異世界は、一駅向こうに。
友達から連絡があった。
『来月、入籍します!!』
こういう幸せな、もっと言おうか、「本人たちだけが」幸せな報告を受けると、たいてい私は鼻白んでしまう。勝手にやってろってカンジだ。こういう態度そのものが孤独あるいは孤高を募らせる最たる原因なんだろうが。
しかし外ヅラどんなにとりつくろえても、自分の本心ってのはどうしてもごまかせない。ごまかせないからこその本心だ。
友人は、とても長い付き合いの人だ。
上っ面の知り合いとはまあ一線を画するといってもいい人。
大事な友人くらい、そのしあわせを心から喜びたい。喜びたいのに、第一報で心が躍らなかった自分がいる。結婚式は最前列にか。ウーン。
おめでとうコメントが乱舞する中、自分も喜びのコメントとスタンプを連打したけれど、腑に落ちない本心が体の底に溜まっている。ああ、なんだろう、このかたまり。とっても重い。
―――私は、
最たる愛情は、人を憎むことだ、と、思っている。
……自分の身を切るほど人を憎める激情は、それはもう、愛に他ならないだろう。
もしかしてそれかなあ、と考えてみる。知らない誰かが知らないうちに、彼女の人生の伴侶になってしまったことへの嫉妬なのかもしれない。
いや違うぞと、心の中の私がささやく。
そんなもんじゃない。私は彼女に嫉妬していない―――
(それはそれで愛情がないとかいう話になりそうだけど、たしかに私は彼女が好きなのだ)
じゃ、なんなんだろ。
結婚というのは不思議だ。ホップステップ通り越してイシンバエワ並みのジャンプで大人の階段飛び越える感覚を私に与える。
そして、それをなぜ喜ばなくてはならないのかが、悲しいほど心底わからないのだ。分からないことが罪であると思うだけに、私は情けなさで動けなくなる。
喜ぶフリじゃない。私はせめて大事な人の幸せを喜べる人になりたい。
次の日の朝。
彼女から、コメントが来ていた。
『子供ができたら、あなたに勉強を見てもらおうって決めてるの』
次の瞬間、閃光のように頭の中でイメージが爆発した。
彼女に似ているのかも。女の子がノートを持って座っている。楽しくしゃべりながら、「あなたのおかーさんは昔こうだったのよー」「それでね、こういうことがあって……」と話し聞かせる、その横から「あんまり変なこと教えないでよ!」と彼女が突っ込みを入れてくる。女の子が笑う。私も笑う。「おかーさんこわぁい」と、二人で口をそろえる。
……。
ああ、と、思った。
しみじみした。うれしかった。すごくすごくうれしくなった。
彼女は、だって、これからの人生で一人になることはない。孤独を感じることはない。少なくとも、その子に、好きな人に、看取られて死ぬことができる……
彼女は一人じゃない。
人生の中で、これから、ずっと。
結婚するっていうのはそういうことなのだ。
誰かに、生きている間、ずっと必要とされるということなのだ。
自分の旅路を思う。
私は、今の家族がみんな先に逝ってしまったら、誰に必要とされるかしら? いいや、必要とはされない。いらないひととして生きていくだろう。
断言する。死にたくなると思う。
それでも生き抜く強さは、得たつもりだ。死にたくなったら本を読めばよい。
……死ぬまでは、きちんと生き抜くと決めている。
「ひとりになる瞬間」がいつ来るかはわからない。
近い未来だ。それは分かる。
『異世界は一駅向こうに』は、そういう意味をこめてつけた。家に帰ったら誰かがいる、無条件で誰かが私を必要としてくれるという、こんな幸せな
現実という異世界は、常に隣にある。
もうすぐ目が覚める。―――もうすぐ。
自分を卑下するわけでも、生き方を後悔するわけでもない。私は自信をもって自分を生きてきた。結婚もしない、恋愛だってのぞまない。それによって得る恐怖を考えれば、我ながら合理的で妥当な判断だと思う。それより、得ないもののおおきさがやっとわかるようになってきたのがデカい。昔のように「結婚? しないし、そんなもん!」とツッパってはいられなくなった。
結婚、いいじゃないか。
必要とし、必要とされるって、すごいことだぞ。
……やっと、ここまできた、と、思う。
このことが分かるまで、わたし、どれだけの歳月を費やしたのだろう。
結婚。いいじゃない。
本心からそう思えたとき、好きな人と添うてゆく彼女の姿が、とてもとても愛おしく思えて胸が詰まった。
その日は妙に足元がふわふわしていた。うれしくって仕方なかった。大事な友達が結婚する。うれしいと思う自分がまたうれしくて、不審者のごとくニヤニヤしていた。
私の友達が結婚する。
私の友達が、結婚する。
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