一寸先は全裸

見知らぬ全裸男が部屋に入ってきた時の話を書きましょう。

数年前です。時効時効。






大学の授業が午後からだったため、私は遅い時間までぷーすか寝ておりました。ふーっと目が開き始めた時、部屋の扉がすーっと開いてくるのが見えました。


父か母か。しかし、この2人は必ずノックをするんだけどな。と、見ていたところ、にゅぅーっと入ってきたのがぜぇーーんぜん知らない全裸の男。

流石に「What?」と思いはすれど、なにせ寝起きだったものでただただポケーッとしている私。

完全に文明に染まって野生を失っております。



「だれ?」



これが私の第一声でした。



「死神」



これが相手のお返事でした。

死神なら確かに服をきてなくてもおかしくないですね、ええ。


……んなわけあるかい。




見つかっちゃったなー、とかぼやきながら私のパンツを漁ってかぶってみせる変態……もとい死神。

ファンタジーならまだしも数年越しでこういう内容をエッセイで、もいちど言いますよ、『エッセイで』書く日が来ようとは、人生ってほんとわかりません。

一寸先は全裸。



……さすがに目が覚めてきて危機感を感じます。


刃物は持ってない様子だが首を締められたら終わりだなとか、窓から飛び降りるのは下がコンクリだから無理だなとか、襲われたら襲われたでどこの産婦人科へ行こうかとか、あまつさえこのトンデモ体験をどう大学の仲間にネタとして話そうかと、頭だけはフル回転してました。回転といっても完全に空回りです。抵抗の手段でなく、やることされた後の処理を考えていたのが悲しいさがです。


結局押し倒されたことは押し倒されたのですが、「ええい重たいわどけ!」と相手の頭をひっぱたいてことなきを得ました。

あまりの色気のなさにやる気を失ったのは相手のようです。まあね、その時、私、ランジェリーどころか恐竜のきぐるみ着てましたからね。エエ。相手を幻滅させるほどの色気のなさは時に武器になるわけですね。

……この年になっても結婚できない理由が透けて見えて我ながら複雑な気分です。なんなの、この鉄壁の処女性。


私が無事だったのはこの壊滅的色気のなさに加え、相手が元々正常な判断ができない方のようでしたので、そこも幸いしました。

幸いっつーかまあそれが全ての元凶なわけですが。


それから15分ほど、まともな会話ができないその人とお話をしました。

刺激を与えて逆上されるよりいいと思ったのです。なにしろ逃げ場はなく、部屋は狭く、力ではかないません。

ちなみに、のちに私の部屋に踏み込んできた警察官のおっさんはそんな私に「なぜ逃げなかった!? しゃべってた!? ハァ!? バカか!」と怒り、遅れて到着してきた刑事さんは「よくやった、正しい判断だった」と褒めてくれました。


……どっちが正しいのかは未だに分かりませんが、もし同じ状況にもう一度陥ったら、わたしはきっとまた同じく相手となごやかに絵をかいたりおしゃべりをして過ごすと思います。もちろん趣味ではなく、自衛のために。



二人で絵を描いている途中で郵便局の方が配達にこられ、「ちょっと出てくるわ」と場の空気に乗ってうまいこと外に出て、配達人の方に110番していただきました。

よくもまあ、私ひとりで生命と純潔を守り切ったものです。

生き延びた! と胸をなでおろした一幕。

人生で最高難度のイベントを最良ルートでクリアできた瞬間……



……だと、思っておりました。






通報を受けた警察がパトカー三台で近所中にサイレンをガンガン鳴らしながら突入してくるまでは。





ご近所の窓が全部あくのが見えました。

見られてます。すごくみられてます。好奇心丸出しのご近所さんの目線がもうこれまるでビームのよう。


……サイレン切って来てっていえばよかった……!!!





そしてこの時、わたし、未だ恐竜の着ぐるみ姿です。(※ねまき)

着替えてるわけがない。




そして家を包囲しパトカーから降り立つ警察官!

「通報くれたのお姉ちゃんか!?無事か!!」


「あ、は、は、はい」と頷く恐竜の女。

私が不審者だと思われても全く違和感ない。


しかし警察、「相手はどこにいる!」


「私の部屋か……と…(この辺で警察が私の部屋に入るという当たり前のことに始めて気付く)」

「お母さんは? 誰もいないの?」

「はい」

「わかった、案内して」



したくありません。

というのも私の部屋、ものすごい散らかりようなのです。

もう、筆舌に尽くし難い散らかりようなのです。タンスあさられてパンツかぶられたし。下着散乱してる。入ってきてほしくない。


それでも恐れ多くも自分で呼びつけた方々に刃向かうわけにもいかない。

泣きたい気持ちを我慢して部屋まで先導して扉を開け、警官、一言。



「……これは奴に荒らされたのか!?」

「自分で荒らしましたァ!」



誰か私を殺せ。さあ殺せ。




その後、いきなり暴れ出した全裸男を警官が鮮やかなお手並みで逮捕、手錠、時刻の確認などひととおりドラマでお馴染みの光景を目にしてから、いやーああいうのってホントにあるんですねー、ここで警察から連絡を受けて仕事から飛んで帰ってきた両親が合流。


