力が欲しいよ

第7話 力が欲しいよ 前編

「う、うわあああ!」


 例のチンピラ異生物に乗っ取られた元工事関係者が地元のチンピラを襲っていた。

 彼は悪党独自の同族センスを働かせて、こっちの世界の悪党を自分の支配下に置こうと行動を起こしていたのだ。

 しかし同じ事を考えている先輩方も多数いたようで――こっちの世界で同族同士の戦いに発展する事も珍しくはなくなっていた。


「よう新入りさんよう……無茶な事はやめてくれんかね?」


「何だ貴様……?」


 その時、元工事関係者の前に現れるそれっぽい風貌の男……。こいつはやばそうだと元工事関係者は直感でそれ感じ取った。元工事関係者を取り込んだこのチンピラ異界生物は実は向こうの世界で居場所をなくしたただの下っ端。

 ここで同じ存在の実力者と戦ったら勝てる見込みなど全くないのだ。


「分からんか?」


「……くっ!」


 大物の雰囲気に当てられた元工事関係者はすぐに逃げていった。こちらの世界も弱肉強食なのは絶対の真理のようだ。


 しかし彼を紹介する時に何度も元工事関係者と呼ぶのも面倒だな。今度から彼が出て来たら男Aと呼称するようにしよう、うん。


「陣内君!」


「ん?」


 場所は変わってシュウトの通う中学校。昼休み、自分達しかいない図書室で急に由香に呼び止められた。


「あの……最近何かあった?」


「……いや?」


 由香は自分の言葉がすぐに否定されて次の言葉が出なくなってしまった。シュウトは彼女の様子を特に気にするでもなく、そのまま図書室から出て行った。

 そしてその様子を由香はただ見送るだけだった。


「やっぱり……聞かなくてもいいか」


 シュウトが何かおかしくなっているのは間違いない――けれどどうしてもそこから一歩踏み出して聞く勇気が彼女にはなかった。

 別にその理由を聞いてそれで何かを企んでいるとかそんな事ではなく、ただおかしくなったその理由を知りたいと言うだけだったから。

 それとそれを自分の書く小説に生かせれば、自作の小説内設定も少しは説得力も増すかな?って言う程度で。


「もしかして何か気付かれたかな?」


 図書室から教室に戻りながら、シュウトはさっきの由香の様子に違和感を感じていた。ユーイチは気付かれた時の彼の行動が気になった。


(その時は……?)


「そりゃ誤魔化すけど……」


(そうしてくれると有難い)


 このシュウトの答えにユーイチは安心する。誰かに話してユーイチの存在が周りにどんどん漏れていけば、やがて彼はこの世界にも居場所がなくなる。

 自身の身の安全の為には自分の存在は極力秘密にされなければならなかった。そしてその事をシュウトもしっかり理解している事がユーイチには嬉しかった。


「大丈夫だって!そう簡単に気付かれやしないよ!」


 シュウトはそう言ってユーイチの心配を払拭するように笑う。改めていいパートナーに出会えて良かったとその時ユーイチは思った。



 それから時間はあっと言う間に過ぎて舞台は放課後へ。シュウトは今日もコンビニに寄ろうと、まっすぐ家に帰らずに商店街の方へ歩き出していた。

 この商店街はそれなりのお店が揃っている結構便利な所だ。大型スーパーが郊外に出来て客足は減って来てはいるけれど、昔からのお得意さんや商店街の雰囲気が好きな人達が通っていて、シャッター店舗の割合も今時の地方都市にしては珍しく一割ないくらいだった。


 シュウトはそこの一角のコンビニを贔屓にしているのだが、今回は見慣れない人物に出会ってしまう。

 平日の帰宅部の帰宅時間は普通の人はまだ仕事をしている時間帯――それなのにその人物は仕事着のままそこにいた。

 そう、その人物こそ異界生物に乗っ取られたあの元工事関係者……男Aだ。


(見慣れないおっさんがいるな……)


 最初、シュウトはその男Aを無視していた。

 けれど男Aの方がシュウトを無視しなかった。


「おい」


「……」


「おい!」


「……」


 声をかけているのに無視されて男Aは切れた。急に大声を上げてシュウトを呼び止める。


『おいっつてんだろが!』


「え……っ?」


 やっと自分が標的になった事を察知したシュウトは、危険を感じ取り敢えず逃げ出した。元サッカー部とは言え、1年と少し在籍しただけでその後はすっかりだらけ切ったシュウトは体力的に大したものではない。

 全力のスピードもそのスピードを維持出来る時間も並の中学2年生に多少毛が生えた程度のものでしかなかった。

 ただ、土地勘があるのを利用して相手の裏を掻くように抜け道抜け道とアグレッシブに逃げ回っていた。


「うわああああ!」


 男Aもまた必死にシュウトを追いかけていた。シュウトは追いかけられる理由が分からない――それどころか彼とは面識すらない。

 訳の分からない恐怖がシュウトに普段以上の実力を発揮させていた。


「怖い怖い怖い怖いー!」


 ただ、パニックになっていたので交番に飛び込むと言う普通なら当たり前の事に頭が回っていなかった。

 男Aから逃げ出す事だけに集中していたので、どんどん狭く分からない道へと走っていく。それはまるで男Aによって人気のない方向へ誘導されているみたいだった。


 けれどここで一言言わねばならないのは、これはシュウトの自爆だと言う事。男A自身、行き当たりばったりで行動していた。心を乗っ取ったチンピラ生物がただの馬鹿のはみ出し者だと言う事を見てもそれは明らかだ。

 しかしこのチンピラ異生物、運だけは良かったようで昔から適当にやっていても何とかうまくやる性質も持っていた。

 今回はその異生物の悪運が存分に発揮された案件でもあった。

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