第3話 ぎこちない共同生活

「この世界にこの姿でいられるのは1時間が限度……だと思う」


 部屋の時計を見ながらユーイチはそう言った。事情をまだうまく飲み込めない母はテレビのお笑い番組を見て心を落ち着かせている。

 このまま家族会議にでもなってユーイチが飼えない?事になったら困るなとシュウトは思った。

 ユーイチの事情はしっかり母には伝えたはずだし……ユーイチもしっかりお願いしてその時は母も理解を示してくれてはいたけど――。


 しゅるっ!


 タイムリミットが来たようでユーイチはシュウトの体の中に戻った。

 潜り込まれる側のシュウトにとっては余りにも何の感覚もなくて不思議な感覚だった。


(あ~やっぱりここが一番落ち着くなぁ~)


 シュウトの心の中に戻ったユーイチはそんなお気楽な事をつぶやいていた。

 人の心の中をまるで風呂か布団みたいに……。


 その後、夕食の時間になってシュウトは台所に出向いていく。母は現れたのがシュウトひとりだけだった事もあって、さっきの事が何事もなかったかのように振舞っていた。


「どう?美味しい?」


「ムグムグ……うん」


「そ、良かった」


 食事中、何だかぎこちない会話が続く。この雰囲気に耐えられなくなったシュウトは唐突に口を開いた。


「あのさ」


「ん?」


「ユーイチの事なんだけどさ」


「あ……うん」


 ユーイチの話を振られて母はちょっと焦っていた。シュウトはそれに対しお構いなしに話を続ける。


「何も問題ないよね?」


「え?」


「追い出すとか言わないでよ……ユーイチには行く所が他にないんだから」


 このシュウトの言葉にドキッとする母。彼女にそんなつもりはないみたいだったけど、ちょっと気持ちが追いつかない部分はあったようだ。


「さっき聞いたから事情は分かってるわよ……って、もしかして今もそこにいるの?」


「いるよ」


「そ……なんだ」


 母がこの事情を受け入れるにはまだもう少し時間がかかりそうだ。

 そうしている内に何だかぎこちない夕食の時間は終わった。

 そりゃあこんな事情、ユーイチに害がなかったとしてもすぐに受け入れられる訳がないよね。


 シュウトの父親は仕事で帰りが遅く、親子水入らずでの夕食はここ最近はご無沙汰だった。今日も例に漏れず残業をしているようで、父への報告はまた今度と言う形になった。


 食事を終えたシュウトは台所を離れ、リビングでテレビを見始めた。番組はちょうどバラエティ番組を流している。


「あははははは!」


 シュウトはお笑い芸人のギャグに大笑い。


(ん?今のは何がおかしいんだ?)


 ユーイチがシュウトに説明を求める。流石にユーイチは異世界の住人だけあって笑いのセンスが違うみたいだ。


「ええー!嘘?分からないの?」


(ちょっと……)


 お笑いの解説をするのってちょっと面倒なんだけど、異世界の人?に感覚で分かれって言っても仕方ないよね。

 なのであくまでも自分の感覚だって前置きをしながら、シュウトはユーイチにさっきのテレビのギャグの説明をする。


「え~と、さっきのはね……」


(ふむふむ、なるほど……)


 ユーイチはまじめにギャグの解説を聞いていた。そして最後にはウンウン頷いて感心していた。おふざけのお笑いのギャグに感心するって……(汗)。


 そう言う異文化交流を続けていると、バラエティ番組が終わって次はドラマになった。バラエティの間ずっと質問続きだったので、やっとその流れから開放されるとシュウトは思った。

 けれどシュウトのその期待はドラマが始まると同時に打ち砕かれる事となる。


(シュウト、ひとつ聞いていいか?何故主人公はあの場面で……)


 うん――文化が違うからね――仕方ないね。

 そんなこんなでシュウトはドラマの解説に忙しくて内容は殆ど頭に入らなかった。ドラマが終わって今度はニュースが始まったんだけど、もう質問攻めはうんざりとシュウトはテレビを消した。


 自室に戻ったシュウトは雑誌を開く。


(ぶしつけだが、文字を教えてくれないだろうか?)


「えぇ?さすがにそれは……」


 質問攻めが続いたシュウトは流石にこの申し出に難色を示した。大体、文字を教えるってひらがなからカタカナから漢字からと、ゼロからだと教えなきゃいけない事が余りにも多過ぎる……。


(大丈夫だ……ゆっくりと音読するように読んでくれればいい……こっちで心の中でそれを読み解くから)


「え?それだけでいいなら……」


 シュウトは雑誌を言われた通りにゆっくりと噛みしめるように読んでいった。途中で何回か言葉の意味を聞かれたり文章を何度も読まされたりもした。

 それでも意味が理解出来るとユーイチから様々な反応が返って来て、シュウトにはそれが新鮮でまんざら悪い気もしていなかった。


(色々質問して済まなかった……ちゃんと付き合ってくれて感謝している)


 雑誌を読み終えたシュウトにユーイチから感謝の言葉が返って来た。その言葉を聞いたシュウトはちょっと照れくさく感じていた。


 そうやって時間が過ぎていくとやがてお風呂の時間になる。湯船に浸かりながらシュウトはユーイチに質問した。


「向こうでもお風呂の習慣はあるの?」


(こういった水浴びの習慣はないかな?いや、水浴び自体はあるし、好きな人は同じようにお湯に浸かるかな)


「へぇ~」


(しかし湯船に浸かるのはいいな……暖かくて気持ちがいい)


「分かるの?」


(ああ……心の中に暖かさが伝わってくる)


「面白いなぁ……」


 ひとりだとただ湯船に使ってぼうっとするだけのお風呂タイムが、今日からは少し賑やかなものになった。

 シュウトはそれが何だか少し嬉しくも感じていた。


「ふあ~あ……」


 お風呂も入って夜もふけてシュウトはそろそろ眠る事に。


「ユーイチも夜には眠るの?」


(勿論)


「今から眠るけどいい?」


(ん?何か気になる事が?)


「あのさ……眠ろうとした時に話しかけたりしないでね」


(はは……しないしない)


 シュウトのこの質問にユーイチは笑いながら答えていた。


 そうして余りに濃い一日はようやく終わった。

 けれど実は終わってはいなかったんだ。

 その後に見た夢の中でシュウトは今まで見た事のない夢を見る事になる。

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