そして誰もいなくなった

「明日から、僕ら旅行に行くからね」


父が言った。

食事時だった。

かれの作ったカレーを食べながら、顔も上げずに聞いた。


「また急だね」

「お母さんと二人で行ってくる」

「仲がよろしいこって」

「エヘヘ」

「で、どこなん? 温泉とか?」

「イタリア」


顔を上げた。

空耳かと思った。


「……………………どこ?」

「だから、イタリア」


空耳じゃなかった。


「えっウソ明日から!? イタリア!? 待って、いつまで!?」

「一週間ちょい」

「いっしゅうかんチョイっ!?」

「ローマとね、ナポリとね……」うきうきとララチッタをひろげる父。

こちとらララチッタに目がいってない。「待て待て待てなんで前日まで私に言わなかった!? そもそも、スーツケースはっ!?」

フフ、と楽しそうな父、「隠してた」

「HAAAAAAAAAAAAAA!?!?」

「クローゼットの中に。びっくりした?」


こ、こ、このっ……


「ナポリタン食べてくる。あとね、トレビの泉も見る。コロッセオも見る。しかも、激安、7万円」

「うっぇええええええ!?」

「ふふ。そういえばお前、年末にどこか行くんだっけ? 二十万の大枚はたいてどこ行くんだっけ?」


ニヤニヤして聞きやがる。くそー。


「……アメリカだよ」

「一週間だっけ? 僕らはイタリアに7万で行くのに、同じ期間でお前は20万か~我が娘ながら買い物下手だなあ」


こちとら暇さえあれば激安旅行探し回ってるヒマはないんじゃその場のテンションで決めとんじゃと食って掛かるのはやめておく。体力の無駄である。


「とりあえず、このカレーを残していくから、一週間一人で食いつなぎなさい」

「う、ウィ……」

「旅程表は残していくからね」

「それはもう。ぜひ」

「お土産はいらないよね?」

「ふざけんないるわ。スーツケース半面私へのお土産で埋めて帰ってきてもいいわ」


「謙虚じゃないなあ」とぶつぶつ言う父。聞けば半年間、この海外旅行計画を私に漏らさず秘匿し続けてきたらしい。理由はただ単に「びっくりしたときの顔が見たいから」。

バカである。


しかも、


「あ、カレーなくなっちゃった」


娘を餓死させる気だ、この人。







次の日。

いつも通り朝七時に目覚めて階下へ降りたとき、もう家はもぬけの殻になっていた。


本当に一言も残さず行ったよ、あの人たち……。




呆然と立ち尽くす朝、燦燦。

名実ともにぼっちの七日間が幕を開ける。

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