東京は、テレビの中にしかないと思ってた。
実家住まいの私にとって、ひとりぼっちというのは正直ちょっとワクワクする時間である。それも1日か2日目までのことなのだけど。
たぶん、このワクワクを求めて人は家を出、一人暮らしを始めるのだろう。のっぴきならない事情がない限り。
両親が昨日「イタリアに行ってくる」とひとこと言い置いて本当に次の日の朝にはいなくなっていたから、これ幸いと夜遊びなるものに挑戦してみることにした。
深夜の街、というのを徘徊したことがないので、一度やってみようと仕事終わりにいつもと反対方向の電車に乗ってみる。職場を出たのが九時前。
そもそもが田舎なので、そんな都会つったって大したものではない。田んぼがなくて店があればそこは都会である。夜にもかかわらず周囲が見えるくらいの光に満たされていればそこは都会なのだ。
さて。
夜の街を徘徊する、とはいったものの、徘徊して何をどうすればいいのか。
今まで出会ってきた小説や漫画や映画やを頭の中で再生する。『夜の街の遊び方』で検索したら、なぜか最初にフットルースが出てきた。とりあえず人気のない無人駅あたりで踊ってみる? 即座に却下。
あとは……そうだ、ゲームセンター。あっ、だめだ。10時前にはもう閉まってる。
映画のレイトショー? 映画館のある街に移動したときには最後の映画が終わってる。
24時間あいてるのがもうコンビニしか思い浮かばない。
田舎の夜の街なんてそんなもんだ。
だいたい店が開いていたところで、チキンどころかヒヨコよりちっこい心持ちの私は一人で楽しく遊ぶ、なんて度胸はない。やってみたいなあ、などと思いながら素知らぬ顔で店の前を通り過ぎるのが常である。
やけくそになって、人だけは見当たらない夜の交差点で一人ビートルズでもしてやろうかと思い始めた。そういうバカバカしいことだけは人目をはばからずにできてしまうのが私の欠点だ。
うーん。
夜遊びって、むつかしい。
地域柄か類友なのかはわからないが、友人の中にも夜遊びの達人っぽいヤツがいない。先生が欲しい。羽目を外すやりかたを教えてほしい。
とりあえず方向を変えてここらへんで夜を満喫することをやめ、遅い時間帯までやっている古本屋をのぞいた。なじみの古本屋である。買い取りはかなり安く買い叩かれるものの、売る本の並べ方とか特集の作り方、手作りPOPのかわいらしさが際立って気に入っている店だ。
時折、いい絵本が50円で売っているからよく見に来る。
ふいに東京に思いをはせる。
友達がいる。ディズニーランドの画像をよく送ってきてくれた。
聞いたところによると、都会には何でもあるらしい。
渋谷とか、銀座とか、池袋とか、伝説上にしかないと思っていたところで遊ぶらしい。すごい。実在するんだ、TOKYO。
実は就職活動で2回きり、東京にお邪魔したことがある。でも、就活が目的だったから観光なんか全くせずトンボ帰りしてきた。なぜか名前だけ知ってる知らない駅や、知らない土地がただただ怖かった。地元とは違う車内がひどくよそよそしかったし、広告さえ見たことがないものばっかりだった。芸能人ばっかりだった。うちの車内の広告は、廃線を防ごうが5割で芸能人はほぼいないのだ。
日が高いうちに行って帰ってきたから、東京の夜を知らない。
……でも、きっと、もしここが東京なら、私は夜遊びに苦労しなかったんじゃないか、という気がする。
きっと周囲は真昼のように明るくて、人がたくさんいる。
ま、首都に住んでいたところでヒヨコ性分が変わるとは思えないから、一人でお茶するとかゲームセンターでウェーイするとかそういうことは相変わらずできないだろう。でも、煌々と光る街をぶらぶら歩いて、どこか楽しいところを探すくらいはできたはずだ。そして、きっと、背景的に、さまになる。
物語の舞台のように。
絵本は、50円コーナーにいいものがなかった。残念だ、前は「はなのすきなうし」が50円で売ってあってうれしかったのに。パッとしない「おおかみおうロボ」を手に取ってなんとなく開いてみる。あ、なんか、いいな。この絵。
絵本を吟味しながら再び心が東京に舞う。むこうにゃ古本の街もあるそうだ。じんぼーちょーとかいうらしい。東京で長年暮らしていた叔父がよく、私をじんぼーちょーへ連れていきたいと言っている。きっと好きだぞぉ、と。
叔父は知らない。私がえらい人見知りをすることを。
古本屋なんて店主が客を品定めするように高みから見てくるようなところ、しかも東京だぞ東京、そんなとこに入れるもんか。ゲオで十分だ。私にはチェーン店しかない。ツタヤはなんかちがう。どこまでがレンタルでどこからが販売なのかわからん。レンタルはこわい。知らないひとのものをなぜか借りて見ている、という感覚がだめだ。金は出すから売ってくれ。えーと、古本屋だっけ? とにかく東京は怖いし古本屋もこわい。じんぼーちょー? 鬼ヶ島の間違いだろう。
―――我ながら、よく生きてこられたな、と自分で自分に感心しちゃう。
おおかみおうロボの絵本を50円で買った。
もう結論は出ている。誰も待っていない家に帰るのだ。
なんかもう軽く自分に絶望した。
ここまでなにもかもがこわいこわいと嘆く自分に夜の街を楽しむことなど、ハナッから不可能だった。絵本を一冊贖って帰るのが関の山だ。きっと家で一人で映画を見て安心しきっているときが一番幸せなんだ。
私は夜の街にすごく緊張していた。
歩いていただけなのに。
家のあるほうへ向かう。それだけで心が落ち着くのがまた腹が立つ。
もともと山を切り開いたところだ。長い坂を上って、橋を渡って、ふ、と真ん中で立ち止まって欄干へ寄った。
下を車がまばらに流れていく。
道路に沿ってライトがまっすぐに続いている。コンクリートが光っている。星が見える。車もピカピカしている。ぜんぶが光っている。黒く浮かぶ山と、山裾の住宅街のきらきらした光のふきだまり。
なかなかの絶景だった。
昼間は、全部が灰色で風情もくそもあったもんじゃないのに。
サイダーを買ってきて、そこでちびちび飲んでみる。ウマイ。人はいない。
なんだか世界がぜんぶ自分のものって感じがした。うへへ。
……なんとも金のかからない楽しみ方である。
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