聖杯探求伝説(一冊の本を求めて県外旅行)

一冊の本を求めて本屋を20店舗巡ったことがございます。

書店にないので予約しようと店員さんに声をかけると、「調べたところ取次にも出版社にもない」と。要するに「版元に在庫がないので、どっかの書店で売れ残ってる分を探すしかない」ということ。



かくして私の聖杯探求伝説が始まりました。



その本というのが、私が小学生から読んでいるライトノベルのシリーズの下巻。

この「下巻」というのがまたネック。

長く続いていたシリーズを一年ほど病気のため放置していたら、新作がデデデンと出版されてまして、上巻の方は運良く大型書店で見つけたからいいんですが、下巻がどーーーーーーーしても見つかんないんです。


こうなると上巻の面白さが仇となって凄い苦痛なんです。

「主人公やいかに!?真相は下巻で明かされる!」っていうスタンス。

や、もう、永遠に真相が明かされないかと思うと胸の動悸がすごいことになるの。恋かってくらい。



自分の健康と欲求のために下巻探しの旅に出ましたよ。

ちなみにネット通販は最後の手段としてとっておくことにしました。送料の方が商品より高くつきますし、見たところ全て古本だったからです。古本は好きですしよく買いますが、今回ばかりは新品で手に入れたい。

なぜなら、そのシリーズは全部新品で手に入れているから。

自分のためというより、作者が好きだから新品を書店で買って報いたい、という気持ちがあります。



まずは近所の書店から巡ります。地元で一番大きな書店にレッツゴー。何せその書店のキャッチコピーが「どんな本も揃います!」、ね、素晴らしいじゃありませんか。もう私の希望は叶ったも同然です。



はい、ありませんでした。


系列店の在庫調べてもらったんですが、全滅です。

さっさとそのキャッチコピーを撤回しろ。



いやいや書店の規模にこだわっちゃったからダメだったんだ私は!と自分の安易な思いつきを反省しつつ、行きつけの個人経営書店へ。やあ、やっぱりこのアットホームな感じはいいですね。さてラノベコーナーはと……うん、ないです。しかし諦めてはならない。店員さんに聞いたらきっと倉庫的なところから出てくるはずなのよ。



ありませんでした。いやまだまだ、電車に乗れば数店舗ありますからね、そこをあたればどこかにあると…………ありませんでした。全店舗回ってもありませんでした。

ここらへんで、『あ、もしかしてこれ長旅になるかもしれない』という漠然とした予感が湧いてまいります。


手記の代わりとして、一店舗巡るたびにTwitterで『A店もなかった、次はB店だ!おー!』『B店なかったからC店行きます』『なかった畜生次はD店』『うあああああああああなんでないんだよおおおおお』と呟きまくります。



チェーン店の場合は即座にカウンターで近隣店舗の在庫確認をしてもらう事で二度手間を省きました。その代わり、行ける書店はガンッガン減っていきます。

アニメイトも紀伊国屋もジュンク堂も未来屋もアウトとなると、あと頼れるのはネットワークを持たない個人経営書店ばかり。


そういうところを休みのたびに一日歩きに歩いて本を探すわけですね。

目も血走ります。溜まって行くのはストレスゲージとTwitterの恨み言だけです。



そんな時でした。Twitterにひとつのコメントが。



『初めまして。テイクストックと申します』



それは全国の書店の在庫を確認できるサービスなんだとか。よければ使ってください! とのこと。なんて親切なんでしょう、これを神と言わずして何を神と崇めたら良いのか。早速使ってみます。



結果、関西に残っている在庫は一冊きり。


マジかーーーーー!!! と絶叫しましたね。誰かに買われたら終わりじゃん!! どうにか! どうにかして売約しなければ!!!



が、そこで私はふと我に返りました。



その本がある書店は私の住んでいる県にはありません。

一冊の本を買うためだけに引きこもりが未踏の地へ行こうというのだから、その時の頭のおかしさがよく分かります。アホです。もう中古でいいからネットで買えよと。交通費より送料の方がよっぽど安くつくよと。



諦めて購入ボタンを押そうとした時、またTwitterから通知が入りました。

またテイクストックさんかね? それとも友人かね? あざ笑っているのかしら、聖杯を見つけられない私を……と、開いてみると。




『初めまして。こんなに探して頂いて、申し訳ない反面ものすごく嬉しいです。私から出版社の方に問い合わせてみますので、お待ちください』




作 者 降 臨 。



恐ろしいところです、インターネット。まるで普通の人のごとく神が点在してます。震える指先、キーを打鍵するのにいつもの倍も時間がかかる。そうか神を前にした時人はこうなるのか。

とりあえず『関西に一冊だけ残ってるらしいのでそれを買おうと思う』旨の事をお知らせし、お礼と賛辞を付け加えておきました。



はい、県外旅行決定。



馬鹿と罵りたければ罵るがいいわ! 最早私ができるのは書店で買うという形で神の親切に報いることだけなの! 中古じゃだめなの、新しい本じゃなきゃだめなんです!!!


Twitter閉じたその指で店舗に電話して本を私名義でとっておいてもらいます。全ての準備は整った。



次の日行きました、その書店。


無事に聖杯を入手、あの時ほど感動的エンディングが自分に似合うと思ったことはないですね。

背中の方でね、エンドロールが流れてるの。自分が探し歩いた書店の名前がズラーーーっとね、小田和正のBGMに合わせて流れていくのが見えるわけ。最後にSpecial thanksとかで、店舗検索してくれた店員さんの名前とか、Twitterで応援してくれた人の名前とかが流れるわけ。

気分はドラクエの主人公。

全ての冒険を終えて、あとは救った村の住人に感謝を述べられるだけの主人公の気分。



写真付きで投稿しました、『やっと入手!』って。おめでとうコメントが乱舞する中、際立った質問が一つ。



『総額いくらの本になったんです?』





はい、全ての交通費含めると大体定価の15倍くらいかな!!


そこはさぁ、あんまり見たくない現実だからさぁ、ほっといて欲しかったんだけど! そっとしといて欲しかったんだけど!

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