シトワイヤン、憎む自由を!
人間が人間である限りその人には少なからず個性というものが存在するわけで、個性とはつまりその人が生きてきた年月で得た様々な行動指針や精神倫理やそういうものであるわけで、その上で好みというのが育まれてきたわけで何が言いたいかっていうと、
……好き嫌いって、誰にでもあるじゃん。
好きはいい。他人に迷惑をかけない範囲でなんだって存分に好いてくれてかまわないとも。花を愛でようが女を愛でようが活字を愛でようがいっこーにかまわない。死ぬまでやりきればよい。
問題は嫌いだ。
私はヒトツ何かを嫌いになるとスイッチが入ったようにそれを憎むところがある。やりすぎる自覚がある。なので、これ以上嫌いになると歯止めがきかないな、と思ったら、すぐさまほかの事に思考を切り替えて目の前のキライなヤツから自分を遠ざけるようにしている。たいてい、それはうまくいく。
しかしそこで厄介なのがニオイだ。いくらほかの事を考えようとしても悪臭がしていてはどうやっても意識はそっちへ引きずられてしまう。「せっかく嫌いにならないようにしてやってるのに!」と理不尽な考えが頭の中で肥大して―――んでもって、憎しみが爆発する。
吹奏楽部っぽい♡ いやいや書道部っぽい! などと初対面の人間から「おとなしそう」の称号をほしいままにしているアタクシ。ピアスだって空けてませんし、髪だって生まれたまんま染めたことがない。ええ、敵意なんか持って生まれてないようなおとなしー外見してる。
人が見た目のまんまの性格だったらよかったのにと残念でならない。
世界中のヤンキーやギャルがのきなみ、通りすがりの割れ物を手当たり次第叩き割ってくようなワル……みたいなわかりやすい世界ならまだしも、人畜無害そうなやつが気弱な笑顔の下で気に食わないもの全部滅亡しろと唱えているんだからこの世は恐ろしいもんだ。
サービス業に従事しているだけにそこが悩ましい。
お客様はみな神様、どんな方にもありがとうございますを唱えよ、とりあえず頭を下げよという現場の空気に従いつつ、そこを本心でやらせていただくか、心の中で舌打ちしながらやってやるのかまでは、もう、悪いが、私がコントロールできるところではない。
今までに何度、人を殺せるでかさの広辞林を顔面に叩きつけてやりたいと思った神様共がいたであろうか。もう今となっては分厚い本は読む対象ではなく鈍器にしか見えないまでになってしまった。ヨシこの本はいざという時使える、書名と請求記号を覚えておこう、とまあこういう具合だ。本読みの風上にもおけない。
好きはいい。
こっちもあっちも幸せでいられる関係を保てたらなおよい。いや、そうできる可能性がある、というだけでもう十分よい。
嫌いは……通常、どっちかが不愉快になるだけではないか。
仕事からの帰り道、行き倒れていた酒臭いおっさんを警察へ運びながら、遠い目で思う。
ーーーこの感情とうまく付き合えるようになったら、一人前の大人なのかもしれない。
今は、ムリだ。
無理すぎる。
ごめんなさい、無理です。若輩者です。
そもそも人を嫌いになることにこうも否定的なのがおかしいのではないか! 嫌いなもんは嫌いなんだ! 憎ませろ! オラオラオラ!
と、
感情に任せて突っ走って我に返ってはそんな自分を嫌悪し、もう2度と何かをここまで嫌いになるまい、とかたくかたく決意した今日、帰り道に悪臭が襲って来たりして……
……具体的には、おっさんが落ちてたりして。
呪いか、コレ?
なにも嫌いになりたくないのに日々何かを確実に嫌い憎む負の連鎖。
肩を貸したおっさんの酒臭さを罵りながら、やはり当分人畜無害にはなれそうもないと潔く諦める若輩者、もうすぐ冬。
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