異国の地でさらし者になったお話。

覚えている。家族旅行でおとずれたフィジーでのできごとだった。



ホテルのレストランの余興だった。国籍がさまざまな人間たちがいるところ。アロハシャツを着たホテルの従業員であるフィジアンが、ピアノのあるステージに出てきて、ニッコニコで話し始めたんだよね。



英語だったんだけど、アレは訛りかしら? まあ聞きにくい英語だった! とりあえず必死に耳をそばだてて、かろうじて分かる単語や身振りなどから聞き取ると、



『国ごとに分かれて、その国の歌を歌おうぜ!』



という主旨らしい。



見ればイエ~! と沸き立つ白人、拍手で早くもノっている黒人、その中で戦慄している日本人。下向いてる! うつむいてる! 前、出たくなくて!!



日本における「歌」は本来、和歌のことですからね。しずかーに、つつましーく、恋の歌とか詠んじゃう民族なんです。ドンチャカドンチャカイエーイ! っつー遺伝子は先天的に抜けているんです。


聞くがいい、国歌の静けさを。ワールドカップやオリンピック、『さあ今から試合開始だぜェ!』って客席でノリノリな外国人ですら、聞いた後にちょっとテンション下がるくらいの物悲しい国歌。



あゝ、かなしきかな、ニッポン。



異国の地でむりくり、ステージへ引き出されて歌わされようとしている。誰も望まないスポットライトの輝き。テーブルについてる日本人の顔、ひきつってるし。



そんな中、アメリカ、イギリス、フランス……と、各国呼ばれて、その国籍のかたがたはいさんでテーブルを立ち、ステージでピアノに合わせて歌っております。どれもその国の代表的な歌らしかったんだけど、うーん、知らない。あ、イギリスだけビートルズだったから聞き覚えがあったなあ。自主的に肩とか組んで歌っちゃって、もう、ミュージックが体に染みついている国の人ってうらやましい。



そう、これは旅行の度に思うんだけど、ダンスと歌って、遺伝子レベルでしみこむものだと思う。音楽が鳴ればすぐに体が動くし、手拍子が始まる人の国って、大体決まってるんですよ。あれは、私にゃできない。生まれ持った文化のおかげに違いない。



いや、勘違いしないで。確かに日本人はこういうの、総じて苦手だと確信してるし、旅行先で無愛想&挨拶しないのはたいてい黄色人種だけれど、私はアンチニッポンではない。むしろ自分の国、大好きだ。国と地域によって、持ってるものは本当に違うのだ。そんで、それを思い知らされるのが異国の地なのだ。

これは劣等感というよりむしろ、旅行の醍醐味。

……まあ、こういう場面に出くわすと、ダンスの少々や歌の少々できてりゃよかったと歯噛みするわけなんだけど。



んでついに、恐れていた時がやってきた。アロハシャツ男が、ネクスト、ンーーーーー……とためてためてためて、


「ジャッッッパニーーーーーーズッッ!!」




やめてくれ(頭抱える日本人一同)。




よ……よりにもよってアメリカの次とかやめてくれ。何歌うの? 誰が? ほら、さっきならこのタイミングで自主的にみなさん、ステージに行ってたけど、誰も席たたねーよ? どうにかして、この雰囲気。



ハッハッハ、ホーント君たちはシャーイですね~、みたいな雰囲気で笑うアロハシャツ。お前にはここら一帯の日本人テーブルが醸し出す戦場のように張りつめた緊張感が感じられないのか。





次の瞬間、私の腕が上がった。





…………え?



信じられない気分で腕を見る。隣の母が、娘の腕を高々と天にさし上げている。必死に視線で意味を問うているけど、奴は絶対目を合わせようとしない。


あんた、あろうことか、この空気に耐え切れず娘を売ったね!?



オオオオオオオーーーウッ! ってアロハが近づいてくる。ちゃうねん違うねん、って訴えるけどソォキュート! とかテキトーなこと口走るアロハに一人、ステージへ連行されていく。ウェェエエエイト! アロハ、ウェェエエエエエエエエイト!!!



ピアノの前に座ったアロハが、んで、何歌う? みたいなことを聞いてきた。まさかの! 選曲こっちまかせ!



ステージに向き直ると、目の前にバァーッと金髪、茶髪、黒髪、ハゲ、スキンヘッド、モヒカン……とにかく目の色が青かったり黒かったりする人たちが一様にこっちみてヒュー! とか言ってる。ハッハー! これぞ、独壇場! 文字通り! これが独壇場ならわたし、今後の人生で二度と独壇場いらない!



やべえやべえ、海外で誰でも知ってる日本の歌……国歌? あかん、こんな場面で君が代歌ってみろ、トラウマになるわ。蛍の光ってスコットランド民謡……あかんやん! 日本の歌じゃないやん! ジャニーズ、は私が知らない!



――――ハッッッ!!



ピアノのアロハに向け、一言。



「スキヤキッッッ!!!(※上を向いて歩こう)」


「オ~ゥッ! オッケー!」



マイク、通したまま、言ってた。会場全体に宣言したみたいになってた。コンサートで、『次の曲行きます……“ウルトラソウル”』みたいに、曲目言う歌手みたいになってた。拍手起こった。泣きたい。



もう、ここまできたらね、開き直るしかないから。恥ずかしがってポソポソ歌うことほどのちのち引きずるトラウマもないから。もうこの一曲に魂を込める!  ウルトラソウッ! くらいの感じで歌いました。イマジン、想像してご覧。まだ成人していない小娘が、なぜかジャズテイストにアレンジされた坂本九を、情感たっぷりに晒し上げのステージで歌い上げる地獄絵図を。



ほんと。


上を向かなきゃ、涙がこぼれそう。





結局スキヤキの途中で色んな国籍の人が乱入してきて、肩を組んで歌えたので、結果オーライ。やっぱ、大勢で歌うと楽しいですな。







バンガローに帰ってから、母をシメたのは言うまでもない。

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