第6話 不穏な気配

「そもそも思ったんだけどさ」


(ん?)


 朝、学校の登校途中にシュウトはユーイチに話しかける。朝は下校時に比べてそれなりにすれ違う生徒は多い。みんな同じ時間に登校するんだから当然と言えば当然なんだけど。

 けれどみんな友達と話したりしていて、ちょっと彼ひとりで独り言をつぶやいてもそんなには目立たない。

 こう言う時はぼっちで良かったとシュウトは思っていた。


「ユーイチ以外にも向こうからの住人がこっちにやって来てる可能性があるわけじゃん」


(ああ……)


「そう言うの察知出来たりする?」


 シュウトがそう考えるのも当然の話だった。それに対してユーイチはクールに答える。


(それが出来たなら私はシュウトの心の中にはいないよ)


「あ、そっか……、じゃあ近くにそう言うのがいるかも知れないけど、それは誰にも分からないんだ」


 シュウトは納得しながらも、ちょっとがっかりしていた。そう言うのが分かったらちょっと楽しいかなって思ったからだ。

 もしかしたら同じ状況って事で仲良くなれたりもするのかも――って言う妄想まで広がっていた。


(出来れば政府の役人共には見つかりたくはないな)


 話の流れでユーイチは今の一番の懸念をシュウトに話していた。その話を聞いてシュウトにひとつの疑問が生まれる。


「見つかったらどうすんの?」


(その時は……逃げるかな)


「ここまで逃げて来たんだもんね」


 ユーイチの余りに素直な回答を聞いて、シュウトはそう言って笑った。


 初めて出会ってからシュウトとユーイチは友好関係を持ち続けていた。だから他の異界の生物もそんなものなんだろうとシュウトは思っていた。

 けれど実はそんなパターンだけじゃないって事を、後で嫌と言うほど思い知らされる事になる。



「ここが……異界か……」


 ゲートを抜けてこちらの世界に異界の生き物がまたひとりやって来た。そいつは出現した早々、目についた工事関係者の身体に強引に入り込んでいく。

 身体に入り込まれた工事関係者はしばらくは何も気付かずに作業をしていたが、突然その作業の手を止めてしまう。


「ん?どうした?」


 関係者の同僚が手を止めたその男に声をかける。

 するとその関係者は今まで発した事のない奇声を上げると、その同僚に襲いかかった!


「キエエエエェェェ!」


「お、おい……」


「まずはテメェらの実力を計らせてもらう!」


「突然何を……うああああ!」


 ドカッ!バキッ!ドスッ!メキョ――。


 その一方的な攻撃で同僚は見るも無残な姿になってしまった。余りの突然の豹変に、彼は抵抗する事すらままならなかったのだ。


「ふん、異界の人間は脆いな……」


 豹変した工事関係者はそう言うとどこかに姿を消してしまった。そう、実は異界の生物は心に入り込むと、その気になればその宿主の心を支配する事が出来るのだ。

 この工事関係者の心に入り込んだのは異界のチンピラだった。


 新しい世界が発見されると、まず最初にその世界に興味を持つのは冒険者かこう言った悪人が殆どだ。何故なら普通の世界で満足出来なかった、もしくはその世界に居場所のなくなったもの者がそう言う場所に興味を持つからに他ならない。


 そしてそんな異界の悪党に心を支配された人間が少しずつ増えつつあった。その事が先日の新聞の記事になっていたのだ。新聞の記事になるくらいだから、被害はそれなりに広がっている事を意味している。

 けれど、その原因が異界の生物の仕業と判明するのはまだ少し先の話だった。



「あ~眠かった」


 放課後、シュウトはあくびを口で抑えながら下校していた。今日も何も起こらない退屈な学校生活が終わって、彼の心は帰ってからの好きなアニメの事でいっぱいだった。


(授業、真面目に聞けば結構面白いもんだぞ)


 その態度にユーイチが口を挟む。彼はこの世界の事を理解する為、学校の授業を真面目に聞いていたのだ。授業だけじゃなく、休み時間などの生徒たちの会話もしっかり聞き耳を立てていた。

 お陰で今時の中学生の流行とか、この世界で生きるのに余り必要のない知識までもしっかりと吸収してしまっていた。


「そんな事言ったって……」


 明らかにユーイチの話を聞く気のないシュウト。この反応を受けてユーイチはこの話題をするのをやめた。

 宿主の機嫌を損ねて追い出されてはかなわないからだ。


「ねぇ……、何か面白い話をしてよ」


(うん?)


「ただ家に帰るだけって退屈なんだよ……何でもいから何か話して」


(そうか……困ったな)


 シュウト達がそんなやり取りをしながら帰っていると、その彼を見つめる怪しい影が――。


「やっぱりちょっとおかしい……」


 それは昨日から彼を怪しがっている由香だった。

 実は彼女は今日一日ストーカーっぽくシュウトの後をつけてその様子を観察していたのだ。

 何故そこまで気になるかと言うと、彼女がシュウトを好きだったから――と言う訳ではなく、最近いいアイディアが思い浮かばない彼女がシュウトを小説のネタにしようと目論んでいたからだった。


「多分、これはいいネタになる……」


 ゴクリ……。


 シュウトを尾行しながら、慣れないこの行為に興奮して由香はつばを飲み込んでいた。


 その気配に気付いたのか気付いてないのか、シュウトは急にぞわわっ!と寒気を覚える。


「うひっ……」


(どうした?)


 その様子にユーイチが声をかけた。

 いくらユーイチがシュウトの心の中にいるとは言っても、そのまま思考が読めるとかそんな事はないようだ。


「いや……なんか……気のせいかな?」


 シュウトは寒気を覚えてすぐに辺りを見回した。

 けれどそんなはずはないと信じ込んでいた為、彼は稚拙な由香の尾行にも気付かないのだった。何事も思い込みは視野を狭くして良くないね、うん。


「絶対陣内君は何か秘密を隠してる……」


 シュウトの様子を観察して、由香は自分の考えの正しさを確信する。

 でもただ小説のネタにしたいだけだったので、その事をシュウトに問い質すとかそんな気はないのだった。

 疑問点は妄想で補完して由香の中で新しい物語が生まれていく。


 そんな小説のネタにされているとも知らず、シュウトは今日も平和な一日を過ごしていた。

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