女のスクールカーストはかくも苦い


折にも少し触れたとおり、私の高校時代は暗黒時代である。別にいじめられていたわけではない。むしろ、つるんでいた女の子たちはみなスクールカースト最上位を占める、スカートが短くきらきらした小物やグロスで着飾った少女たちだった。(そのノリについていくのが苦痛で図書室へ逃げ込んでいたわけだが)


まあ、毎日かしましくやかましかったこと。


なんで面白くもない冗談に笑わなくちゃいけなかったのか、今でも理解に苦しむ。ただ、機嫌を損ねてはいけないヤツというのは確かに存在した。カーストの下から見上げたほうが、その段構造はくっきり見えるものだ。


年月を経て今になり、やっとあの冗談が今思い返しても本当にバカバカしいものであったことを再確認する。似ていない物まね、下手な赤ちゃん言葉、ソレに腹抱えて笑っていたあの美しい少女たちにどうしても共感できなかった。夜12時をすぎればだいたい、誰かから長文のメールが来る。過去の恋愛遍歴をまとめたケータイ小説みたいなメールである。それにどう返信しろというのか。一人でやってろ、と放置したら次の日えらい剣幕で怒られた。メールの無視は彼女たちの中で最も重大な裏切り行為に当たるらしい。怖かった。その日の夜、今度は前カレの写真付き長文メールが来た。半泣きで「かっこいいね」と返した。彼がいかにやさしくめくるめくロマンスがあったかというさらなる長文が返ってきた。それが3時まで続いた。恋愛なんてくそくらえである。


スカートの丈を折って調節されたこと。かばんの持ち方を教えられたこと。メイクをされたこと……その時代に扱うべき『青春』のほとんどを教えてもらったけれど、そのためにドヤドヤと図書室へやってきて読んでいる本を取り上げられ、


「暗いからやめな!」


と一刀両断されたことを思い出すと今でも腹が煮え繰り返る。

スカートはもう一度折りなさい、とシャツをたくしあげられる。じゃなきゃ、陰キャになるよ。インキャってなに? 暗くてうっとーしーヤツのこと。

色付きリップを下唇に塗られる。あたし、ダサいやつと歩きたくないんだ、と。



見方によっちゃ、彼女たちは親切だったんだろう。

未だに理解はできないけれど。



……入学式から、「早く卒業したい」と思った。



一度も染めたことのない髪を日にかざして「赤い。黒染めしろ!」と怒られたこと。担任の男性教師に腰をホールドされ、「痩せたか?」と首を傾げられたこと。同じ部活の女子にいきなりまつげをひっこぬかれ、「私のほうが長い!」と誇らしげに言われたこと。こういう些細でしかし絶妙に腹の立つ思い出だけが積もり積もって胸の中に蓄積されていく。いい思い出は、ない。最初からなかったのか、忘れたのかはわからない。


3年間、私は行事のたびやってくるカメラマンを避け続けた。思惑通り、卒業アルバムにのっける写真が私の分だけ1枚もないと先生が首を傾げた。

当たり前である。そのための布石だ。

思い出したくも関わりたくもない場所に自分の存在を残すものか。きれいに消えてやる。



卒業式に、アルバムは持って行かなかった。式が終わり、みんながお互いのメッセージをねだりあうなか、そそくさと荷物をまとめて校門を出た。意識して振り向かなかった。誰のものも書かなかったし、誰のものももらわなかった。

今となっては、数人の名前の一部をうっすら思い出せる程度である。



さて。

おかしいぞ、と思ったのはここから。



大学へ向かう電車の中で、見知らぬ女の子に声をかけられた。

どうも、あの時いっしょにいたグループの一人らしい。オシャレで、美人である。しかしさっぱり覚えがない。


きやすげに名前を呼ばれ話しかけられ、適当に相槌を打っていく。あいつはいま仕事をしているらしい、あいつはなになに大学へ行った、あいつは専門学校……名前、みんな、知らない。


あと、ナニナニ先生が結婚したらしいよ!

そういわれて、……ダレ? と首を傾げた。驚愕した顔で、「元担任じゃん!」と言われた。


顔が出てこない。


え、じゃあ、うちらの部活の顧問は? 覚えてるよね?

覚えてない。なんて名前だっけ。

ヨシイだよ!

あ、そうだ。そうだっけ?

あと委員長のヤマダと、うちらのマイコが付き合って……

……ヤマダ? マイコ?

うそでしょ。マジで言ってんの? あんた、マイコと同じクラスだったじゃん。最後の1年ずっといたんじゃん。

んん?


単なる名前忘れではないらしい。

顧問の名前を聞いて、じょじょにフワーッと輪郭を思い出した。あー、そうだ。そんな人、いたわ。

マイコ……マイコ。あの、唇が薄い、色の白い生意気な女か。思い出した、長文メールの女だ。メールがあったことも忘れていた。


芋づる式にいろいろ思い出す。

同時に、それを今まですっぱりと忘れていたことにやっと気づいた。どう考えてもまともな忘れ方ではない。

なるほど、私はあの時の思い出がそれほどストレスだったのか。


携帯のアドレスを教えろ、と言われて、今日携帯忘れた、と答えておく。

もちろん、卒業式の日に全員分の電話帳を削除し、携帯も変えた。高校時代の私を知る人間とはまったく連絡がとれない状態にしてある。今持っている携帯に入っているのは家族と大学の友人、中学の時からの友人だけだ。

乗り継ぎのために電車を降りて、そこで名前の思い出せない彼女と別れた。



いたくもない場所にいつづけるのは、非常につらい。

それがどれだけ周囲の女の子がうらやむきらきらした少女のふきだまりであってもだ。思い返すも彼女たちはきれいだった。おしゃれで、恋愛に一喜一憂して、わがままだった。魅力的ではないか。

私はそんな人たちと一緒にいたんだぞ、という儚い自慢にはなる―――


そんなこと、絶対にしないけれど。


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