力してくれるなら引き渡しは待ってもらうよう交渉するつもりだ」


「は?」


 慶一郎がわざわざシュウトに会いに来た理由。それは引き渡しを止める条件にシュウトに何かさせようと言う事だった。余りに自然な話の流れだったものの、シュウトはすぐにその違和感に気が付く。

 勿論この流れで行くなら、慶一郎がシュウトに頼みたい事も容易に想像出来た。


「もう体験したから知っていると思うが、最近異生物絡みの事件が多発している」


「そうですね」


「その事件解決に協力してはもらえないだろうか」


「ええ……っと……」


 やっぱり!とシュウトは思った。それ自体はシュウトにとっても予想通りの展開ではあった。この慶一郎の提案にシュウトはしばらく考え込む。


「これは任意だ……無理ならば拒否してくれて構わない」


「でもそれだと……」


「君の中の異生物の引き渡しの件については、再考せざるを得なくなる」


 ユーイチの事を天秤にかけられてしまうとシュウトも拒否し辛くなる。第一、もうユーイチの事は彼らに知られてしまっている――逃げようがない。

 シュウトは答えを出すために、大事な事を答えを待つ慶一郎に質問した。


「信用していいんですか」


「私の事かい」


「あなたじゃない、向こう側の使者の事です」


 シュウトは真剣な顔で慶一郎に質問する。向こうの使者が信用出来ない限り、この申し出には乗れないと。

 このシュウトの言葉に慶一郎は自信を持った顔で答えた。


「ああ、それは大丈夫だろう……何なら直接話すかい?」


「えっ?」


「そうだ……私も君と一緒だよ」


 君と一緒……この言葉から想像する事が正しければ、慶一郎もまた心の中に異生物がいると言う事になる。

 じゃあ向こうの世界からの不法侵入者も慶一郎が対処する事も可能ではないのか。

 シュウトがそう思ったのも自然な流れだった。


「それじゃあ、貴方自身で対処すれば」


「ふぅ……、君はまだ事態の大きさが分かっていない」


「な……っ」


 慶一郎のその言葉がシュウトには馬鹿にされたように聞こえた。何で自分が馬鹿にされなければいけないのかとシュウトは思った。

 その様子を見て慶一郎はシュウトにそうしなければならない現状を話す。


「いいかい?ゲートを通じて現れた不法侵入者は現在100を超える……それが今も増え続けているんだ。我々だけではとても対処しきれない」


「そんなに……」


 シュウトは慶一郎から不法侵入者の数を聞いて愕然とした。もしそれが事実なら、対応する人数もそれ相応の数を揃えないとならないだろう。

 政府側に異生物を心に宿す人材がどれほどいるか分からないけど、多分そんなに多くはないはず――。

 その事情を知ると、シュウトも知らない素振りは出来ない気がして来た。あんなバケモノが多数街をうろつくようにでもなったら、被害はかなりの物になるだろう。


「どうだろう?我々を助けてくれないだろうか」


「どうしよう?」


 話が話なのでシュウトはユーイチに相談する。これはシュウトだけで答えられる問題ではなかったからだ。


(シュウト、その使者の名前を聞いてくれないか?)


 ずっと黙って話を聞いていたユーイチはシュウトにそう頼んだ。そうだ、まず一番大事なのはその使者が信用に足るかどうかだ。

 ユーイチの言葉を受けてシュウトは慶一郎に質問する。


「うん……あの平山さん……」


「何かな?」


「平山さんの中にいるのはどう言った人なんですか?」


「はは……その話かい」


 慶一郎はそう言って笑った。シュウトは誤魔化されてはいけないと語気を強めて話した。


「教えて下さい!」


「ああ、いいだろう。私の中にいるのは……ウラト・ウララ。こう言えば分かるかな?」


 シュウトの訴えに慶一郎は何も秘密にする事なく正直にその人物の名前を話してくれた。その名前を聞いてユーイチは動揺する。


(ウララ!)


 どうやら、ユーイチにとってその人物はかなり因縁のある存在らしい……。


「ユーイチ、知ってるの?」


(シュウト、間違いない……。ウララは政府のエージェントだ。私の組織を潰した張本人だ)


「え……っ?」


 なんと、慶一郎の心に宿っている存在はユーイチにとって宿敵とも呼べる存在だった。これで彼の話の信憑性は証明された事になる。

 何故なら、ユーイチしか知らない情報を慶一郎は持っていたのだから。


「信用してくれたかな?」


 シュウトの反応を見て慶一郎は不敵に笑う。一段落ついた彼は出されていたコーヒーをひとくちゆっくりと口に含んだ。


「どうしよう?」


 落ち着く慶一郎に対して決断に悩むシュウト。ユーイチはその様子を見てひとつの決断をする。


(シュウト、変わってくれ……)


「変わる?」


(ウララと直接話がしたい)


「そか……そうだね」


 心の中の異生物と話す時、その会話は人間の喋った言葉しか周りには聞こえない。つまり、周りから見れば心の中の異生物との会話はただ独り言を喋っているちょっと危ない人な訳だ。

 他人から2人がどんな会話をしているかを知るには、その様子を聞いて察するしかない。何か話しているシュウトの様子を察して慶一郎は彼に声をかけた。


「どうしたのかな?」


「あの――俺の中の異生物――ユーイチがウララ……さんと直接話がしたいと……」


「ほう?じゃあ私も入れ替わろう」


「お願いします……」


 本当はもう一つ方法はあって――異生物に体の外に出てもらえば心を入れ替えなくても全員で会話が出来るのだけど、この時のシュウトはすっかりその方法が頭からすっぽり抜け落ちてしまっていた。

 けれど慶一郎も快くこのシュウトの提案に乗ってくれたから何も問題はなかった。2人はお互いに体を入れ替わる合図の言葉をタイミング良く宣言する。


「チェンジ」


「シンクロ!」


 お互いの合図の言葉と共に体が入れ替わった2人。その瞬間、急に雰囲気は代わり、応接室に少しばかり緊張感が漂い始めた。

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