うまい文字だけを食ういきものなら

死ぬのは怖いが、長生きへの欲求はない。

ただ死ぬまで生きなくてはならない。

生きることがかくも息苦しくても。





今生きていることを、幻のように感じる瞬間がある。虫やら鳥やら植物やら、人間より他のいのちに生まれる可能性のほうがはるかに大きく、なお恵まれた生き方ができる国に生まれるさらに低い幸運を私が、この、私が受けていることの不思議さ。


私はこのしあわせを無駄にしているような気がしてならない。

なぜ、もっとできたものが選ばれなかったのだろう?

私にしかできないことがあるのだろうか。

いいや、こういうものに何かの意思などあるわけがない。




胸を張って言おう。


頑張ることがとても嫌いだ。

何かに努力することも。



中でも人間づきあいが特に嫌いだ。

人とかかわって惚れたはったの話にかかわるのは鳥肌がたつほどおぞましくわずらわしい。異性を好きになったことはあるにはあるが、その時の自分のバカさ加減を思い返すに二度と恋愛などするまいとかたく決意するし、他人がのぼせている姿を見かけるとそこに昔の自分が透けて見えてたいへん嫌な汗をかく。


まったくひとはどうして恋愛をするとアホになるのだろう。


恋をすると美しくなるというが、中身がサルになっては意味がない。どうせなら、恋愛をするとIQが200あがるとかそういう仕組みになっていればよかったのに。電車内で人目をはばからず、というか、むしろ見せつける意図で絡み合い乳繰り合う男女を見ていると、私はいつも進化論に空いた大穴を見ている気分になる。


自然界よ、なぜ恋愛を全面的にすばらしいものにしてくださらなかった。


賢く美しくなれるとなったらもう誰しも高級サプリを買うことをやめ、恋に走るであろう。社会はかしこき人々で満たされ、少子化に歯止めがかかり、もろもろの問題がいっぺんに解決しそうなものを!



……。


やめた。

私が何を言っても諸行無常の響きを伴うだけである。






さて。長生きしたくない、ということ。


この世の中だ。……とはいえ、今がどんな世の中なのか実はよくわかっていない。聞きかじるところによると、景気不安で将来は年金がもらえるかわからなくて、高齢化や少子化でいろいろエライことになっているらしいんだな。


超・低所得者である私など、その不安の波にいっぺんにさらわれてしまいそうなものだ。ふむ。なかなか厳しい世の中らしい。


正直なところ、どう生きていけばいいものかわからない。


私は何をどうすれば『安定』というものを手に入れられるのか?


精神的にも金銭的にも社会的にも、安定、という言葉から現在遠く離れていることは漠然とわかるけれど、「将来」というものがあまりにも想像できない。そこで自分が生きているイメージができない。


病気はしていない。もう誰がどう見ても健康。


だのになぜ、未来の自分が想像できないのか。

よくよく考えてみると、その原因が分かった。



小学生の時は中学生のことを。

中学生の時は高校生のことを。

高校生の時は大学生のことを。

大学生の時は社会人の自分を。



きちんと道筋がついていたから、ただそこを目指して歩いていくだけでよかった。勉強しなさい、といわれて勉強をしたら目標の場所にいけたのだ。


なるほど、わたしは、ひとつも自分で何か決めてそこへ歩いたことがない。

大きな波にひきずられるままに歩いただけだ。


……社会人になった今、ここから先のお手本がなくて困っている。





就職活動のときにやった「自己分析」も、すべからく結果がバラバラで何も参考にならなかった。どこかから借りてきた言葉だけで面接を行った。


自分の内側からにじみ出る執念とか主張がないわけじゃないはずなのだが、どうもそれがつかめない。はっきりキャッチできるのはムカつくやつの横っ面を笑いながらはったおしたいとか気に食わない事象を好きなだけ声の限りこきおろしたいという負の感情のみである。それこそ就職の時など、どうせ落とすんだろう面接官死ね、くらいしか思った記憶がない。志望理由などない、金をくれるならどこでだって働くわボケ。こういう低俗な気持ちだけは輝かんばかりにハッキリしている。もう、目、くらみそう。



こういう余計なことを考えないようにするためにもやりたいことを見つけなくてはならないが、見つけ方もわからない。


旅に出てみようか。いや、二十数年自分を生きてきてなお自分が見つからないのだ。数日一人旅したところで見つかるはずがなかろう。



わたしはなんだ。

なぜ生きている。


そこに理由を問えば問うほど苦しくて仕方がなくなってくる。だけど私は理由がほしい。生きていてもいい理由がほしい。だってもうすぐ誰もいなくなる。あなたのことが好きだから、だから生きていて、と言ってくれる人が。

わたしはもうじき、無条件に生きていられなくなるのだ。




痛いほど知っている。


自分に大した価値はないことを、私は誰よりも知っている。




自分の価値を、今のうちにつくりあげていかなくてはならない。

そういう焦りが漠然と毎日私をかりたててゆく。

生きていくことがつらくならない理由がほしい。手に入れなくてはならない。


だからといってなにができるわけでもなくてね。

すべてにおいて十人並、あるいは人より少し劣るわたしは、そのことにさらに焦って……



……ああ、疲れている。



考えることをやめる。

ただ体が重い。暑く、くたくただ。

ここ数年、ずっと疲れている気がする。



眠る前にひとつだけ自分と約束する。



―――明日一日をがんばって生き抜くこと。



そのことだけに、どれほど悲壮な決意を必要とすることか、子供の時はわからなかった。知らないままのほうがよかった。


今日も本を抱えて泥のような眠りにつく。







そうしてわたしは今日も明日もあさっても、ただ一日を生きることだけで満身創痍になる。死なないように生きていくだけ。

きっとあしたはなにかがあるよ、という希望だけを離さないようにだきしめる。

生きることがしんどく、つらいとだけしか思わなくなれば私はもう生きていられないかもしれない。

だってそうして命を絶つ人が、たくさんいるでしょう?


軽率に何かを罵り僻み妬んで口汚い罵倒を心の中でコンボ連打しつづける自分を嫌いながら、困りながら、悲しみながら、無価値だと絶望しながら、それでも生きていかなくてはならない。それだけは分かる。


まったく。


あーあ生きるのってばかばかしい。


と罵りながら、でも生きていなくては本は読めないものね、とむりやり自分を納得させて、今日も98円で買った本の山に顔をうずめて眠りにつく。


あんたたちのためだけにいまあたしは生きてるのよ。

紙の束に生かされてるなんてほんとうにばかばかしいこと。


だから理由がほしいのに、






未来の自分は、いまだ見えない。

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