第2話 ユーイチとシュウトの事情
「ところで……ユーイチは何しにこの世界へ?」
シュウトは好奇心の赴くままにユーイチの事情に切り込んでいく。そりゃまぁ誰だって気になってしまうからね、仕方ないね。
(話をすると長くなるけど……)
「別にいいよ……まだ時間も早いしさ」
シュウトの催促にユーイチもついに話し始めた。いつかは話さないといけないなら、今話した方がいいとの判断だろう。
(そうか……実は私は向こうの世界から逃げて来たんだ)
「なんで?もしかして犯罪者……」
ユーイチの告白にシュウトの表情が険しくなる。異世界の事とは言え、もし犯罪者を匿っているとなったら余り気分のいいものではない。
(犯罪者と言えば犯罪者になるのか……体制に反旗を翻したからな)
「何それ……人を傷つけたりとかは?」
(そんな事はしていない!断じて!ただ世界に自由と平和をもたらすために活動していただけだ!)
傷つけると言う表現にユーイチは敏感に反応する。彼はどうやら民衆のために立ち上がった正義の人と言う事のようだった。
でもこっちの世界でそう言う活動をした人は、血なまぐさい事と無縁ではなかった訳で。そう言うイメージがあったのもあって、シュウトはその疑問をぶつける。
「テロっぽい事をしてたとか?」
(言論と執筆には訴えたさ……だが暴力的なことは何ひとつしていない!)
「そ、そうなんだ」
ユーイチの気迫にシュウトは圧倒されてしまう。それが真実かどうかは別として、その勢いに彼の言葉を信じざるを得なかった。
(けれど政府は私を……私の作った組織を弾圧した。もうあの世界に私の居場所はないんだ)
「組織なんて作ってたの?かっこいい!」
組織と言う言葉にシュウトは敏感に反応する。まだ中2だからね。やっぱり色々と反応しちゃうよね。
(目的を達成出来なかった組織に何の意味があるんだ……賛同者のみんなには本当に悪い事をしたと思っている)
「そっか……色々あるんだね」
(お気遣い感謝する……でも君は気にしなくていい……これはこちらの事情だからね)
これでユーイチがこちらの世界に来た事情は分かった。
しかしこれはかなりヘビーな事情ではある。シュウトも軽く聞いてしまって悪かったなって軽く後悔していた。
それで雰囲気を変えるために今度は別の質問をする事にする。
「逃げて来たのは分かったけど……でもどうやってこっちの世界に来たの?」
(逃げている途中でゲートが開いているのを発見したんだ。胡散臭い伝説だったけど賭けてみようと思ってね)
「へぇぇ……こっちの世界にはそんな言い伝えとか聞いた事なかったけど」
(こちらの世界では伝承が途絶えてしまったのかも知れないな)
ここまで聞いてシュウトはひとつだけ思い当たるフシがあった。最近あの場所の近くで何が起きていたかと言えば……。
「もしかして……あの再開発の工事で色々壊していたからアレが原因かな?」
(そちらに心あたりがあるならそうなのかもな……)
ここまで話して、シュウトはもうひとつ頭に疑問が浮かんだ。それは素朴な疑問ではあったけど、こっちの疑問も今すぐ聞いておかなければならない事ではあった。
「ユーイチはもう俺の心の中から出られないの?」
(そんな事はない……ないけど)
そこまで話してユーイチは一旦言葉をつまらせた。少しの沈黙の後、心を落ち着かせた彼はゆっくりと言葉を続ける。
(政府の追手に見られたくない……ここなら安心なんだ)
ユーイチが心の中に潜り込んだのは、向こうの政府の目から逃げるためでもあるらしい。だとするなら、その危険のないこの部屋の中ならば問題ないはず。
まだはっきりその姿を確認していないシュウトは、ユーイチの姿をしっかりと見てみたくなった。
そんな訳でシュウトはユーイチに外に出て欲しいと頼み込んだ。
「今ならいーじゃん、ここには俺らしかいないよ」
(そうだな……。だけどこちらの世界は向こうの世界と仕組みが違うからそんなに長く実体化は出来ない……それでいいなら)
