こちらへおいで。おはやいうちに。
近所の本屋で
「うちの子の朝読に本を買ってあげるって言ったんだけど、どうもねぇ、面白いのがわからなくて……うちの子でも読めるような本が分からないわぁ」
と悩むお母さんに出会いました。
児童書の前で、『これは?だめ……? じゃあこれは? ……もう、自分のことでしょ! しっかり考えてよ!』と疲れた雰囲気になっている親子を見つけ、しばらく本を探しついでに会話を聞いていたのですが、迷いに迷って清水の舞台から飛び降りる気持ちで声を掛けたのです。
「お子さんの本ですか?」
ハッとしたお母さん、
「そうなの。でもこの子本読まなくて。私が好きな本を読まそうと思っても、読まないのよねぇ……」と苦笑。
お母さんは名作がお好きらしく、海底二万里とか渡してそっぽ向かれてました。地味だもんなぁ、名作って。面白いんだけど。
肝心のお子さんは「本なんてどれでもいーしー!」と棚の間を駆けずり回る始末です。心より本に興味がないと見た。
そんな男の子に聞いてみる。
「ゲーム好き?」
「うん、するー」
「私はね、ドラクエとかファイナルファンタジーやるんだ!」
「俺もRPG一番好き!」
「まじ? わたしもー!」
そうそう、本が嫌いでも、物語が嫌いな人はいません。
棚から一冊抜き取ります。
「じゃあさあ、これ、ゲームっぽくて楽しいんだけど、どうよ?」
「えー?」
さっきからお母さんが世界名作全集ばかりを手渡していたので、本そのものが鬱陶しいみたいです。信用なさげ〜な顔で私から受け取って、彼、想像と違ったらしくまじまじと本をみました。
エミリー・ロッダの『デルトラクエスト』。
「す、すごい表紙ね」
お母さんが覗き込んできます。
そりゃもう。キンピカピンですから。
「これね、本に出てくる敵なんですよ。ほら7巻見て、ラスボスっぽいでしょ」
「ほんまや、強そう!」
「3巻のヘビもかっこいいよねー! これと戦うんだよ、謎解きもいっぱいあってね…」
「へー……」
謎解き、という要素だと私はローワンやアモスも捨てがたいのですが、こういう子に一番効くのは内容ではない。
まずはビジュアルです。
おもしろさうんぬんを、読まない人に熱烈に伝えてどうなります?
引かれるだけです(体験談)。
押し売りほど相手の気を削ぐものはないのです。
自分から手をさしのべる、そうさせる書物をどうつくるかは、作家の一存ではなく出版社の腕の見せ所なのじゃないか、と思います。それこそ、児童書が努力すべき最たる箇所だと思うのです。
その点では、デルトラのきんきんぴかぴかなこのビジュアル。
も、最高。
人生の最初にくぐる門としては申し分なき魅力にあふれています。いい仕事してます、岩崎書店……って、このサイトはKADOKAWA系列でしたっけ?
ま、他社のすぐれたところを認めぬ企業はないでしょう。
その後彼はいくつかお母さんが差し出す名作本(赤毛のアン、小公女、宝島などなど)を見ていましたが、結局最後までデルトラを手放さず、「これがいい、なぁ…」とちっちゃい声でお母さんにアピール。
ありゃ、名作を読ませたいお母さんには悪いことしちゃったかなぁ……と別の棚でこっそりドキドキしていたのですが、(男の子もちょっと悪い気持ちになってたらしい)
お母さん。
「わかったわよ、もー!」
と、なんとデルトラ全巻セットを抱えてレジへ!
お、お、男前ぇー!!!
「あんたが本欲しいなんて言うの初めてだから買ったげる。最後まで読むのよっ、高いんだからね!」
「ありがとうっ!」
「もー、重い! あんたが持ちなさい!」
「うんっ!」
ってな光景をね、見つめる私の気持ち!
勇気出して話しかけてよかったぁぁあ。
……実は。
デルトラ、同じく本を読まないうちの弟が、ちょっぴり本にハマるきっかけになった本なのです。
もともと、小さい頃は私が彼に読み聞かせ……読み聞かせじゃないな。その場で即興で考えたお話を聞かせていたのですが、毎夜、それはせがむくせに本だけは親の仇のように一切読まなかった。
弟「おねーちゃん、もういっこお話して?」
私「(眠りたい)……本、読んだらええやん」
弟「イヤ」
私「なんでよ……むかしむかしあるところにかぶとむしがいました」
弟「かぶとむし!」
母「うるさい。はよ寝ろ」
こんなぐあいです。
しかしそんな弟がある日デルトラを全巻読破。その後、アモスダラゴン、キノの旅を読破し、活字をちょっぴりずつ読むようになったのです。ま、すぐ漫画へ進路変更しましたけど。
……あいつにローワンも読ませたかったな、と今になって思います。ううん、ローワン以外にももっと読んで欲しい本はありました。それを読んでいたら、もしかして彼の世界は変わっていたかもしれません。少なくとも、『すっごく面白い本を読んだ』という素晴らしい思い出は残ったはずです。
身も心も本に没頭できる、輝くような魔法の時間を持つのは子供だけ。
ただの文字のつらなりが、極彩色の広がりを持つイメージとして全身を包む、そんな体験ができるのは子供だけです。
ディズニーランドが正真正銘夢の国なのも、サンタクロースが実在するのも子供だけなのと同じ。
本を読んで泣き、笑い、全身を捧げるほどに夢中で没頭できる時間というのが子供にはあります。子供の時だけ、だれにだっておとずれるのです。
それを味わわずに大人になることのなんと勿体無いこと。
知らなくても生きていけます。素敵な大人になることができます。
ゲームや漫画が本に劣るとは私は思いません。
けれど、これだけは断言できるのです。
文字を読んでいるだけなのにどうしてもそこから抜け出せない、
自分が主人公となり龍を倒したり姫を助けたり、あるいは近未来の街を駆けるアンドロイドになったり魔法使いとして学校に入学したり探偵になったり、
読み終わってから息もつかずに次の物語をもとめるような、空を駆けるような狂おしいよろこびを知ることができるのは、断言しますが間違いなく本だけです。その感覚のすさまじさを知っている人は分かるはずです。
だって、目で絵を与えられるのではなく、自分の中から世界が芽吹くのです。
これほど強い麻薬は他になく、人にそれをさせるのは本だけですから。
デルトラを抱えて本屋を出たあの子は、もしかしてあの本を読まなかったのかも。弟みたいに、漫画に走って戻ってこなかったかも。
それでも、とっかかりは作れたのです。私が作った。これ以上の誇りがあるでしょうか。
早く読みたいとうずうずしながら本を抱えたあの子の背中を思い出して、私もずっとそわそわしているのです。
願わくは、彼がリーフたちと最後まで冒険を終えられますように。
いつか、お母さんと名作の話題で盛り上がれますように。
本の世界が彼の一生の宝になりますようにと、願わずにはおれません。
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