「ハムーーーー!! 大丈夫っ……」

「あ、全然無傷」とピースサインする恐竜。

「……あ、そう」脱力する両親。


事情聴取のためパトカーに乗せられて署の方へ。

このあと大学なんですけど、と刑事さんに小声で話しかけると、「休んで」と笑顔で一刀両断される。「大学にはこっちから証明書出すから」

「はあ……」


あの時はすぐにでも友達に会いたかったので、かなりがっかりしました。




勿論その前に着替えさせてくれと懇願してひとまずまともな格好になりました……って、パトカーで警察署に着いてから着たシャツが前後ろ逆であることに気づいたんですけど。

動転しすぎです、自分。トイレ借りて着なおしました。



そこからが真の修羅場。



私はパンツかぶられたことは墓場まで持って行こうと覚悟して隠してました。

よりにもよって聴取の相手は若い男の警官です。

汚い部屋を見られたあげくパンツがどーのとか余計言えません。

開き直りきれてないから。


が。


なんと、私より先に別の部屋で聴取を受けていた全裸男がゲロしました。


涼しい顔で紅茶をいただいていた私の元に来た若い警官さん、ハの字眉って本当に存在するんですね。

情けない顔で、もう、顔全体に『申し訳ない!』と書いてある顔で、言いました。



「ごめん、本当にごめん。間違いだったらいいんだけど、あの、ぱ、パンツとか、かぶられた?」



リアルに頭抱えた。

すました顔とか瞬時に崩壊して地声出た。



「かぶられましたけどーーーーー?!」



隣の母が目を剥いて私を見ているのがまたいたたまれない。


もうね、あいつは何自白してんだと。お前さえ黙っておけば全てがよきように回ったものを何を私を巻き込んで事態を悪くするんだと。



私も警官も、もはや泣きそう。



「ごめん! ごめんね! 差し支えなければ被害総額とかの関係でいくつか聞きたいことが!!!」

もう開き直りました、どんとこいです。「はいなんでもどーぞ!」

「パンツの柄と、ブランドと、値段!」相手もいい感じにやけくそになってきました。



せめてチュチュアンナとか、ワコールとか、そういうブランドが言えたらこっちのプライドも保たれたかもしれません。

しかしあのパンツ、婦人服売り場で三枚いくらで売られてたようなブランドもへったくれもない一品です。大体一枚の値段で売られてるようなもんじゃないのです。

そういうことをもう、やけくそもいきすぎて貴婦人のごとき微笑みとともに説明したことは一生忘れません。


「えーと、じゃあ、具体的に……いくら?」

「じゃあもう100円で」


それを上司に報告したらしい若い警官さん。

しばらくして聞こえてきたのは「ストラーイプ!」「一枚100円!」というおっさんたちのダミ声(色んな書類やら電話やらで状況報告が飛び交うのです)。


まさに地獄。




その後父と母は、家に帰って鑑識に付き合っていたそう。

結局私は夜まで警察署で事情聴取を受け、書類を作成し、裁判についてなど聞かされ(しませんでしたけど、説明は受けました)、警察の車で自宅に送ってもらった時にはとっぷりと日が暮れておりました。


さすがに後半ぐったりとしてきた私に対して気を使った警察官のお兄さん、

「今大学生か。就職はどう?」

……もっと明るい話があろうに一番重く心にのしかかる話題をなぜチョイスした。

「全然ですぅ。お兄さんはなぜ警察官に」

「ああ、俺はねぇ」

などと身の上話を聞かせてもらい、


……あー。

あのときのことはいま思い出しても本当に不思議な感じです。

非日常です。異世界でした。





その後数日に渡って指紋の採取やらなんやらで署に通うことになり、ついでに警官になりたての方が数名呼ばれて「はいじゃあ指紋の採取の練習しよーか」と教材にされたり、今思い返せば返すほどに貴重な体験でした。

あ、そういや犯人が絵を描いているときこっそり『知らない人が部屋にいる』とツイートしたのですが、その投稿時間も証拠としてとられました。



事件の後数日は、見知らぬ人のチンコを見せつけられた等のトラウマのため男性不信に陥りましたが、大学で友人一同にネタとして話してしまえば気分はすっきりしました。


今となってはパンツ云々ひっくるめて、初対面の人の心を開く私の鉄板ネタです。




ホント人生、なにが起こるかわからんものです。

目が覚めるとそこは異世界―――まさしくライトノベルにありがちなそんな体験をしたわけですが、



もう二度と全裸の男に侵入される世界線には行きたくねぇ。

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