鎌倉幕府ワンダーランド

何を隠そう私はセンセイだった。


小学生から高校生まで、幅広い子供たちの面倒をみた。どいつもこいつも問題児ばかりで、中坊のくせに髪は金色だわ、ピアスはあけるわ、振り向いてこっちを見た時の目がカラコンずれてえらい形相になってるわ、という一見世紀末のような教室だった。


入った当初はビビったもんだ。


わたし、死ぬんだ……金属バットでぶちのめされるんだ……! と思った。

何しろ私自身がスクールカーストの怖さを痛いほど体験してきている。それだけに、派手な人間を見るとそれがどれだけ年下であれとっさに逃げの態勢ができちゃうほどの苦手意識がある。

尾崎豊? 夜の校舎窓ガラス割って回り盗んだバイクで走り出す人? うん、現実で見たらどんな目のくらむ美青年であれあたしゃ回れ右して逃走してるね。



さて。


しかし、まあ。

そんな世紀末チャイルドたちは、ビビる先生に対して非常に寛容であった。


すっと近くに寄ってきたかと思うと、もう腕を抱かれている。抱え込むように人の腕をホールドしながら、茶髪の少女が「あのネ先生、今日ガッコーでネ」なんて猫なで声出しながら話をしてくる。

ちなみに私はボディタッチが苦手なほう。しかし、あの少女たちの、思春期特有の、だれかと触れ合ってなきゃあたし冷たくなって死んじゃうの、とでもいいたげな接し方はなぜだか大丈夫だった。あとで色々考えて理由がわかったのだが、ま、理屈は今はよい。要は甘えてくる年下はかわいいというお話だ。


敵意がないと分かると、相手への警戒は即座に薄れる。話をきいてりゃ、どれだけ大人ぶってみてもその子が子どもであることがよくわかる。あとはもう、パツキンだろうがピアスだろうがどんとこいだ。


それまで知らなかった「カラコン」の入れ方やそのバリエーション、「つけま」の付け方なんかをその若々しい子供たちから教えてもらい、少年たちからはその時流行っているマンガや動画を教えてもらう。

そういう話をしながら、その日のノルマの授業をすすめていく。


「はーい、鎌倉幕府の侍所の説明ができる人ー」

「センセー、ハンドクリームかえたぁ? いいにおいするー」

「ビオレでーす。やっちゃん、サムライドコロ、わかる?」

「侍を……」

「うん」

「捕まえて」

「え」

「働かせるところ?」


実話である。





男の子からは恋愛相談を持ちかけられたことがあった。まあありがちな話だ。クラスの女子で気になる子がいる、関係もまあまあよい。でも告白とかさぁーぜってームリっしょ! ということらしい。


Q.告白したいの?

「向こうからしてもらうのがベスト」


Q.その子もてるの?

「かわいいんだー顔がどーの性格がどーの忘れた時に消しゴム貸してくれただどーのこーの(以下のろけ)」


そこに座れ。

「……え?」


説教した。


「そこまで好きだ好きだ他人にぬかすくらいならそのままさっさと本人にぶちまけろド阿呆! 他人にとられてからじゃおせーんだぞなんで相手待ちだよ勝算もないのにバカかー!!!」

「でもフラれたら俺ェ! っていうかフラれる自信あるもんんん!」

「ならフラれろ!どうせフラれるならさっさと諦めつけた方がいい! 代わりはいくらでもいる! 次を探せ!」

「ひでえ!!! センセの理屈ひっっでえ!!」

「見ず知らずの女の良さを聞かされる私の身になってみろ! そんな不毛なやりとり続けるくらいならさっさと本人にコクっちまったほうが誰のためにもいいわ! 砕けろ! 当たって砕けてこい! 泣き言なら聞いてやる」

「ううううう」



後日。



「はーい問注所の説明できる人〜」

「センセー、みっくんが寝てまーす」

「5分後に起こしてあげてくださーい。寝てる人を起こしたよい子にはあとで先生から飴玉を進呈します」

「ひゃっほー!」

「では問注所の……」


ばーん。


「センセー! ハムせんせー!!」

「……(授業が進まん)……おや、ヤンキー君こんにちは。あなた今日は塾入ってないでしょ」

「俺! 告った!!!!」

「おー。クラスがざわめいてるけど、結果は?」

「俺にカノジョがでーきまーしたー!!!」

「ハイお疲れ様です。出て行け」

「ええええええええもっと話「では問注所の説明をしてください」!?」

「問注所の説明をお願いします」

「えっ……モン…チュー…………あ! 分かった、アイドルユニットっしょ? モンキー&チュー的な!」

「よし、マツシマ君の隣席空いてるね? ヤンキー君、そこ座れ。今日授業受けていきなさい」

「えっ? えっ!?」





青春は常に若者と共にある。

私は頑張るアホが心から好きだ。


若者よ、めいっぱいバカであれ。










……でも勉強もしようネ。

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