シュウトの頼みを聞いてユーイチが彼の体から出て現実世界に具現化した。
「やあ、これでいいかい」
現実世界に現れたユーイチのその姿は本当に猫そっくりだった。その姿を見てシュウトはとても興奮していた。
何故ならば、シュウトは無類のネコ好きだったからだ。ネコ好きだけど、家族は猫を飼う事を許してはくれなかった。
それは家庭の事情故に仕方のない事だったのだけど――。
だからこそ具現化したユーイチの姿にかなり興奮してしまったのも無理はない。
「おおおっ!本当に猫そっくり!」
具現化したユーイチをシュウトはじっくりと舐め回すように眺めている。この時、もしかしたら鼻息も荒かったかも知れない。
そんな興奮状態で眺められたら普通は気持ち悪がりそうなものだけど、ユーイチは特にそんな素振りは見せなかった。きっと様々な経験を経て人生の荒波に揉まれ、その程度では動じなくなったのだろう。
それよりユーイチには自分を見たシュウトの口から発せられた、猫と言う言葉の方に興味を持っていた。
「猫?」
「えーっとね、これこれ」
ゴソゴソ……。ついっ、ついーっ。
「うおっ!これは……」
猫の存在を知らないユーイチに、シュウトはポケットからスマホを出して猫を検索してその画像を見せる。初めて見る猫の画像を見てユーイチもびっくりしていた。
「この世界にも私達と同じ姿の生き物がいるのか……」
「この世界の猫は喋らないけどね」
「興味深い……シュウト、良かったらこの世界の事、これから色々教えてくれないか」
「お安いご用だよ!」
こうしてシュウトとユーイチは交友を深めていった。異世界の存在との接触と言うトンデモ展開なのに、種族の垣根を超えて2人は友達になったのだ。
これもユーイチがネコと同じ姿をしていたお陰なのかも知れない。
「へぇぇ……肉球もあるんだ……」
シュウトは鼻息荒くユーイチの肉球をぷにぷにと触る。気が付くともうかれこれ3分以上触りまくっていた。
触られているユーイチもさすがにいい加減にして欲しかったものの、相手が大切な宿主なので何とか我慢していた。
(くすぐったい……でも我慢我慢……)
カチャッ!
その時、シュウトの部屋のドアが勢い良く開いた。
「シュウト、さっき美味しいお菓子頂いたから……え?」
彼の部屋にノックもなしに現れたのはシュウトの母、カズミだった。部屋の中の2人はこの突然の事に思わず2人共固まった。
「ね、猫っ!シュウト!あなた私がネコアレルギーなの……」
「待って!」
母が大声を上げるのをシュウトは必死で止める。いきなり自分の言葉を止められて彼女もちょっと戸惑ってしまった。
「え……」
「待って母さん、今何か身体に変化ある?」
「……あれ?」
母はネコアレルギー特有の症状が出ない事に気付き驚いていた。その様子を見てシュウトはユーイチの説明をする。
「そう、ユーイチは猫に見えて猫じゃないんだよ」
シュウトはそう言っていきなりユーイチを抱き上げた。そうしてそのまま彼女のもとに近付ける。
このいきなりの行為にユーイチも何も出来ずにただ目を丸くするばかりだった。
「え……抱いて大丈夫なの?」
この母の質問にシュウトは無言の笑顔で返した。突然のこの展開を前に彼女もどうにも戸惑いを隠せない。
でもここは息子の為にも拒否してはいけない雰囲気になっていた。ただ、ずっと触れる事のなかった猫にすぐに慣れる訳でもなく……葛藤する時間が奇妙な沈黙を生んでいた。
「ど、どうも……」
そのあまりの緊張感についユーイチは喋ってしまう。葛藤の末に意を決してユーイチを恐る恐る抱こうとしていた彼女は、その声を聞いてそのまま尻餅をついた。
「ええ……?一体何が……何?」
この母の質問にシュウトは飛びきりの笑顔で答える。
「さっき仲良くなった僕の友達だよ!」
目の前の出来事に納得するしかなかった彼女は……それでもしばらく現実を受け入れられないでいた。
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