おっさんの読み物の美味さ。

夏は好い。

田舎が最もうつくしい季節だ。







お盆。ドのつく田舎の祖父母の家へいった。いつも通り仏壇に線香をあげ、「景気よく鳴らす」のが習慣になっているりんを鳴らしてみんなで数秒無言で手を合わせる。


居間へ戻ると、叔父がいつもの赤ら顔でにこやかに私を呼んだ。


「なあ、ハムちゃん、でっかい本が文庫になるんはどれくらいか分かるか?」


正直びっくりした。

……叔父は本を読まないと思っていた。


この叔父、父の兄で、つまり私のいとこのお父さんだ。いとことはもう十数年会っていないが、叔父は常日頃と言っていいほど祖父母の家にいる。二十を超えた私に未だ正月お年玉をくれるような気のいいひとだ。

……父の話によると昔、彼はここらの田舎をバイクで駆けずり回った悪童だったという。会話の端々にそのころのなごりが見えんでもない気がする……が、まあ、誰しも過去に何かを持っていよう。


叔父の人の良さもだが、単純に二十も年上の人間と話すのは楽しい。

叔父もおそらく、毎度同じ理由で私に話しかけているような気がする。


それにしても珍しい。今日は本の話題か。



「え、本によるんじゃない。だいたい一年から二年くらいだと思うけど……なんで?」

「……読みたい本を文庫でいつも買っとったんじゃけど」


ひえぇ。


「おおおおおじちゃん、本読むの!? この家で本見たことないけど!」

「読むよ! いや、まあ、そんなに読むほうじゃなっけど!」

「で、その本なんていうの」

「隠蔽捜査。今野敏の。知っとる?」

「アーアー知ってる知ってる。よく借りられていくわー」

「おっもしれえんだよ。全部文庫で買ってんだけど、こないだ本屋入ったら新刊が出ててな、それがでっかい本で。文庫になるまで待とうと思ったんじゃけど、いくら待っても出ねえのな」


……いくら待ってもって、一か月やそこらで出るもんじゃねえぞ。

読みたい本があると人間、年月の流れを遅く感じるので、たぶん叔父の「いくら待っても」もそう大した期間じゃあるまい。


「で、待てずにでかい本買ったんだよなー」

「まじか……四桁だろうに……」

「そうなの。まあ読みたかったからえんじゃけどな」


文庫を揃えていた人間にハードカバーを買わせるほどの本はそうなかろう。

がぜん興味がわく。


「私でも読めるかな」

「おう、おもしれーぞ。読むといい」

「何冊まで出てる?」

「エ、何冊だろ? 10冊くらいじゃないかな?」

「そんなに出てんの」

「うん。けっこう」




で、まあ、読んでみた。

職場が職場だけに、読みたい本はたいていすぐ手に入る。





祖父が西村京太郎を好んでよく私に読め読めとすすめてくるので、あんなもんかと思っていたが、違った。

いやぁ……おもしろい。

利用者から興奮気味に「これ面白いよ!」とすすめられた本は、今まで一冊も逃さず読んできた。赤の他人におもしろいぜとすすめられる本だ。まあ、間違いはない。佐伯泰秀の居眠り磐音もたいへん面白かった。そりゃもう面白かった。泣き虫弱虫諸葛孔明、これもよかった。おじさんおじいさんがそろって手に取り家へ持ち帰る本は不思議なことに大体、同じである。時代小説か刑事小説。……泣き虫弱虫諸葛孔明はおっさんではなく、絵にかいたような入れ墨金髪鼻ピアスのヤンキーから教えてもらったのだが。


毎日のようにそれを見ていて、「私も読みたい」と思うか、「あれはおっさんの読み物だ」と敬遠するかは個々の問題であろう。



しかし私は声を大にして言いたい。おっさんの読み物は、おもしろい!



わたしゃ、高校生の時にはじめて司馬遼太郎を読んで深い感銘を受けたものだ。まー面白かった。これを読みたいがためにいろいろな本を読んできたんだ、とさえ思った。燃えよ剣の土方を入門に新選組にハマって、大学時代京都の八木邸まで行った思い出がある。楽しかった。


で、隠蔽捜査だ。これも非常におもしろかった。ときに二巻が私は最高におもしろかった。これを読んだら叔父と語れる、というエンジンもかかって、私は仕事の合間を縫い一週間で5巻まで読破した。五巻までというと5冊かと思われそうだが隠蔽捜査、なんと「3.5巻」などという短編集も出ており実質5巻までで6冊をかぞえる。うむ。


いやはや。


とある事件(これが一巻で語られる)により悪くないのに降格人事をくらって警察署の署長になった主人公・竜崎が、所轄で起こるさまざまな事件と格闘していく、というのが主なストーリー。


この竜崎、降格はくらったものの階級は高いままなの。だから、無理難題をふっかけられたとき、最終手段で(普通の署長では話せないような)むちゃくちゃ偉い人にわたりをつけてもらったり、すごいところにコネがあったりする。ベタなんだが「あ、あなたはいったい何者なんですか!?」っつー感じでモブが引く主人公って読んでて楽しい。


一巻を読んだ時にはもうこの主人公の性格の悪さはどうしましょうと不安になったりもしたが、読み進めるとこれがどうにも、じーわじーわと、清廉潔白でいさぎよいキャラに見えてきちゃうんだよなー。その印象の変わり方もおもしろくてね。


というようなことをおじちゃんと語れるぞワーイ。と、今から叔父に会うことを楽しみにしている。





隠蔽捜査もおもしろかったが、私が一番うれしかったのは、叔父から本をすすめてもらった、ということなのかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る