数百万を踏みつけにする淑女だったのですわ。

本の話をしていると、昔の光景を思い出しました。


小学館の、『ワイドカラー版 少年少女世界の名作』です。




今でこそ社会人の鑑、大和撫子の象徴ともいうべき淑女のわたくしですが、幼いころはそれなりにやんちゃもいたしました。

祖父母の家に行くと、宝さがしと称して家じゅう嗅ぎまわり、探し出した祖母の宝石を全身に装着し、まるで略奪後の海賊王のごとき姿で家族の前に登場したことさえあります。


そんな私がある日、押し入れで見つけたのがその全集でした。

今もまざまざと思い出すことができます。あのクリーム色のカバーを……


ひとつひとつの本がきちんと厚紙の、クリーム色の箱におさめられ、その本は押し入れの中段にそろえてずらりとおさまっていました。当時幼稚園に通っていたわたしの手に余る、厚くて重いハードカバーは、一冊持ち上げるだけでも大変な労力を要しました。


当時、祖母がひらがなの練習帳をもって私をおいかけまわしていたのを覚えていますから、私はひらがなを覚え始めた最中だったのでしょう。「よ」とか、「な」とか、くるりとねじれるものをどうしても逆に書くくせがあったので、べたべたにほめ殺されながらなんどもなんども「よ よ よ よ よ」と書かされるのがどうにもつまらなかったのを覚えています。


長年、覚えているだけでそのことを疑問に思っていなかったのですが。


……そんな私が、「三国志」「水滸伝」などと漢字がたくさんでてくる物語を食い入るように読んだのは、なんともふしぎなことだと思います。




よくおぼえています。

私はその全集に夢中になりました。




「スイスのロビンソン」、「極北のおおかみ少女」、「ケティ物語」、「秘密の花園」。


膨大な物語の中でも、これが特にお気に入りでした。何度読んだかわかりません。

中でもバーネットの「秘密の花園」は、おとなになった今読み返してもうっとりするほど好きです。


文章は覚えていないものの、あのとき自分が文字を通して見た光景はくっきりと脳裏に刻まれています。私はだだっぴろい雪原にアマロクとともに立ち、ななめに傾いた船から無人島へおりたち、きれいな少女たちにはげまされ、勇気をもらいました。



「極北のおおかみ少女」は、好きで好きでたまらず、どうにかして再び出会いたいと大人になってから幾度となく探していたのですが、見つからず。

偶然、今働いている職場で目について手に取り、はっとしました。タイトルが違っていたのです。

いまは「狼とくらした少女ジュリー」になっているんですねー。わたしは物語の内容とあわせても、前者のタイトルのほうが好きですが……はぁあ。それにしても見つからないわけだわー。

「極北」も「北極」と間違えていたし。そら、見つからんわ。




セーラとセディにはじめてであったのもこの全集です。若草物語の姉妹たちにであったのも。

その後大学で再び、マーチ家の姉妹たちに再会し、当時とは違う目線で学ぶ機会がありました。


そう、トルストイを読んだのも……イワンのばか、これも大好きでした。

みつばちマーヤ、アルプスの少女、家なき子に三銃士。

にんじん、ガリバー旅行記、アラビアン・ナイト、ロビン・フット―――


それがどれほど世に轟く名作たちだったか、そのときの私はなんにも知りませんでした。今でこそ前にしてあしがすくむ太さの、重さの、堅苦しさを持つそれは、あのときの私にとっていっしょに遊んでくれる無二の親友でした。


そのページをめくることのなんと楽しかったことか。

のこりのページの厚さをゆびでたしかめながら、あとすこしで終わってしまう、終わってしまう……と惜しみながら、同じ話を何度となく読み終えたものです。

その感覚だけは覚えています。同じ本を読んでも、きっともう今は感じることのないあの陶酔感。


わたしは酒を好みませんが、酩酊状態があのときの私の気持ちだというなら、おとながこのんで酒をのむ気持ちがよくわかります。







まあ、そうやって自分に酔い本に酔って読書に没頭していたせいで、幼い孫にかまってもらえず拗ねた祖父母が全集を押し入れのいちばん上に移動させたのですけど。







いやー、困った。

本が読めない。


もうね。麻薬全集がほしくてたまんないのね。読まねば死ぬとばかりに必死で食らいついたね、押し入れに。


祖母が大切にしていたらしいお高くてくっそ重いソファをずりずりと移動させ、ふわふわのクッションでふちどられたこれもいい木を選んで職人が彫ったというすばらしい細工の背もたれを遠慮なく踏んづけ、これでもかとクッションを変形させながら押し入れによじのぼり中国雑技団もかくやという無茶な体勢で全集をひっぱりだし……


ふはは。



そのソファの真ん中にお行儀よくすわり、膝に引っ張り出した本を広げてご満悦で読んでた自分のすました心もちと、ウン百万したソファの無残なありさまを見た祖母の顔、今でも覚えてる。












読書好きだって? ちがうちがう。


私はあのころからクソガキだったってお話ですよ。

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